第66話 器用な人間じゃない

 それでもまあ収入のアテがあるのは喜ばしい。

 今後大切なのは収入減を増やしていくことだ。


 そのための投資と考えればむしろやっておくべきだな。


「御意」


 蛍は反対しなかった。

 基本反対しないようだけど、おかしいと思ったら止めてくれるだろう。


 その点信用してもいい。


「よし、授業が終わったら錬成部に行って装備を売ってもらえるように交渉しよう」


「それがいいでしょう。それがしは剣術部に顔を出す必要ができてしまいましたが」


 蛍が申し訳なさそうに言ってくる。


「仕方ないだろ。常に俺の都合通り動いてくれなんて言えない」


 剣術部とのつき合いもしてもらったほうが俺は気が楽だった。

 ずっと束縛してるのは申し訳ないもんな。


「それでは失礼して……それがしがいない時に無茶なまねは謹んでいただけると」


 蛍は遠慮がちに言ってくる。


「わかってるさ。俺は殺されたら死んでしまうからな」


 彼女の心配に笑って答えた。

 わりと無茶しそうに見えてるんだなと思う。


 人からの評価なんてわからないものだな。


「ふー、終わった。終わった。お疲れ様、蛍」


「お疲れさまでした」


 蛍に声をかけると微笑が返ってくる。

 今回は相棒のおかげで平和で安全だった。


 例のメガネは破滅しろとまでは言わないが、金輪際かかわってこないでほしいね。


 無理かな?

 ダンジョンを出ると更衣室で服を着替え、教室に戻ってホームルームだ。


 そして放課後、アインを連れて錬成部に向かう。


「珍しいね、風連坂さんは一緒じゃないんだ?」


 なんてことをアインは言ってきた。

 彼の認識を訂正しておく必要があるな。


「別に俺とあいつはいつも一緒ってわけじゃないぞ?」


「えっ?」


 んんん?

 俺たちはお互いを見つめ合う。


 何やら決定的なズレがあるように感じられる。


「エースケ、少しは自分の過去をふり返ってみたら?」


「ふり返る必要がないだろ。最近の話なんだから」


 いったいアインは何を言ってるんだかと思ったが、アインは俺と同じ顔をしていた。


 げせぬ。


「と、とりあえず錬成部なんだよね。僕も装備を売ってもらえるかな?」


「たぶんな。さすがにお前の分までは出せないけどな」


 と俺は言った。

 本当は出してもいいんだが、さすがにやりすぎになってしまうだろう。


 そこまでやると気味悪い、気持ち悪いと思われるリスクが出る。

 アインが世界を救う力をもった主人公だなんて、現段階じゃ誰も信じないだろうからな。


「わかってるよ。いくら何でもそこまでしてもらえないよ」


 アインは苦笑する。

 錬成部の部室にはリプレが来ていた。


「リプレ先輩、いきなりなんですが相談があります」


「あら、どうしたの?」


 青い背表紙の錬成関係の本から顔をあげ、彼女は俺を見つめる。


「ダンジョン探索用の装備、錬成部で買えないかと」


「いいわよ。一応部員割り引きもあるしね」


 リプレはくすっと笑う。


「そんなものがあったんですね」


 それは知らなかったと目を丸くすると、彼女も驚きをあらわにする。


「あら、シジマくん、知らなかったの? あなたのことだからてっきり承知してると思ったのに」


「計算高くて周到に見えますか?」


 心外だなと思って聞いたのだが、


「ええ。見えるわ」


 リプレはあっさり肯定した。


「ええー……」


「違うと思ってたの?」


 アインが横からあきれた声でつっこんでくる。


「いや、何も考えてなかったな」


 錬金術師としての評価をあげたい的なことは思っていたんだが、常日頃の自分のイメージなんて知らないよ。


「……意外とぬけてるというか、わきが甘いのね」


 とリプレに言われるのももっともだと思う。

 

「反省します」


「いや、別に反省する必要があることでもないけど」


 わびのつもりで言ったら、苦笑とともにリプレに否定される。


「そうだね。そっちのほうが人間くさくていいと思うよ」


 なんてアインに言われてしまう。

 人間くさいほうが親しみが持たれるとか、聞いたことはあるな。


 そこまで計算して立ち回りできるほど、俺って器用な人間じゃないんだけどなぁ。

 だってそんなことができるんだったら、前世でずっとぼっちだったはずがないじゃないか……。

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