第62話 優れた剣士の探知力

「ありがとうございます」


 蛍は礼儀正しく一礼した。

 彼女なりのけじめだろう。


「剣術部のほうも、集まりがあるかたしかめておいたほうがいいんじゃないか?」


 一応俺は声をかけてみる。

 そんなものゲームであったか、記憶にはないんだが。


「ありがとうございます」


 蛍はそう答えたにとどまる。

 まあ下校時刻を過ぎてるわけだから、今からたしかめに行くのもな。


 せいぜい女子寮で部の先輩を探すくらいだが、一八〇〇までに見つけられるかどうか。


「今日これからやるのは現実的じゃないな」


 自分で気づいたと示すためにつぶやく。


「さすがにな。今から一八〇〇までは時間がなさすぎる」


 エドワードが苦笑する。


「そうね。帰りましょう」


 帰り支度と言ってもからになった道具袋を持つくらいだ。

 戸締まりは二年のリプレがやって、すぐにウィガンにカギを渡す。


「これでオッケー」


 そんなのアリかと思いかけたが、ウィガンは愉快そうに笑ってるだけだ。

 少なくとも彼の中ではアリらしい。


 先輩たちの並んで寮へと歩くが、会話はなかった。

 お互い知り合ったばかりで共通点はないのだろう。


 俺もそうだが、蛍もアインも話題を積極的に出すタイプじゃない。


「そう言えば君たちの部屋は何階だ?」


 校門をくぐったところでエドワードが俺たちにたずねる。


「二階です」

 

 とアインが答え、


「四階です」


 と俺が言う。


「俺は三階だからバラバラだな。予想してたことだが」


 エドワードは笑う。

 学年ごとで階が集まるなんてシステムはないのである。


 おかげでややこしい思いをしたものだ、と遠い目をしたくなった。


「風連坂さんは何階なの?」


 流れを受けてか、リプレが蛍に問いかける。


「二階です」


「わぁ、同じ階だわ」


 リプレは目を丸くしたあと、うれしそうに手を叩く。


「おや、そうでしたか」


 蛍の驚きは儀礼的だった。

 学園からだと男性寮が女性寮の前に位置してるので、女子二名に手を振って俺たちは先に建物の中に入る。


「じゃあ一八〇〇にな。と言ってもほとんど時間はないが」


 エドワードの笑いにアインがつられた。

 着替える必要はないからいいが、そうでなければちょっとあせる。


 女子のほうがもっと大変なんだろうし、だから着替えてこいとは言われなかったのかもしれない。


 俺たちは階段のところでそれぞれ分かれていく。

 部屋に戻って上級道具袋を目立たないところに置いて、すぐに部屋を出る。


 おそらくアインたちも同じことをするはずだった。

 一階に降りると思った通り、二人はすでに来ている。


「よお。やっぱり道具袋を置いてきただけか」


 エドワードは右手をあげ、にやりと笑いながら話しかけてきた。


「ええ。先輩たちもですよね?」


「まあな」


「制服でいいならね」


 三人で笑いあい、寮の外に出る。

 女子二名は間を置いて姿を見せた。


 向こうも一緒に出てきたらしい。

 蛍はこっちに視線を目を向けてぺこりとお辞儀をする。


 それでリプレも俺たちに気づいたようだ。

 エドワードが右手をあげて、女子二名を迎え入れる。


 門の出入り口からは男子寮のほうが近いのでやむを得ないだろう。


「待たせちゃったかな?」


 小走りで二人は寄ってきて、リプレが言ってくる。


「いや、仕方ないさ。だろう?」


 エドワードの言葉を首を振って肯定した。

 距離の壁ってやつはどうしようもないからな。


 蛍一人だったら解決してしまったかもしれないが……。


「いえ、実は剣術部の方にお会いしたので、少し話をしてました」


 蛍の言葉は俺たちの意表を突いた。


「え、会えたのか?」

 

 聞き返すと彼女はこくりとうなずく。


「すごかったわよ。覚えのある気配が近くにいるって言うから一緒に行ったら、剣術部の同級生がいてね」


 リプレは興奮して勢いよくしゃべる。

 ああ、蛍が気配探知を使ったんだな。

 

 リプレは彼女の能力の一端を目の当たりにしたわけか。


「すごいな。優れた剣士なら気配探知にも長けると聞くが」


「恐縮です」


 蛍はエドワードの賞賛を軽く流す。

 五人連れだって歩き出すと、彼女はさりげなく俺の右隣に移動する。


 先輩たちも二人左右並んでるのでおかしな話じゃない。

 アインは少し迷っていたが、やがて俺の左隣を選んだ。


「苦手な食べ物はあるかい?」


「特にはないですね」


「同じく」


 俺の回答を蛍とアインがまねをする。


「となると店選びに困るかもな」


「近くのすいてる店に入ればいいんじゃないですか?」


 リプレの提案は身もふたもないが堅実的だった。

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