第60話 蛍は別に好戦的じゃない

「それはそうですね」


 蛍はあっさりとひっこめる。

 彼女は武闘派ではあるが、好戦的とは言いがたい。


「じゃあ寮の前で待ち合わせしよう。一八〇〇でいいかな」


 日本で言えば午後六時のことである。


「はい」


 俺たちがうなずいたところでエドワードが蛍にたずねた。


「君は剣術部にも顔を出したほうがいいんじゃないかい?」


「さあ、どうでしょうか」


 蛍はあまり乗り気じゃない反応を見せる。

 彼女にとって部活は剣術の腕を錆びつかせないためにやるものだ。


 だから他の理由で目的を達成できるなら、熱心にはならないだろうな。

 おそらく誘われたら断らないだろうが。


「うちの部はゆるいところが多いから大丈夫でしょう」


 とリプレが言う。

 そうなんだよな。


 本当に真剣に何かに熱中してる人は部活には入らない傾向にある。

 ダンジョン探索部なんかは少数派と思っていていいはずだ。


「うむ、わかった。五人くらいなら入れる店はあるだろう」


 エドワードはそう言うと、改めて俺たちを見回す。


「それでは錬成に入ってくれたまえ。シジマ以外は錬成スキルを持ってないのだから、雑用でもしてもらうことになるが……」


 そこで蛍を見た。


「君は掛け持ちだし、護衛という役割がある。用はすんだと言えるのだから、剣術部に戻ってもかまわないが?」


 これはエドワードなりの気遣いだっただろう。


「いえ、お手伝いしますよ」


 しかし蛍はそう答える。

 雑用をいやがって逃げるような性格じゃなかった。


「じゃあお願いしようかしら。私を手伝ってほしいの」


 リプレがくすっと笑って申し出る。


「わかりました」


「ゴリアテだったか。君は俺の手伝いを頼もう」


 エドワードはそう言ってアインはうなずいたので、男子どうし女子どうしという形に別れた。


 他のことを気にしててもしょうがない。

 まずは錬成に専念だ。


 けっこう数があるからのんびりやってると今日中に終わらないかもしれない。

 素材を片っ端からとり出して、順番に錬成していく。


 錬成したものは基本的に使わないので、さらに錬成を進める。


「ええ?」


「ああ、あれが老師が評価されていた例のやつか」


 リプレの驚いた声、エドワードの納得したような声が聞こえた。

 集中しているせいでどこか遠くの世界のことのように感じる。


「エースケ殿」


 それが中断されたのは蛍が声をかけてきて、カップに入ったお茶を差し出してきたからだ。


「差し出がましいかもしれませんが、根を詰めすぎても毒です。ひと休みなさってはいかがですか?」


 いたわる感情に満ちた優しい声に本能が従う。


「そうするよ、ありがとう」


 大きく息を吐いて首を回すと筋肉がパキパキと音を立てる。

 けっこう肩が凝ってるかもしれない。


 白いカップを受け取ると、蛍はじっと俺を見てくる。


「どうした?」


「お疲れのようでしたら、肩を揉みましょうか?」


「そこまでしてもらったら悪いよ」


 いくら何でも世話になりすぎだ。

 ところが蛍は引き下がらない。


「ですが上級道具袋をいただいてしまいましたし、それがしのほうがいただきすぎなのですけど」


 それはそうだ。

 俺と同様、借りはできるだけ早く返しておきたいってことかな。


「じゃあお茶を飲んだあとにお願いしようかな」


「はい!」


 蛍は笑顔で元気よく返事をする。

 紅茶を飲むと受け取りに来たアインにコップを渡す。


 心なしかはりきって蛍は肩を揉んでくれた。


「相当張ってますね」


「そうか?」


 自覚症状はあんまりないんだが。

 揉まれたり肘を使ってぐりぐりされるのが気持ちいい。


「どうですか? 気持ちいいですか?」


 蛍にささやかれるように聞かれ、首を縦に振る。


「ふふ、よかった」


 彼女の息がかかって耳がくすぐったい。

 せっかくの好意なのだから我慢しよう。


 彼女はダンジョンにもぐったあとだというのに、不思議とくさくなかった。

 それはいいんだが、俺の体臭は大丈夫だろうか?


 臭いがしたとしても蛍はそれを指摘してこない気がする。

 錬成スキルがⅢになっていれば体臭対策用のポーションが作れたはずだ。


 素材を集めて作ってみようか。

 指摘されなくても配慮するのがエチケットだろうし。

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