第58話 主人公はまだ荷物持ち

「は、はあ」


 もう少しいやみでも言われると思ってたのか、アインは拍子抜けしたようだった。


 ウィガンの視線は次に蛍に移る。


「お嬢さん、君はどうしたんだね?」


「剣術部に入れていただきました」


「剣術部?」


 彼女の回答にウィガンは一瞬だけ意外そうになったが、すぐに納得した。


「ははん。今の部長のベーカーくんはわりと頑迷なところがあるからね。それではねられたかな?」


 そんな設定、知らなかったな。

 まあ別に痛くもないからいいけど。


「まあうちの錬成部員たちの護衛をしてもらえるなら、ある程度の便宜ははかろう。うひゃひゃ」


 笑うウィガンに蛍はきれいな一礼を見せる。

 ちょうどいいから今のうちに言っておこう。


「ウィガン先生、上級道具袋を購入したいのですが、よろしいでしょうか?」


「えっ!?」


 俺の申し出に驚いたのは二人の先輩だけで、ウィガンは楽しそうにうなずく。


「いつ言い出すかと楽しみにしてたよ。上級道具袋は一つにつきフィラー金貨一枚だがどうする?」


 彼が観察するように見ているのは、蛍やアインの分はどうするのかと思っているからだろう。


「俺と蛍の分、二枚でお願いします。アインには俺の中級道具袋を貸せばこと足りるでしょう」


「ひゃひゃひゃ!」


 ウィガンは愉快そうに笑い、蛍は目を大きく見開き、アインは石化している。


「エースケ殿、それがしの分まで支払うなど!」


「今まで護衛してくれてた分だな」


「高すぎます! 相場ではフィラー大銀貨一枚でおつりが出るかと!」


 蛍の言う相場は俺も妥当だと思うし、彼女の正直で潔癖なところは美点だろう。

 しかし、あわててるだけに見落としてることがある。


「余った分はこれからもよろしくの前払いだよ」


「あっ……」


 蛍は目からうろこが落ちたとばかりに間抜けな声を出す。


「学園生活三年分お世話になるなら、上級道具袋一つが必要だろう」


「……たぶんそれでもおつりが出る気がしますが」


 蛍はやはり正直者だった。


「友達どうしなんだし、細かい部分はいいっこなしにしよう」


「は、はあ……」


 俺の言い分に彼女は反論を思いつかなかったらしく、黙ってしまう。

 次にアインはと見ると、あきらめた顔をする。


「受け取ったほうがいいんだね?」


「あくまでも貸すだけだしな。お前に貸したほうがほら、素材収拾効率があがるし」


「ごもっとも」


 ここではあえて言わないが、アインには中級道具袋と初級道具袋の二つを持ってもらうつもりだ。


 そうすれば荷物持ちという色が強くなり、こいつが抱いてそうな罪悪感は薄れるだろう。


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