第56話 契約書

「さすがに今日だけは剣術部で過ごしたほうがいいだろうな」


「そうですね」


 蛍は残念そうに認め、名残りそうに俺たちに手を振って別れた。

 錬成部に戻ろうと廊下を曲がったところで、呼び止められてふり向くとシェラが立っていた。


「やっと見つけた」


「……校内放送を使えばよかったのでは?」


 疲れがまざった声を出すシェラに思わずそう言うと、きっとした顔でにらまれる。


「……ごめんね」


 謝られるなんてわけがわからないが、今は逆らわないほうがよさそうだ。

 彼女らしくない力の入った声はたぶん羞恥心の裏返しだろうし。


 案外うっかり気づいてなかったというオチが待ってるかも。


「それでご用件は何でしょう?」


「契約書、できたから見てほしい」


 ああ、リバーシのやつか。

 思ったより早かったな。


 二人の実家はデカいし似たような話は持ち込まれてたりするだろうから、もう少し時間がかかると思ってた。


 シェラはそう言って一枚の上等な紙を見せる。


「どれどれ」


 俺は内容を確認した。


 アイデア料としてシェラとフィーネの実家がフィラー金貨を三枚ずつ出す。

 その他権利料として、売り上げの一割をエースケ・シジマに払う。


「売り上げの一割って大きくないですか?」


 感じたことを聞いてみる。


「そんなことないよ? 会長と私は十五を主張したけど、却下された」

 

 シェラは悔しそうに唇を噛む。

 十は妥当だと思うのだが、彼女たちの気持ちはありがたく受け取ろう。


「どれだけ売れるか、やってみないとわからないですしね」


「そう言って値切りたいだけだと思う」


 シェラは実家に対して不満たっぷりだった。

 知り合って間もない後輩の俺のために怒ってくれるんだから、いい人だな。


「先輩、優しいですね」


「!?」


 面と向かって言われたのが意外だったのか、シェラは少し目を見開く。

 そしてそっと俺から視線を外す。


「そんなことはない。いいものを作る人間を保護して正当な対価を払うのは、ロングフォードの人間として当然」


 珍しく少し早口になったのは照れているからだろう。

 頬も若干赤くなっていて、普段のクールな表情とのギャップもあってとてもかわいい。


 クールで口数が少ない普段からは想像しにくい一面に満足し、俺は彼女に話しかける。


「先輩のような人のおかげで、研究や開発に専念できます。ありがとうございます」


「礼には及ばない。才能のある発明家を保護することで、私たちは名をあげ利益を得ている」


 シェラが照れながらも答えたのは事実だろう。

 パトロンというものは見合ったリターンがあるからこそ、集めることができる。


 共存共栄のいい関係を作れる相手は大切にしたいものだ。


「支援のやりがいがある錬金術師を目指します」


「期待してる」


 シェラは微笑し、フィラー金貨六枚を渡して去っていく。

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