第27話 この気持ちをいったい何と呼べばいいのだろう?

 この気持ちはいったい何と呼べばいいのだろう?

 俺にはわからなかったし、蛍に質問しようとも思えない。

 

 だが、今はまだ他にやりたいことがある。


「食堂で何かを買ってちょっと休憩でもするか? 休むのも修行のうちだって言うしな」


「ええ、師匠もそのようなことを言ってましたね」


 蛍は反対しなかった。

 彼女も一度頭をリセットしたかったのだろうなと推測する。


 思いがけぬ高給を受け取ったものの、ウィガンの「一年にしては上出来だ」という気持ちの表れだと思ったほうがいい。


 つまり黄金の無念をまた作っても、次からは報酬単価は引き下げられるわけだ。

 もっとも今までのことを思えば、一年にしては上出来レベルのことをくり返せば報酬をはずんでくれそうだが。


 錬金術師は「最初の一回」の素材は自力で集めるか、親しくしてる依頼人に素材を提供してもらうのがセオリーだ。


 人脈が重要というのはそういう意味がある。

 しかし、お金を用意できるならハードルが下がるんだよな。


「エースケ殿」


 蛍が呼びかけてくる。


「どうした?」


「エースケ殿はどんな食べ物が好きですか?」


「麺類かな。うどんとかパスタとか」


「ほう?」


 蛍は目を輝かした。

 彼女も麺類が好きなんだよな。


 うどん、そば、それに和菓子系も好む。

 それでいてスタイルはいいので、風光一刀流を学びたいと言うお姉さまたちがいたとか何とか。


「蛍はどうなんだ?」


「それがしもうどんやそばが好みです。こちらでも食べられたらいいのですが」


 うどんはともかく、そばは学食になかったはず。

 黒儒という国の文化は一応入ってきてるんだが、何がどの程度となると地域によってバラバラなのだ。


「俺でよければ店探しにつき合うよ」


 世話になってるしそれくらいかまわない。


「えっ、いいのですか」


 蛍はうれしそうに目を輝かせ身を乗り出す。

 胸の付近が揺れたように見えたが、おそらく幻覚だろう。


「ああ。美味いそばは食べたい」


 そばは手繰るって言うんだっけ?


「ふふ、この地でそばを食べたいとおっしゃる方と巡り合えるとは」


 蛍はそば好きの顔をしていた。

 いろんな一面を持ってる子だなと思う。


「スサノオ様に感謝申し上げねば」


 たしか黒儒で信仰されてる武芸の神だな。

 錬金術師が信仰するのは叡智の神メティスだ。


「俺も叡智の神メティスに感謝しよう。蛍に会えてよかったと」


 しばし見つめ合い、そして同時に視線を外す。

 俺たちは食堂につくまで無言だった。


 どうも蛍と話してると調子がおかしくなるな。


 食堂につくと蛍は緑茶を、俺は紅茶を頼む。


「俺が出すよ」


「そんな!」


 蛍は当然あわてた。

 彼女には男におごってもらうなんて発想そのものがないんだろう。


「俺のほうが世話になってるのに、おそらく所持金は俺のが多い。ここは俺に出させてほしい」


「エースケ殿は価値の高いものを生み出してらっしゃるのですから、報酬が多いのは当然だと思うのですが……」


 蛍はためらっていたものの、やがてうなずいた。


「この地のでのやり方だというなら従いましょう」


「俺がやりたいだけなんだけどな」


 別にこの地では男が女におごれというルールがあるわけじゃない。

 おごると喜んでくれる女の子がいるのは否定しないけど。

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