第26話 他の誰かが否定しても

「将来性に期待を込めて、フィラー金貨を二枚出そうじゃないか」


「えっ」


 フィラー金貨は一枚で約百万円の価値だ。

 正直これは予想外だった。


 隣で蛍も絶句している。

 先に立ち直った俺は早口に説明した。


「モンスターを倒したのは隣のこの子で、俺はついていっただけなんです。だから半分この子にあげたいのですが」


「なるほど。護衛代か。もうちょっと減らしてもいいはずだが、野暮なことは言うまい。ひゃひゃひゃ」


 ウィガンは愉快そうに笑い、金貨を二枚財布から取り出して俺の手の上に置く。


「またいいものを見せてくれ。ひゃひゃひゃ」


「……変わったお方でしたね」


「そうだな」


 なかば呆然としてウィガンを見送った蛍に、俺は小さくうなずいた。

 教師に対する礼儀を守るためにはこれが無難だった。


「何だか、エースケ殿の一緒にいるだけでそれがしも上のステップに引き上げていただいてる感覚がしてきました」


「それは誤解だろう」


 そんなことを言う蛍に訂正をする。

 俺の功績がないとは言わないが、彼女の存在も必要だ。


「君がいないとドロップを集められないからな。その点は正しく評価されるべきだよ」


「そうでした」


 蛍は目を伏せて認める。


「蛍ってけっこう自己評価低そうだな」


「そうでしょうか?」


 指摘が意外だったらしく、彼女はきょとんとした。

 そしていたずらっぽい表情に変えて口を開く。


「エースケ殿は自己評価低いタイプですよね?」


「……そうかもしれないな」


 否定はしなかった。

 より正確に言うならこの世界での立ち位置がわからないと言うか、不安定な状態になってると言うか。


「俺たち、似た者どうしかもしれないな」


「同感です」


 蛍は同意してくれたが笑わず、照れている。

 気持ちはよくわかった。


 何だか背中がむずかゆくなるような感覚がある。

 だからと言ってそれを言葉にしたら、相手に申し訳ない気分だ。


 何なんだろう、この感覚は?

 気まずいと言うと言いすぎだが、形容しがたい空気に包まれる。


 それを打破するため、俺は無理やり話しかけた。


「れ、錬成に戻るよ」


「そ、そうですね。楽しみです」


 ぎこちないやりとりだったが、沈黙よりはいい。

 いよいよ本命の中級道具袋だ。


 問題なく作成し終えたので一つを蛍に渡す。


「はい。持ち運べる量は三十個くらいは増えたはずだよ」


「ありがとうございます」


 蛍は受け取って笑顔を向けた。

 色合いは違うが和風美少女の美貌がまぶしい。


 続いて自分の分を作っていく。


「これで俺も戦闘に参加できるようになるかな」


 石とかを持ち運んで投げられるようになるからな。


「それがしと一緒なら、それがしがやりますよ?」


 蛍から出てきたのは甘やかす気満々としか思えない言葉だった。


「甘やかされると困るな。俺は本来だらしない人間なんだから」


「とてもそうは見えませんが」


 彼女は意外そうに目を丸くする。

 エースケとしては頑張ってるつもりだし、彼女はそういうところしか見てないからだろうな。


「この学園に来て一念発起したからだよ。本当の俺はもっと弱くてだらしなくて、情けないやつなのさ」


 これは一種の懺悔なのだろうか。

 過去の自分の実情を正直に吐露した。


 蛍はまじまじと見ていたが、そっと俺の頬に手を当てる。


「過去はどうあれ、貴殿は生まれ変わらんと努力なさっています。ならばそれがしはそれを認め、祝福しましょう。たとえ他の誰かが否定したとしても」


 彼女の言葉はとても優しかった。

 どんな罪人でも許す女神のように。


「……ありがとう」


 形にならない言葉で胸が詰まり、俺は簡単なことしか言えなかった。

 たとえ事情をすべて知られてるわけじゃなくても、救われることってあるんだな。


「蛍と知り合えて本当によかったよ」


 そう言って彼女の目を見つめると、彼女は恥ずかしそうに目をそらしてしまった。


「改まって言われると照れてしまいますね……」


「俺も正直かなり照れくさい」


 と告白する。

 何か恋人みたいだなと錯覚しそうになってしまう。

 

 もちろん、そんなことはないのだ。


「今日はこのあとどうする?」


 ごまかすように、この気持ちを振り払うように俺は蛍に聞く。


「どうしましょうか?」


 彼女は即答しなかった。

 いつもなら修行すると返答するだろうに、珍しいこともあるものだと思う。


 同時に彼女の気持ちもわかる気がした。

 俺も何となく錬成だのダンジョンだの言う気になれない。

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