第6話 気楽に行こう


「昼になったら一度外に出ようか」


「そうですね。水しか持ってきてませんので」


 そうだろうなと思った。

 蛍は案外家庭的で料理もできるんだろうが、道具袋のたぐいは持っていない。


 彼女が持っているのは刀と水筒だけなのだ。

 ある意味無謀だし、職員が反対した理由はうなずける。


「エースケ殿は何も持ってきてないのですか?」


「残念ながら水だけだな。もともと一回引き上げるつもりだったし」


 初心者用の道具袋だと大した量は入らない。

 つまり定期的にダンジョンの外に出なきゃいけないのは予定通りなのだ。


「なるほど。少しでも多くのものを持ち帰るためでしょうか」


 蛍の言うとおりである。


「いい道具袋を錬成できたら、補給が楽になる。だから最初はそれを作りたい」


 大量の水と食料を持ち込めるようになれば、ダンジョン探索が一気にはかどるだろう。

 

「ふむ。差し支えなければですが、それがしに道具袋を作っていただくことは可能ですか?」


「いいよ」


 予期していたのですぐに答えられたし、次の言葉もすらすら出てくる。


「ただ今の段階で錬成釜を使えるかがわからないんだよな」


 自分専用の錬成釜を持てるのは二年になってからだと、錬金術師ヒロインのセリフにあった。


 日本円換算だと約一千万円必要になるらしいんだよな。


 現段階では共用の錬成釜を使う必要があるし、入学式前の一年に使用許可がおりるかは怪しい。


「そうなのですか。難儀ですね」


 蛍は俺が言いたいことを理解してくれ、不満と不安に共感してくれた。

 腕に自信があるのに職員に理解されなかった自身と重ねているんだろうか。


「自分用の錬成釜を作るためには、学校にある錬成釜を使わせてもらう必要があるのさ」


「一種のジレンマですね」


 蛍は肩をすくめた。


「まああせってもいいことないから気楽に行こう」


「落ち着いているのですね。頼もしいです」


 蛍に感心される。

 まあどうなるか、ゲームの知識があるおかげだからな。


 軽くもぐった感じだと、ゲームの時と違いはほぼなかった。

 蛍のようにキャラクターは少々違ってるかもしれないが。


 外に出てみると空気の違いがはっきりとわかった。

 そして太陽の光がまぶしい。


「昼はどうする? よかったら一緒に食べないか?」


「いいですね。せっかくだから親睦を深めたいところです」


 蛍は笑顔で快諾してくれた。

 よし、彼女がパーティーにとどまり続ける流れはできているな。


 彼女は友好的な態度を見せてたのにある日いきなり離反する、ということはない。


 親切な人物だと言えるだろう。


「ところでエースケ殿。荷物は置いてきたほうがいいのでは?」


 蛍の疑問はもっともだった。


「もちろんだよ。それに食堂もまだ寮のものしか使えないだろうね」


「おや、そうなのですか」


 入学式をすませるまで一年は学園内の食堂を使えない。

 ゲームの時の蛍が言っていたセリフだった。


 今の彼女が知らないということは、昨日あたりこっちに着いたのかな?


「じゃあ一度別れて男性寮の前で待ち合わせでいいかな」


「わかりました」


 蛍が賛成してくれたので並んで寮の前まで行き、そこで俺は部屋に入る。

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