第21話 うるさい高祖母

 噂は生者だけのものではなかったらしい。翌日、墓所におもむくと幽霊たちがざわめいていた。

「あんた、皇室に嫁入りするって大丈夫かい? 」

 直球できたのはかなり昔のお家騒動で一服もられてなくなった貴婦人。なんと廃地公家の人で、祖父の祖母にあたる。心残りはその後のことか、彼女を殺した犯人のことか、あのとき食べ損なった好物なのか、どうも要領を得ず成仏に至っていない。ちなみに公家の幽霊はほかに二人いた、時代も性別も性格もまるで違うが、根気よく話を聞いて二人とも心残りの正体にたどり着いて成仏している。

 寺男師匠に助言をあおいだが、あんまりうまくいってない。そんなとぼけたおばさん幽霊が興奮してる。

 他の幽霊は「ええ~」とか「寂しくなるね」とか「宮中に遊びにいっていい?」とかのんきなものだ、最後のやつはあの近衛鎮魂師様に滅されるのでやめとけといっておいた。

「猛特訓中だよ。貴族ってこわいね。心ががりがりけずれるよ」

「でしょう? なんだったらしばらくあたしが助言してあげるわ」

 え、ついてくるの? 後宮に幽霊つれこんで大丈夫なのか。

「憑依石ってのがあるぞ」

 寺男師匠、それはなんですか。

「小さい魔核でつくったやつで、幽霊を一時的に使い魔として封じることができる。捕まえたり、安全に移動させるためのものだ。解放はいつでもできるが、使い魔状態は続いてもだいたい一ヶ月しかもたないが十分だろう」

「それいいわね」

 うるさそうなのだけど。

 結局、その申し出はうけることにした。中の幽霊はいつでもリリースできるというところがポイントだ。わずらわしかったらお帰りねがえばいいだけ。

 その日、連れ帰った彼女は前回のレッスンの内容を知りたがった。こんな感じ、と説明するとどう理解したかを聞いてくる。ハボタン様の言葉と、自分の考えをのべると彼女は首をふった。

「それじゃまた素直すぎるって駄目だしされるわね」

 そういって彼女は数通りの解釈をしてみせた。

「この中のどれがどこまで本意かわからないけど、ゲームとしてはあなたがどれを選べば次に有利に、少なくとも不利にならないかを考えないといけないわ」

「それ、みんなやってるんですか? 」

「ええ、でもほとんどの人は直感まかせね。それで失敗することは珍しくないわ。直感まかせにしても、相手のことはよくしらべておくこと。あとは自分は相手とどういう関係でいたいかを考えて、そっちに向かうにはどう応じればいいか考えること。これは距離をおきたければただ逃げればいいってわけじゃないわ」

 難しい。貴族社会のそういうやりとりに慣れないあたしにはできない芸当じゃないかな。

「そうね、歯が立つとは思えない。だったら解釈はあなたの勝手にして、それと反対のように見得る事言って、何かいわれたら意表をつくかたちで手のひら返せばいいんじゃないかな。押すように見せて引くってとこ。相手が警戒してるなら、裏をかいて最初から自分のもっていきたいようにもっていってもいい」

「それ、人の話を聞いてないということではないですか」

「そのへんは女の特権ね」

 大丈夫かな。この人毒殺されたの、そのへんが原因とかじゃないよね。

 翌日は朝から向かえがきた。昼食は後宮で出してくれるそうだ。それって食事マナーの練習じゃないかしら。食べる作法は行儀の先生に手を真っ赤にしながら教え込まれたけど、そこにはきっと会話がはいってくる。ただの会話のわけがない。

「基本は一緒です」

 ご先祖さまが無責任にはげましてくる。

「ごきげんよう。では今日もはじめましょうか」

 ハボタン様がにこやかだ。ご先祖様がありえる含意をささやいてくれる。

 その日は前回よりうまくやれたと思った。

 思ったが、昼食は味がしなかったし、いちいち含意に怖いものがまじってるし、押して引くのはなかなかうまくいかないし、そのたびにこてんぱんにされるし。

 ご先祖様は帰りの馬車で凄く熱心に解説と改善点について語ってくれた。

「面の皮はなるべく分厚くしなさいな」

 普通の庶民にはなかなかきびしい教えです。はい。

 ハボタン様のレッスンは、正式な返事を行うまでさらに四回を数えた。人間というものは存外タフなんだな。最後は慣れてしまった。ほんの一、二回だがうまく言い返せた事もあった。嫌らしい会話のスキルと、耐性ができてしまった。

 その間に治療院の退所手続きが進み、後任候補の娘たちの技量を見たり、弓の稽古をしたり、破魔矢を作りたしてもらったり、いろいろなことがあった。後任は小児科については内科にすぐれた貴族の娘にきまったが、軍人の娘も外科処置の腕をかわれて外科で特別にとってもらうことになった。

 どっちかが残念な思いをしなくてよかったと思う。

「正直、あなたの進歩に驚いているわ」

 ハボタン様は最後にそう言って贈り物をくれた。銀でできた髪留めで、紋章の類はないが独特の意匠がほどこされている。

「これは」

「わたしが若いころに使っていたお古でごめんね。でも、本当に手強い人たちと対面するときはあなたの力になると思う」

 含意はないとご先祖様はいう。これは駆け引きのない言葉だ。あたしと一緒のときの奥様のように、貴族だって言語武装を四六時中ではないのだ。

 深々と皇族に対するお辞儀をして辞去。

 帰りの馬車の中ではご先祖様にお礼をいった。

「助けがなければここまで乗り切れませんでした。ありがとう」

 ご先祖様はここまでみたことのない微笑みを浮かべた。まるで優雅な貴婦人のようじゃない。いや、彼女は実際そうだったんだ。でも、幽霊になってオカンになった。

「おめでとう。そしてこちらこそありがとう。わたしね、やっとわかったのよ」

「何がです」

「誰かの役に立つことが好きだったって。心残りはそれだけだったって」

 とことん世話焼きなおばちゃんだね、そして含意はあたしでもくみとれた。成仏したいんだ。

 憑依石からご先祖様を解き放つと、彼女はすうっと消えていった。

 ほんの少しだけ魔力が増えた気がする。それと、最後に彼女はささやいた。ハボタン様のことを知っている。生前、何度か会った幼い皇太子妃だったと。

 数えてみればわかる、つまり、太后。今上帝のご母堂だ。いまは離宮で静かにくらしていると言われている。

 つまり、もともと大后様の暇つぶしだったということですね。皇族の誰かだと思っていましたが、とんでもない大物です。

 奥様、知っていましたね。言えませんよね。あたし、めちゃくちゃ混乱しています。

 その髪飾りまで下賜されちゃった。

「ボウコウナン、あんた知ってた? 」

「わりあい早くに」

 裏切り者がいた。

「どうして教えてくれなかったの? 」

「お姉様の今の様子が全部物語ってると思うけど」

 その通りだ。こら、妹分よ、そこで笑うんじゃない。

「教えてくれたのはクリニア様です。ご心配だったようですよ」

 どいつもこいつも。そしてよく乗り切れたなと全身の力が抜けた、

 髪飾りは、本当に必要なとき以外は使わないようにしよう。

 荷造りと挨拶に二日ほどかけ、コンラー家は廃地公家に正式に受諾の返答をおこなった。

 ただちに召還の使者がやってきて、秘めていた名前とともにあたしは公家の一員になった。

 立ち位置は祖父の養子。一族の席次としては嫡子の末席で、伯父より上になってしまった。

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