第22話 新しい家族

 廃地公家は家長である祖父を筆頭に、嫡出の伯父が二人、叔父が一人。皇族、大貴族に嫁いで家にいない伯母が一人、叔母が二人。一番上の伯父はそろそろ五十で実務をほとんど管理しており、実質家長であり、あたしより年上の息子が二人、同じくらいの娘が一人いる。残りの伯父、叔父は分家に婿入りしていて彼らにもあたしのいとこにあたる子供たちがいるのだが、屋敷では見ない。領地のほうの分家の館にいるからだ。全員が顔を見せ合うのは聞いたところでは秋に領地でとりおこなわれる収穫祭の時で、都合がつけば他家に嫁した女性陣も参加するらしい。たいそうにぎやかな祭りで、このために集まる商人や雇い人を含めて五千人を越えると聞いて想像がまったくおいつかなかった。

「あなたも是非参加していただきたいわ」

 教えてくれた従妹は癖っ毛をがんばって結った色白の少しふっくらした娘で十六。皇太子の婚約者候補の一人らしい。緊張で味のしなかった最初の会食のあと、年齢も近いということで案内役ということになったのだ。

 物腰がとても柔らかく、かつ優雅であたしのような野猿にはまぶしいようなお嬢様。

 だが、あたしよ、油断するな。ハボタン様を思い出せ、印象だけで判断するとひどいめにあうぞ。

「廃地領は一度もいったことがないので、とても楽しみにしております」

「あらあら、あなたは血縁なら従姉、今は義理の叔母ということになるのですよ。丁寧に接する事はありませんのに」

 さっそく罠だ。

「公の場では、そうさせていただきますが、あたくしは自分がどういう出自か忘れておりません。たくさんの方のお手引きがあっていまここにいることを忘れぬよう、私的な場では謙虚に振る舞わせてくださいな」

「まあ、あなたの出自はおっしゃるほど卑しいということはございませんよ。身分こそ失っておられましたが、お祖母様の出自は帝と血縁もある名家でございましたから」

 祖母のことは確かめようがないと思ってたのに、このお嬢様は調べをつけていらっしゃる。貴族やっぱり怖いです。

 よし落ち着いて、ハボタン様とご先祖様の教えを思い出せあたし。

「あたくしは育ちがいやしいのです。そのあたくしをここまで連れてきた方々のことと、その教えは決して忘れないようにしているのです」

 あはは、ちょっと恨みこめちゃった。絶対あっちも察してるよね。顔に出さないけど。

「よい心がけです、後宮で、ハボタン様のお手ほどきをうけたとか」

「はい、とても素敵な方でした」

 そこから話は後宮の様子、ハボタン様の様子、そして侍女のボウコウナンも特訓を受けたことなどの話になっていった。触れなかったけど、髪飾りをもらったことは知ってるなと思った。

 ところで、このユリアなんとかさんって長い名前の令嬢がハボタン様になみなみならぬあこがれをもっていることとか、ちょっとあたしに嫉妬してることとか伝わっちゃったんだけどどうしよう。

 もちろん彼女にむかって「はっはっはいいでしょ」なんて言うわけにもいかない。うらやましがらせておいて謙虚にふるまうしかない。

 ストレスたまるよこれ。社交の場にいったらこんなんばかりだろうと思うと憂鬱だ。

 それでも、最終的には仲良くなれたと思う。あきまで貴族としては、で本音を遠慮なくなんてできるわけがない。そんなのは彼女の誇りがゆるさないだろう。

 この賢くて油断のならない従妹と似ているのがその長兄で、言葉は少ないが目は決して笑わない冷たい感じの男性。結婚していて、奥さんはもの静かで夫の影のように従っている薄幸そうな美人。元気で遠慮がないのはそこの赤ん坊くらい。次兄は顔立ち以外似たところはなく、穏便にいってもおめでたい頭の持ち主だった。かなり失礼なことを平気でばんばんいうし、そんな自分を何かだと思っているところがある。あたしも大分失敬なことを言われた。

「へえ馬子にも衣装だね」

 馬子で悪かったな。貴族的話法で罵っておいたが理解したのは本人以外だけだった。

 分家のいとこたちは、たぶんこっちのタイプなのだろうな。

 彼らの父である次期当主たる伯父、タルトなんとかさんは無欲で人のよい風味を出している。あたしにたいしても親しげに接してくれるし、祖父にも逆らわない。

 でも、むちゃくちゃたくらんでいる人だ。今回のあたしの縁談も成立すれば祖父から家督を引き継ぐことになっている。

 祖父は祖父で、タルト伯父のそのへんの手腕見て当主合格の判断をしたように思う。タルト伯父、ずっとだめだし受けてたんだな。タルト伯父の奥様は存命だが見かけないと思ったら領地で療養中。愛人も庶子も何人かいる。

 庶子お茶会の時に世話になったハルトなんとか叔父は帝都近郊のせまい領地をあずかる分家の主をやっていて、午前中は宮中に出仕し、午後に本家に顔を出し、そして夜には領地に帰っている。こういう分家は珍しくないらしく、宮中の官僚の半分は彼らがしめているそうだ。本音は絶対に見せない人だが愛妻家らしく、愛人、庶子はいない。そのかわり分家には娘ばかり七人いるそうだ。こっちは近郊分家のどこかに縁談がきまっているそうで、分家自体は末娘に婿をとって継がせる予定らしい。

 真ん中のコルヌなんとかさん、コルヌ伯父は貴族とは思えない裏表のない人だ。帝都にはあまりいないそうで、領地で狩りをしたり領民同士のもめごとの裁定をやったりと悠々自適。本家の相続にからむこともないし、宮中で派閥のある官僚世界にいるわけでもないせいらしい。役割は一族の予備として。陪臣の娘を妻としてるあたり、完全に野心を棄てている。もしかすると、それもまた駆け引きの一環なのかも知れないけど。

 これらの情報は、チャトラが集めてきてくれた、彼はいきなり大きなネズミをとって存在価値をアピール。とってきた小動物には他家の送り込んだ密偵としての使い魔もいたので、屋根裏や床下ならほとんどフリーパスになった。おまけに足音なんか立てず、気配も見せないので寝る前にいろいろ報告をしてくれるのだ。褒美は少しの魔力と一緒に寝る権利。加えて、ボウコウナンからも使用人サイドの情報がはいってくる。彼女も治療師であることは隠しておらず、寝る前におたがいに術のおさらいと練習をやるということで二人きりにしてもらってる。チャトラもいるが。

 おかげで、あたしがコンラーの若い魔女と影で呼ばれていることも知った、若くないほうの魔女はエリ様らしい。うん、猫使ってるところはそれっぽいね。

 そうやって情報集めているところはおそらく、祖父もタルト伯父と従妹も察してるんじゃないかと思う。知られても困らないし、教える手間も省けると思われているんじゃないかな。

 公家にうつって部屋は数倍になり、ボウコウナンの他に女中が三人ついた。部屋を掃除し、寝台を整え、着替えを手伝うのはこの三人で、ボウコウナンは担当執事から伝達された予定を読み上げ、つきそって間違いのないようにする担当。仲良くやれるのかと思った、何やら教え合う関係になっているようで、付かず離れずくらいに仲良くしている。休みの日には買い物など一緒にいってるそうだ、うらやましい。

 あたしのほうはというと習うことが多い。おもむく現地、聖教連合についていろいろ学ばされ、廃地公家につたわる土地浄化の呪文について領地から呼び出した魔法使いに教わり、基本的な宮中有識故事の知識を授けられ、そのうち呼ばれるはずの皇后のお茶会で粗相ないよう元女官で近郊分家の一つの奥方にびしびしされた。あと、詩くらい詠めるようになれって教師もつけられたな。

 会う機会もないので、コンラーの奥様に手紙をかいて思いのたけをぶちまけたりした。お返事はいつか一緒にこういうことしたいね、というあたしの欲求だだもれの手紙の内容に一つづつ丁寧に応じてくれたものだった。立場がどうかわろうと、奥様はあたしの心の友です。

 ところで、あたしが嫁にやられるという皇子様ってまだ一度も顔を見てないし、名前も聞いてないのだけど。いや、チャトラ情報で名前だけはわかってる。カイアル皇子。カイエン王国との国境で国境のトラブルに対応していて、帝都との往復の忙しい身の上だったらしい。以上。

 タルト伯父の二番目の息子のような人じゃなさそうなのはありがたい。

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