第19話 遠慮したいほどの玉の輿
しれっと伯父がやってきたのは翌日だった。それも寺男師匠のところで幽霊と話をしているところにだ。
「芝居の練習でも見ているようだな」
一人で仕草もまじえて話しかけているのでそう思ったらしい。
「誰にでも見えるようになったら、取り憑く気になったときだから注意してね」
闖入するし、失礼なこというし、これくらい脅しておいていいだろう。伯父はちょっとした便利魔法くらいしか使えない。悪霊なんかに出会ったら大変危険だ。
「それで、こんなところまで何? 」
「ああ、いや気に障ったら悪い。一瞬、天女のように見えてな。普段は似てないと思っていたがやっぱりあいつの娘だな」
母さんは美人だった。どうせなら母さんみたいに生まれたかったなと思ってたころもあったけど、それを思い出させるんじゃない。
「で? 」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。
「今日、公から伯に正式に申し入れが行われる」
なんの、というのは聞くだけ野暮だろう。話だけならお館様が帰ってから聞かせてもらえばいいわけで、ここにわざわざ執事頭が忙しい時間を割いてきたなら別になんかあるはず。
「どうぞ、続けて」
「伯が表向き聞く話は、庶出の皇子とお前の縁談だ。皇子にお手つきで産まれたものなどめずらしくないし、帝位につくこともおかしくない。だが。この皇子は母親が聖教連合の捕虜でな。政治上の事情で帝位にも縁がなく、どこか後嗣の男子のいない家に婿養子に出すのも不都合ばかりあってもてあまされていた。これに廃地公家の一員としてのお前をあてがって、あの荒れ地の再生と領地経営をさせることになっている」
話が、いきなり大きいんですけど。
「伯父御、それは無茶ですぜ」
「人前でその話し方はするなよ」
く、この人も作法の先生と同じだ。いいなおそう。
「伯父上、それは無理なお話では? 帝都で少しはあか抜けたかもしれませんが、あたくしは教養もない田舎娘、苫屋の台所を見るのが精一杯でございます。ましてや皇子殿下の室など恐れ多く」
「いいなおさんでいい。ちなみに殿下本人はおまえでいいとおおせだ」
「あの茶会、めちゃくちゃ猫かぶってたんですが、それで判断されても」
「お前の付け焼き刃の猫かぶりなどお見通しだわい」
えええ、作法の先生には合格もらったんだけどな。
「気をわるくするなよ。指差して笑われるようなところはなかった。ただ、やっぱり貴族じゃないなってことはすぐにわかる程度には異質だったというだけだ」
おお、伯父御が珍しくフォローしてくれた。
うん、なんかそのへんはわかる。だから田舎でのんびり治療師させてくれ。
「で、殿下はそこが気に入ったらしい」
悪趣味な人だ。あ、これ顔に出たかな。
「なので、お前はこのあと正式に召還され、公の一族となる。しばらく一族についての知識と宮中作法の教育がある。それから長い旅をして聖教連合にいってもらうことになる」
つまり何が言いたいのかというと。
「コンラー伯家にいる間にしこめる知識はしこんでおけ。伯家に失われた知識が豊富にあることは知っている」
そして、そのへんをお館様に捕捉説明しようねってことらしい。
「ではな」
たぶん、今ので知ってる全部なのだろう。
「伯父御、ありがとう」
そして心の中でつけたす。このシスコン。
帰館すると、早めにもどったお館様が奥様ともどもあたしを呼んでいるという。
「今日、廃地公より正式に申し入れがあった」
話の内容は伯父から聞いた通りだった。庶出扱いの皇子の嫁に出されるという話。そのために対価はエリ様のつけた条件にいくつか上乗せして支払われるということ。家の意思統一に時間が必要だから返事は一ヶ月まつということ。ただ、時間もおしいので正式な召還の前に三日に一度、行儀見習いに宮中に通わせること。
あれ? 伯父の話と少し違うぞ。公家で行儀見習いじゃなかったっけ。それに召還されて廃地公家の一員になってからではなかったっけ。
「いつからです? 」
まさか明日からではないよね。
「四日後かな。明日はゆっくりしてくれとしかいえぬ」
「コンラー伯家としてはどうされるおつもりですか」
ご夫妻は顔を見合わせた。何か決めていて、確かめあったみたい。
「代価として呈示されたものはとても魅力的なものだ。今すすめている事業がはかどることは間違いない。だが、なくても時間の問題でしかない。先に母と相談したが、鼻で笑ったよ。ただ、召還にさからうなら帝国にたいし離反することになるから君には逃亡生活にはいってもらうことになる」
そんなことしたら、周辺全部敵に回すってことじゃない。
「でも、逃げればあちらの思うつぼなのでしょう」
「普通に逃げたらね。父は一度連れて行ったあそこならいいだろうと言っていた。どこかわかるかい」
あの森の中の拠点か。寂しいところだ。それに『穴』で移動すれば監視もふりきれる。
「竜司様が『穴』主であることは、どの程度知られていますか」
「誰も知らないはずだ。いや、ホンラー家には少しいそうだね」
「お祖母さまくらいだと思います」
あたしの中でいろいろな話がやっとつながった。
「祖父はたぶん知っています」
不意の言葉にご夫妻が驚いた顔をした。
「どうしてそう思うのだい」
「実は、昼間伯父がやってきて、こんな話をしていきました」
聞いた話を逆順に語る。最初に、失われた知識を云々のくだりだ。
お館様の顔色がかわった。奥様は何も知らないらしく、もの問いたげな顔をしている。
「すまない。くわしいことは今は言えない。わかったのは、公家は想定以上にうちのことを把握してるってことだ」
それから、と促され、あたしと、あたしでいいと言った皇子が何をやらされることになるのかを聞いた通りに説明した。
だから、あたしが『穴』を使って外国の魔の森に逃げたら、コンラー伯家そのものの関与ということになる。普通に逃げれば捕縛される。詰んだ。
伯父がやってきた目的は、これもあったのだとやっとわかった。穏便に、不幸を最低限にするなら選択はない。
ああ、もう人生ままならないな。気持ちはまだまだ千々にみだれているけれど、あたしの意志は決まった。
「この話、お受けいたします」
「いいの? 」
確かめる問いは奥様だった。
「はい、返しきれないほどのご恩を受けているのに、あだなすことはしとうございません」
それでも返事はぎりぎりまでのばすということになった。エリ様、竜司様、狐草師匠とも話をしないといけないからだ、
結論はわかりきっている。だが、心の整理には時間が必要だ。もちろんあたしも。
翌休日、『穴』経由であたしは呼び出された。手みやげにエリ様のすきそうな生菓子をバスケットにおさめて。もちろんチャトラとボウコウナンも一緒だ。
いつもの広間、ガレージと呼ぶそうだけど、そこでお二人がまっていた。
「こっちだ」
呼ばれてあがった先は、以前竜司様と訪れた森の中の拠点。
「ま、座ってくれ、そのバスケットは? 」
「帝都ではやりのお菓子です。早めにどうぞ」
エリ様の目が光った。
「ねえ、やっぱりこの子手放すのやめよう」
「ちょっと落ち着こうな。エリ、水をくんできてくれ。ボウコウナン、そっちの薪を何本か。ハマユウ、そこにつるした薫製をとってくれ」
最初に始めたのが食事の下ごしらえなのはちょっと面食らった。
「夕食はここでとる。ゆっくり話がしたい」
あたしのお菓子は小休止のお茶受けになった。
「あの、どんなお話を? 」
「いろいろだ。君が対面することになるものについて、知っておいたほうがいいことをいろいろね」
まず、あの土地を汚染しているものはなにか。
土地をだめにしているのはいわば呪詛だと竜司様は説明した。触れるものに取り憑き、思わぬ変化を与えるもの、生き物なら体や心が壊れ、者なら壊れたり呪詛をためて次に触れるものにうつしかえたり生き物を壊したりするのだという。
「悪霊みたいですね」
「人間に由来していないだけで似たようなものだな。魔力なので百年も待てば雲散するのだが信じてくれない」
銃の勇者の世界にはこの魔力の急激な解放で都市一つ跡形もなく消すほどの武器があったのだという。だが、被害の大きさ、後に残る呪詛を考えて禁止しようとしていたらしい。
それをもちこんでしまった理由も、結局使わなかったわけも信憑性にかける情報しかないが、確かなのは彼は結局それを使わず、隠したということだ。
もう一つは疫病だが、これは今でも遠征した敵に投げつける呪詛として存在している。都市は疫病よけの常設の魔法にまもられているが、小さな村や遠征軍にそれはない。魔王は呪詛爆発のあと、疫病を蒔いて徹底的に聖教連合の軍を殲滅したそうだ。
「攻め込んだ側だが、あんまりなやりようにあちらでは帝国を恨んでいる者は多い。とはいえ、東方との交通が南の神聖同盟経由の一経路では不安だ。神聖同盟も長く帝国の宿敵だからね。コンラーを一度滅ぼしたのは彼らの艦隊だ。海賊どもも支援している」
だから、聖教連合との国交回復と呪われた土地の浄化を急ぎたいらしい。
「交渉は続いていたんだが、難航してると聞いてた」
それがまとまったらしい。
「廃地公のところには、土地浄化の儀式魔法の術式があったはず。話が本当なら、君にそれを教えてあちらの土地を浄化していかせるつもりなのだろう」
あたしの評価は魔力が大きいからってことかな。
「加えて、制御もかなりできるし、呪詛で苦しむ人の癒しも期待しているんだろうね」
診たことない症状は手におえないかも知れないのに。
「もしかして、ものすごい無茶ぶりされているのかな」
「うん、だからこそあっちも条件のんだんだと思う」
「がんばるのは」
「主に君だろうな」
「損しかないじゃないですか」
ただ、うまくいけば皇子の母親は追認だが妃の末端に数えられ、皇子は庶出から継承権は低いものの正式の皇子として認証される。その妻君となればそこらの貴族の庶子にはありえないほどの身分にのぼることになる。
「ありがたくって涙がでます」
全然うれしくない。いや、贅沢な悩みなのかもしれないが、玉の輿にもほどがある。上玉すぎてくらくらしますよ。ほどほどがいいんです。ほどほどが。
「銃の魔王がふりまいた呪詛は異世界のもので、既存のものと同じにいかない可能性がある。実際には試しながら直していく必要があると思うが、古い浄化儀式を教えておくよ」
どうして竜司様はそういう古い知識をもっているのかな。
伯父は何か知っていた。
「竜司は、大賢人の塔の継承者なんだ」
「では、その蔵書の」
「塔は破壊され、蔵書も灰燼に帰したけどね」
魔王の差し金だったらしい。もういない大賢人を恐れたのではなく、集めていた銃の勇者の遺品の一部がそこにあったので守りごと壊して奪おうとした。塔は完全に破壊され、蔵書も遺品も残らなかった。残ったのは、塔の継承者にたいする負債。そしていくつかの密約。竜司様のことを公にしないこともそこに含まれている。もちろんあたしも内緒にすることを約束した。
竜司様は勇者にして、大賢人の塔の後継者? 物語の中のような話だ。それにしてもいろいろ台無しにした魔王って馬鹿なの?
その日は、古いという浄化儀式の習得に残りの時間を費やした。一人でできるものではないので、チャトラ、ボウコウナン、エリ様、竜司様に手伝ってもらった。これ、お手伝いの人は普通の魔力でいいけど、儀式やる人はかなり魔力がいるよ。
「遅くても帝都をたつまでに一つ餞別を用意する。作るのはエリだけど」
「でも、あの土地の汚染を一番気にしているのは竜司だ」
くそ、仲良く見つめ合うなよ。
あたしをおしつけられる皇子とやらとそんな関係築けるとは思えないんだよね。
庶出でも皇子ならあたしらより恵まれているし。
最後に、とっておきだよといわれて墓所の中でうごく写真を見せてもらった。異世界のものだった。みたこともない巨大な建物、不思議なみなりの多数の人々、銃の勇者のものとほぼ同じだという呪詛兵器と爆発の様子、呪詛を受けた人々。横転した魔王の最後の姿を思わせる鉄の巨船。
すばらしいものと、恐ろしいものを見せられたあたしは、遠くから聞こえる見知らぬ恐ろしげな魔物の遠吠えにすら安心を覚えた。
ただ、銃の勇者が呪詛兵器を用意したもの、結局使わなかった理由はわかったと思った。
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