第18話 庶子お茶会

 最近は魔王の幽霊の影も見えない。帝都での生活はこのまま静かに、楽しく続いて行くと思われたが、そろそろ十九になるかなというころにととうとうきてしまった。

 まず、伯父経由の呼び出しだった。伯父はあいかわらずやってくるし、その日もいつもとはかわりはなかった。違ったのは、帰り際に二通の封書をおいていったことだ。

 一通は、あたしあて。まだ通り名でかかれている。もう一通は執事あて。ただし、中にもう一通はいってる厚みと手触りだった。差出人は伯父。

「どういうこと? 」

「公がお茶にお招きだ。そっちのはコンラー当主への許可を求める手紙だ。そんな嫌そうな顔をするな」

 鏡がなくってよかった。かなりひどい顔をしていたのは間違いない。

「伯父御、縁談なのか」

「姪よ。今回は本当にお茶だけだ」

 伯父の顔が執事の顔をしている。ってことはこの言葉は鵜呑みにできない。

「まあ、気楽にな」

 無理です。

 どういう茶会かは、その夜の夕食の席でお館様から説明があった。

「廃地公の非公式の庶子、庶孫を集めてねぎらうそうだ。今回はハマユウをいれて四人。当日は治療院の仕事の日だが、すでに上司には話を通しているそうだ」

 さすが伯父御、手回しがよすぎる。あとで小児科長にきくと、是非行ってこいと言われた。

「断る理由がない。治療師なんだから仮病はやめとけよ」

 たぶん、お館様も昔はよく使ったんだろうな。仮病。

 そして本当の目的はというと。

「まあ、見合いだろうね」

 おなかいたくなってくる気がした。仮病じゃないぞ。

「これくらいかな」

 当日、あたしはコニイを筆頭とした館の女中陣にむかれて洗われてぐるぐるに着付けさせられた。

 きているのは仕立て直したエリ様の外出着で、茶会ならこんな感じでいいのだという。それにしてもコニイは結婚してから妙に風格がでてきた。まだ女中頭にはほど遠いが、将来的にはなるのではないと思われている。帝都の向かう馬車の中で不安そうにしていた小娘が化けたもんだ。

「殿方の思惑など気にせず、堂々と行って堂々と帰ってくればよいのです」

 行儀作法の先生女中もそこにいた。彼女はもう仕事をやめていて今日はつきそいをお願いしている。その彼女が満足そうに見ているのがコニイだ。なんかもう言いたい事よくぞいってくれたという感じ。

 はげましてくれてるんだろうな。こちとら煮て食われるか、焼いて食われるかと心臓ばくばくがおさまらないのに。

 屋敷の馬車で正面に乗り付けたのはあたしだけだった。他の子たちは辻馬車で通用門に乗り付けてはいったらしい。つまり、何が言いたいかというといきなり目立ってしまった。つきそいなんか連れてお嬢様然としてるのもあたしだけ。なんかすいません。田舎者が図にのって。

 最初は遠慮しようかと思ったのだけど、ふっかけている対価やあたしのコンラー家での存在価値をしめすためにそうしてくれと奥様に「にこやかに」命じられてしまった。あんな人だが、やっぱり貴族だ、貴族こわい。

 招かれたのは廃地公自慢の庭園の東屋。付き添いの先生はあたしの声のとどくところで別のテーブルに腰掛け、いれば他のつきそいと控えているはずの場所を独占している。やらかしそうになると、視線で注意とばしてくるので緊張しかない。

 同席する庶子、庶孫は三人。神経質そうな長身の青年、借り物なのか、ちょっと身の丈にあわない外出着を着ている。次は福々しい感じの真っ白な少女、こっちは祖父との血のつながりを感じる顔立ちだが、着ているのは夜会できるようなドレスにごてごて飾りをつけて趣味が悪い。最期は陸軍の軍服のすらっとした女性。こちらはほれぼれするような凛々しい美女だ。

 ホスト席には祖父が座るわけもなく、その息子の一人、末子だという三十少し前の男性がすわっている。ハルトなんとかという舌を噛みそうな名前で、数ある分家の当主だそうだ。にこやかで紳士的なふるまいだが、貴族の外面なんぞ信じちゃいけないってことはあたしにだってわかる。

「ハルゼン、その後、どうかな。仕事は続いているかね」

 お茶がくばられるとまず一口のんでから優雅に神経質そうな青年にごく自然にそんな質問をする。

「おかげさまをもちまして」

 神経質君は堅苦しく返事。

「そうですか。あまり癇癪をおこさないようにね」

 うわあ、今の、超極太の釘だ。神経質君が震える声で「はい」って返事してる。

「ベルは縁談が決まらないね」

 今度はふりふり少女のほうにふる。

「お召しはないのですか」

 彼女は一族への諸流としての承認をもとめている。自尊心が強いのかな。でも、庶流は庶流だよ。日陰者だよ。

「それは必要ない。だが、当家の役にたつ縁談だ。反故にする前によく考えておくれ」

 これまた超極太。あんまりわがままいってると切るぞ、といわれてる。

 考えておきます、と彼女は小さな声で答えた。

「リオル、昇進したそうだね。おめでとう」

 女性軍人も何か怒られるのかと思ったら、そうではなかった。

「やっとです。わがままをきいてくださり感謝します」

 ぴっと敬礼しそうな返事のしかた。わがままっていうのは公家の威光を借りたくないってことかな。でなきゃ昇進が遅くなるわけがない。

「不愉快なことはないかね。個人的なことでも一般的なことでもかまわない」

「そのお心遣いだけで十分報われております」

 手強いな。ハルトなんとかさんも苦笑いしているよ。

 しかし、招いた庶子、庶孫の近況をよく把握している。

「ハマユウは初めてだね」

 来た。先生の視線!

「はい、おまねきありがとう存じます」

 なによ、あのすかした女、とふりふり少女がつぶやいたのばっちりきこえたぞ。君はうちの先生にしつけてもらったほうがいい。

「これは貴族の茶会ではない。もう少し楽な身なり、物腰で大丈夫なのだよ」

 先生、いちいち視線は痛いです。気のせいだけど。

「お気遣いまことに恐れ入ります。なれど、わたくしに粗相があれば大恩あるコンラー伯家にご迷惑をかけることになりますので」

 喧嘩うってるんだよね、これ。それでも表情一つかえないとはさすが貴族様。

 ちらっと見ると先生、満足そうな顔をしている。当のあたしはもう帰りたくってしょうがない。

「そうか、よい心がけだ。しかし、そなたは当家の者でもある。そのことを忘れないように」

「かしこまりてございます」

 よしよし、合格点もらった。本音は頼むから縁きって、前のようにほっといてくれ、だけどね。

 ハルトなんとかさんはこほんと咳をした。

「さて、説教めいたことも言ったが、今日はそなたたちの近況を聞けて嬉しい。ゆっくりして、自由に帰ってくれたまえ」

 そしてくるっときびすを返して本館のほうへ。

 おやおや、これでおわり? と思ったら場の連中、全員だれている。あのきりっとした軍人さんも深く深くため息ついて背中が丸くなっている。

 まっさきに席をたったのは神経質君だった。ステッキと帽子と、それとなにか包みを受け取っていらいらした様子で裏口のほうへ歩いて行く。軍人さんは強く短く息をはいた。切り替えたらしい。すっくとたつと、こっちは制帽だけうけとって包みのほうは手をふって辞退して去って行く、

 ふりふり少女はお菓子をテーブルナプキンにせっせと詰めている。そして行儀の先生怖さに優雅にお茶を飲み続けているあたしをぎろっと見て、一言。

「いけ好かない女」

 同感だわー。あたしも同感だわー。でもそうしなくちゃいけないのよ。つらいのよ。

 かわりにめいっぱいの作り笑いを浮かべる。

 彼女がどう思ったのかは知らないが、あの様子では先ほどいわれたことを理解しているかどうかもあやしい。ま、知った事ではないけどね。

 彼女はお菓子をつつんだナプキンを懐に、日傘を受け取り、手みやげの包みをひったくるようにして大股で去って行った。

「さて、わたしたちもまいりましょうか」

 つきそいの先生に声をかけ、帽子と日傘を返してもらってあたしたちは正面から出た。とがめる者はいなかったし、女中から包みをわたされる様子もなかった。渡されてたらどうするのが正解かな。優雅にうけとって、あとでコンラー家の便せんと封筒で礼状を送る、かな?

 と思ったら、正面の馬車寄せに伯父がいた。執事頭の格好でうやうやしくビロードの布で包んだ小箱っぽいものを持っている。

「どうぞ、お納めを。公よりの心付けでございます」

 今は伯父と姪でなく、執事頭と公家の客だ。

「まあ、ありがとうございます。わたくしなぞ、おかまいなくてもよろしかったのに」

 どうぞ、と勧められるのを受け取る。あ、ちょっと作法なってなかったか。いまお怒りの視線が刺さった。

 もらったものを、奥様立ち会いのもとあけてみると中には銀のネックレスがはいっていた。粒は大きくないが、真珠やエメラルドがバランス良く配置され、とてもセンスがいい。

「引き出物にしては高価なものね。といって、公女に送るようなものでもない。礼状なんか書いた事ないでしょう。教えてあげるから一緒に書きましょう」

「では、あたくしもおつきあいいたしましょう」

 奥様も、行儀の先生も、ありがとう。絶対途方に暮れてたよ。

「でも、なんであそこに呼ばれたんだろう」

 いろいろ腑に落ちないお茶会だった。他の三人、少なくとも二人については戒めと援助を行うためによんだってのはわかる。軍人さんはちょっと違うし、あたしもそうだ。

「遠くの回廊から数人の殿方が見ておられましたよ」

 先生の言葉にえっとなる。

「あたしら、品定めされてたんですか」

「ハマユウ様だけだと思いますよ。もしほかにいるならあのリオルさんという軍人さんくらい」

 うわあ胸くそ悪い。

「よくはわかりませんが、外国の方と思われるお姿もありましたよ」

「それはちょっとまずいかもね」

 奥様が眉を曇らせた。

「あの、あたし外国に嫁に出されるので」

「有力貴族と外国の有力者が婚姻結んだら猜疑心しか招かないから、違うと思う。でも独身で送られるとは思わないほうがいい」

 逃げたくなってきたよ。でも逃げたらそれこそ思うつぼだったよね。

 とにかく礼状の仕上げをおこなって、あたしたちは解散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る