第12話 園遊会

 翌日は墓所の日だった。あの記事のことは寺男師匠も知っていた。寺院の大食堂においてあるので、気がついた僧侶があたしじゃないかと聞いてきたらしい。

「ええ、その通りです。まさかそんな魔法具があるなんて」

 しかもこの写真、優しく手をのばしたあたしが心優しいご令嬢に見えてしまうから、もう全部穴を掘って埋めてしまいたい。

「たまたまいあわせたってのは考えにくいね。名前の出ている誰かをつけまわしていたんだろうと思うぞ」

 まさか奥様、とは考えにくいな。殺された人は恨みかってたみたいだし、そっちかな。

 まあ、それは考えてもしょうがない。それより見た幽霊の事を師匠に話してみる。

「幽霊になったが、あんたに見られて成仏した? すごいじゃないか」

 寺男師匠め、冷やかしやがった。

「まじめに答えてください。なんだと思います」

「といわれても、俺も何もしらないから推測しかいえないぞ」

「それでいいです」

「我に返ったんじゃないかな。あまりのことによくな感情にまけて幽霊になったはいいが、自分を助けてくれようとしたご令嬢に見られて恥ずかしくなった。たぶんかっこつけな人だったんだろう」

 ご令嬢ってあたしのことだね。身なりも化粧もそう見える姿だったけど。

 つまり、若い女の前でみっともない姿をさらしたことに恥じ入って成仏? そんなことあるのかしら、男心はよくわからない。待てよ、治療院の悪ガキどもにあてるとなんとなくわかる気がする。

 馬鹿な人だったのだなぁと思った。でも、そう言うのは嫌いじゃない。

 その日はいつもより優しく幽霊たちの話を聞いたと思う。一日で二人成仏させたのは初めてじゃないだろうか。二人とも男で、愛すべきお馬鹿さんだった。

 屋敷に帰ると、若様が一冊手に入れてきた新聞を奥様が熱心によんでいた。

 全然別のページで、はやりのお店の取材記事だったり、着こなし上手の貴族、貴婦人の写真をあつめたものだったり。

「奥様」

「あら、お帰りなさい。これ面白いわよ」

「何か見失っておられませんか? 」

「いえいえ、これは発見よ、次も面白かったら定期的に買いましょう」

 目がきらっきらしている。何か妖しい魔法でもかけられたのかと思った。

「そ、それであの記事ですが問題はなかったんですね」

 とにかく話を戻そう。

 奥様は紙面から目を話さなかったが返事はしてくれた。

「うん、問題なかったわ。書き手は貴族かそれに近い良識もってるわね。醜聞記事でも品位はくずしてないわ、あんまり」

 それはそれは、治療院の記録の書き方の参考にさせてもらおう。悪ガキどもや問題のある親のことを記録するのに役立ちそうだ。

 奥様が満足したのであたしも貸してもらってぱらぱら読んでみた。はやりのアクセサリーのデザインとか、新進気鋭の職人によるドレスのデザインとかは確かに目をひかれた。どこかの家のおかかえ料理人の出した創意工夫あふれた料理の紹介は味の想像が全然おいつかないのでわからなかった。

 名前は伏せてあるがどこかの貴族の奥方と義弟との不貞について、原因は夫の不誠実であるとすっぱぬいている記事はちょっと興味津々に読ませていただいた。話をした幽霊の中には、似たような禁断の愛の末に死ぬことになった男女もいるし、これは職業的興味なのだ。

 うそだ。あたしは結構その方面については下品だ。所詮は下賎な田舎者だ。ちくしょう、でもおもしろいんだよね。

 こういう禁断の恋って最後まで燃え盛ってそうなんだけど、だいたいどこかで温度差ができて、さめてるほうは引っ込みがつかなくって仕方なくつきあってしまってたりする。もともと憎からず思ってるから受けれ入れてしまう。じゃあ、本当の執着は、となると相手が邪魔になるので分けて話をしないといけない。このへんは寺男師匠のありがたい教えだ。

 だから、この不貞の記事も口ではそういってるけど本音はどうかな? と田舎の詮索好きのおじさんおばさんモードで読んでいるのだ。ほら、下品でしょう?

 醜聞の記事のほかには、問題の写真がのったような事件、できごと、行事の様子を伝える記事がある。これはどんなことがあったのかわかって、町で噂話を聞いて回るより面倒がなくていい。

 うん、あたしのお金でないなら毎週買っていただいて問題ないな!

 ぽんっと肩を叩かれてびっくりするほど驚いた。のめりこんでいたようである。

「悪い。声をかけても気付かないくらいだったので触れた」

 若様だった。コンラー家の倉庫にいってきたのか、伝票を閉じたのを手に、ペンを耳にはさんでいる。耳のペンはしまうのを忘れたようだ。割合うっかりものである。それで他所の貴族にであったらなんと思われただろう。

 それはともかく、声をかけられて返事もしなかったのは大変まずい。あとで行儀作法の特別授業がやってきそうだ。

「ご無礼いたしました」

 客分扱いになってるが、本来あたしの身分なら若様の気まぐれで何されても文句がいえないのだ。それじゃ母や祖母と一緒なので本当にそうなりそうなら抵抗の術をつくすつもりだが、後の面倒を考えたら絶対そんなことにはならないだろうとたかもくくっている。そうまでして手を出したいほどの傾城の美女ってわけじゃないし。

「いやまぁ、そこでクリニアがにやにやわらって見ているし、そんなにそれ面白いかね」

「いながらにしていろいろ知る事ができるのはとても新鮮でございますよ」

「そうか。そうなんだな」

 なぜか若様の感想は薄い。奥様のはまり具合とはこれまたとんでもなく温度差がある。

「若様はお読みになりましたか? 」

「うん、書き手はかなり教養があるな、と感心したよ。醜聞記事にさえ詩文の才を感じる」

 そこなのか。それが貴族なのか。いや、奥様も貴族じゃないか。醜聞は対岸の火事だからおもしろいので、身近におきるのは勘弁してほしい。

 いや、これは妄想が暴走しているな。影響されすぎだ。このお二人はだいぶタイプが違うのになぜかとても仲がいい。少なくとも、どこか相手を軽んじるようなそんな気配はない。

「ところで、何か御用でしょうか」

 声をかけられ、肩をたたいてまで伝えたいことがあったはずだ。やっとそこに気付いた。

「ああ、すまないが明日は我々と一緒にとある園遊会に出席してほしい」

「ご遠慮もうしあげます」

 そりゃもう嫌な予感以外なにを感じろというのか。何がどうなったかわからないが面倒しかありえないじゃないか。まして、また着飾って、今度は油断ならない貴族社会に出ろってそれは。

「明日のって、廃地公の落成記念園遊会? こじんまりやりたいとかいって、コンラー家は招待状ももらってませんよ」

 奥様もびっくりしている。

「うん、うちは姻戚ということでホンラー家の義兄上がうちの分のお祝いももって出てくれることになってたよね。その義兄上が急の軍務で出席できなくなったから、かわりに出てくれといわれた」

「だからって、ハマユウを連れて行くのはなぜです」

「廃地公は庶子とはいえ彼女の祖父だ、なのでこっそりご指名があった。招待状も義兄上からもらったよ」

 げ。

「行く必要はないが、あちらは園遊会でさりげなくあいたいといっておられるそうだ。召還の使者などたてたくはないらしい」

 来なきゃ関係を明白にして呼び出すぞ、ということかい。

「この招待状は君の通り名にたいして出されている。召喚状になると、僕も知らない君の本名あてに書状が届くことになるだろう。そうなると、尊属権限であちらにしたがうしかなくなるよ」

「わかりました」

 正式な名前で呼び出すということは、庶子、庶孫として家の外にも公認するということで、もちろん家のために何かしなければならなくなり、同時に代替わりの際にわずかだが財産の分与を受ける権利を得る。だいたいは有力な家臣との関係強化のための嫁入りとかだそうだ。母からそう聞いていた。

 あっちは貴族社会にながく巣くった妖怪だ。いろいろ覚悟を決めなければならないかもしれない。

 でも、どうしてわかった。

 あたしは自分の手にもっているものに気付いた。

「まさか」

 父は小さいときとはいえあたしの顔を見ている。覚えているとは思えないが。だが、祖父は知らないはずだ。

「記者が君のことも確かめたそうだ。貴族なら名前をのせる、庶民ならそうはしない。庶子でも召還され公認されているかどうかで扱いがかわる」

 どうやって調べたのだろう。

「わからないが、確かめるときにあちらにも情報が伝わったのだろうね」

 非公認の庶子、つまり家で管理している記録にはのっている名前と。

 やっぱり貴族社会はこわい。

 翌日、あたしはふたたびぐるぐるぺたぺたされて馬子にも衣装のご令嬢に扮することになった。

 園遊会は参加者みんなの宮仕えが終わる午後なので、やはり午後に設定されている。時間は二~三時間だそうだ。十人ほどの一族に諸家の代表を加えて参加者は三、四十人、お祝いの品を届け、改装なった館と自慢の庭に遊び、引き出物をもって帰る。一族には引き出物はないがそのあとの内々の晩餐会で親睦を深めるらしい。

 こういう段取りはあらかじめ伝えられており、それを尊重するのが客の礼儀だそうだ。出席者の変更があったにも関わらず、きちんとそのへんは伝えられたらしい。

 コンラー家に加えてホンラー家と分家分のお祝いの品を積み込んだ馬車をしたがえ、若様は目録懐に屋敷の馬車に乗り込んだ。見送る執事の顔はつかれきっている。

「ちょっといいかな」

 彼とは帝都までの旅でいろいろさりげなく世話になった。このへんで少しお礼をしておこう。

 手持ちの薬種からひとつまみ選んでふりかける。びっくりする彼の額に指をおいて薬効のいくつかを強めるよう魔力を送り込んだ。

「ありがとうございます」

 気分がすっきりしたはずだ。彼は微笑んでお辞儀をした。

 見送りが終わったら、どこかで五分ばかり眠るよう勧める。それで一日の残りはのりきれるはずだ。

 急な手配でまとめる立場の彼がとても大変だったのは間違いない。


 祖父の館は、コンラー屋敷の軽く三倍は大きかった。こちらも館の総出で来客の来訪を執事が受付、目録を受け取って客たちは園遊会へ、祝いの品を積んだ馬車は目録を受けとった使用人とともに裏のほうに移動する。これを次々こなしていく。

 あたしたちの番がきたとき、執事がじっと見ていた気がした。そりゃそうだ。なんでこんなのがついてきてるんだ。自分が一番そう思う。

 園遊会では若い女性は話しかけられることが多いらしく、奥様よりそういう場合のあたりさわりのない受け答えを教えられたばかりか、練習までさせられていた。ここまでの馬車の中でもおさらいをした。おかげであんまりこわくない。

 いや、やっぱりこわい。ここにいる人たちは、故郷では雲の上の存在だった父より格上の人たちなのだ。

「それを言ったらうちも零細貴族だぞ」

 若様はそういってはげましてくれたが、帝国の二番目とよく話す人と一緒にしないでほしい。

 テーブルから自由にとってよい飲み物と軽い食べ物はどれもおいしかった。あたしは奥様と一緒にいることになっていたので、そりゃもう軽快にさりげなくあいさつをかわしながら、あれおいしそう、これはどうかなと主に食い気で動いているのに必死にくいついていくだけで、儀礼的に挨拶した人など一人も覚えられなかった。

 そうそう、庭はとても奇麗だった。初めて顔を見る祖父は想像とちがって、少しまるっこい顔のいかにも好々爺な人だった。常に何人もの人を周囲にしたがえ、求められれば説明し、ほめられればとてもおだやかな笑顔で謝辞をのべる。帝国中央部に大規模な開墾領地を持ち、領民、財力ともに帝国でも指折りの大貴族だ。母の話では結構好色で、祖母に産ませた庶子が母を含めて三人、愛人は他にもいたというから孫世代になると結構な数になるんではなかろうか。

「ホンラーのクリニア嬢、いやいまはコンラーの奥方であったな。とても落ち着きが出てみちがえましたぞ」

 奥様が祖父につかまった。

「今日はお招きありがとうございます。ところで、わたくし、昔からこれくらい落ち着いておりましてよ」

「ははあ、それは失礼しましたな。それで、ご一緒なのは例のお嬢さんかな」

 うわあ、矛先がきた。とりあえず習った通りのお辞儀をする。

「ハマユウともうします。拝謁、恐悦至極でございます」

「そなたの伯父にはもうおうたであろう。執事をやっておる」

 母の兄弟は一番下が幼くして死に、伯父はどこかの奉公人になっていると聞いていたし、会うこともないと思っていたのだがまさか父親の執事とは。

 あの視線の意味がやっとわかった。あたしを初めてあう姪と知っていたんだ。

「ところで、このあと親族だけで会食だ、そなたもどうか」

 いやいやいやいや、冗談でもそれは勘弁してください。

 いや、いまいうべきはそうではないだろう。

「それは、お召しになるということでしょうか」

 そうそう、そう言わなきゃならないんだよね。逆らうことは許されない。それに、優先順位をわすれてないか、という意味も含める。祖父より父のほうが権限が強い。

「のぞむならそうしよう。そなたの父と話はついておるぞ」

 外堀うまってた。

「身に余る光栄でございますが、許されるならばお世話になったコンラー領のためにいましばらく力をつくしたくぞんじます」

 あとで行儀作法の先生にこのへんのやり取りを知られて、卒倒しそうな顔とたくさん追加レッスンを受けさせられたのだから、きっとやらかしてたのだろう。

 祖父は目を丸くすると、すぐに破顔した。

「そうかそうか。それではまたの機会にな」

 そして次の客に声をかけにいってしまった。

 奥様がそっと肘をつかんでくれた。

「倒れそうな顔よ」

「緊張しました」

 膝がやばい。

「あのすみっこの椅子にすわりましょう」

 立食式なので椅子はないのだが、さりげなく休めるようにめだたないすみにいくつかならべてある。ありがたく座らせてもらった。

 飲み物をとってくると、奥様が離れたのをまっていたのか、一人あたしの横あたりにすっとやってきた。

「身内として挨拶させてくれ」

 執事だった。

「はじめまして、伯父御。座ったままでごめん」

 遠慮はいらんわな。素で挨拶すると、伯父はびっくりしたようであるが、業務中では絶対見せないだろうと思われる笑みを浮かべた。あたたかい笑みだと思った。

「初めまして、わが姪よ。お主、お館様によくぞいったものだ。わしは逆らえなんだぞ」

「田舎娘だから礼儀をしらないの」

「妹、おぬしの母もそうであったらよかったのにな」

 母は確か帝都育ちだ。祖母の実家は聞いていないが、大貴族の屋敷に奉公にあがれるくらいの家であったはずだ。庶子とはいえ、伯父、母はきちんとしつけされていただろう。あたしはこんなんだ。不肖の孫でごめんなばあちゃん。

「気に入った。何かあったらかなうなら力になろう」

 伯父は奥様が戻ってくる前に、あたしに名刺をわたしてすっと消えた。

 いや、本当に消えるように居なくなった。執事はそういうことできないといけないのか。コンラー屋敷の彼、大変だな。

 後で解説をいただいたところによると、あれはつまり自分から申し出た形にしての引き抜きだったということだ。そのままではお荷物でとっとと嫁にいけ状態の女なら呼び出して召使う分には誰も文句をいわないが、いろいろ仕事をやってるあたしにそれをやると、あたりさわりが多すぎて祖父の面子にかんばしい影響をあたえない。友好的な顔をして足下すくってやろうって相手にはことかかないだろう。隙は見せたくないというわけだ。

 実況は奥様、解説は若様だった。伯父もそういう形で他家に仕えていたのを引き抜かれたんだと知ったはさらに少し後であったけれど。

 そのかわり、伯父は秘匿されていた名前を公のものとし、あのあとの会食も末席に連なる事がゆるされる立場だった。

 あれであきらめてくれればいいけど、たぶんそうはいかないだろう。

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