第13話 死刑囚の穴
ぐっすり眠って治療院に出仕した翌日、寺男師匠が大けがをしたと知った。
休憩時間になったので、みまいにいくと師匠はあちこちぐるぐるまきにされてそれでも元気そうだった。
「おお、あんたか。すまんが明日は一人で幽霊たちの話し相手をてやってくれ」
「悪霊にやられた、ってわけじゃなさそうですね。どうしました。辻強盗を怒らせたんですか、それとも階段から落ちたんですか」
ベッドサイドに下げている注意書きをざっとみると、とりあえず骨折二カ所と打撲数カ所で命に別状はないとい。安心した。口も少し軽くなるというものだ。
「もう少しケガ人をいたわってくれや」
「それで、なにがあったんです」
「普通の悪霊だと思ってたら、魔物になってたんだ。実体化していたし、憑依はもうできないがそのかわりなかなかの腕力でね、おまけに元々は人間だからもので殴ってくるんだよ」
魔物ということは魔核ができたのだろう。おなじ魔核もちの幽霊でも、カル様とは大分違うな。
「実体化というのはよくあることですか」
「そのへんの生きものに取り憑いて肉体を奪う、というところか。だいたい小動物で、せいぜい犬とかだな」
「でも道具でなぐられたんですよね」
「聞きたいか」
師匠の声には強い警告があった。聞いたら後悔するぞという意味だ。
なんとなく嫌な予感がしたので首をふっておく。
「迷い込んだ子供をのっとったとかそんなのききたくないです」
「よくわかったな」
ぎゃあ。あたしはアホだ。
「ただ、俺と対峙したときには顔だけ子供で、そこらの小動物とか死体食ってかなりでかくなっていた。顔の下にでっかい口ができていたよ。そのせいか、悪霊と思い込んで危うく食われるところだった」
「よく無事でしたね」
「油の瓶を口に放り込んで着火してやった。かなりの痛手になったみたいだ。追ってこなかった」
ランタン用の油だな。師匠と悪霊退治にいったとき荷物の一つとして持たされた。小瓶で量はそんなに多くはなかったが、じっくりしぶとく燃える油なので長々燃え続けただろう。
「命があってよかったですね」
つとめて明るくいうと、ひたいをかるく小突かれた。
「人ごとじゃないぞ、そういう危険なこともあるということだ。滅多にないぶんあぶない」
善良な幽霊のふりた悪霊とか、師匠もこれまで一度くらいしかあったことないというたちの悪い相手のことも教えられた。
寺男師匠に怪我をさせた魔物は、その後賞金かせぎによってしとめられたという。
人間の幽霊が魔核を発生させ、人間の子供に取り憑いていたのだから魔族同様狙われるわけだ。
屋敷にもどり、夕食の席で話をすると、若様がむずかしい顔になった。
「やはり最近、多いな。みんな、なんであれおかしいと思ったら近づかないように」
「僕も学校で気になる話を聞いたのだけど」
いいかな? と狼星が見回す。
「いいわよ」
なぜか許可は奥様から出た。
「少し前から、うちの生徒が一人行方不明になってる。噂では、死刑囚の穴にいったらしい」
死刑囚の穴とは、帝都の郊外の荒れ地にほられた大きな穴で、処刑された人や、疫病で死んだ人の遺体を投げ込む場所らしい。不衛生なので、時折まとめて燃やしているそうだ。幽霊の多そうなところだ。が、寺男師匠に連れて行ってもらったことはない。
「その子はなんでそんなところに? 」
不吉な場所だ。怖い話ならいくらでもありそうだ。
「そいつ、魔力が弱めなのを気にしていたらしい。死刑囚の穴にいけば、代価は必要だけど強い魔力が身に付くって噂があるんだ」
それってつまり、魔族になるってことじゃない?
若様の意見を聞きたくってその顔を見ると、彼はうなずいた。
「狼星、その噂についてくわしく教えてくれないか」
よしきたっとばかりに彼はメモを取り出した。準備してたらしい。
話をまとめるとこうだ。噂はわりあい最近でてきた。学校の生徒の誰かが、あそこで魔力の向上した人を見かけたという。代価が必要とかそういう話は最初はなく、誰かのつけた尾ひれらしい。
で、実際試したのはおらず、いても失踪した生徒くらいらしい。
「わかってると思うが、試すなよ」
若様は釘をさした。
「うん、いやはい。御師様の教えを続けるだけです」
狼星も若様も、魔核のない形での魔力向上トレーニングをやってるらしい。
技術が身に付いていれば、そちらのほうが長く効果的に魔法を使えるそうだ。そのかわり瞬発力だけ考えれば魔核がすぐれているらしい。
「君もちかづいてはいけない。いいね」
釘はあたしにもささった。もちろん、いきませんよ。
結果から言えばそうはいかなかった。翌日、幽霊たちとぼそぼそ話をしているところに兵士二人をつれたきっつい目つきの女が踏み込んできて、宰相の命令をたてにあたしを拉致してくれたのだ。
女は近衛隊の鎮魂師、四代目タイマと名乗った。確かに飾りの多い軍服をきているし、短剣だが剣をつっている。そしていきなりその場にいた幽霊たちに寺男師匠のとよくにた長楊枝を向けたのであわてて止めることになった。
「まあ、いいわ。あなた、一緒にきなさい。鎮魂術使えることは知ってるよ」
高圧的な態度はさすがにちょっと頭にきた。
「いきなりやってきて何を言いだすんです」
ぺらっと命令書が目の前にぶらさげられた。
なになに、死刑囚の穴の悪霊、魔物を完全に駆除するため、タイマ大尉に鎮魂師の徴発権限を作戦当日にかぎり与える、ですと。
「あたし、コンラー伯家に属する者ですが、伯の意向も確かめずにお連れになれるんですか」
「伯ももちろん賛成にきまっている」
「伯のお言葉で、あたしは死刑囚の穴に近づくことは禁じられていますが」
「いいからこい」
兵士ふたりがあたりの両脇につく。魔力で手ぇつっこんで奥歯ずきずきいわしたろうかと思ったが、あたしの父親でも通りそうな年齢の二人の兵士がとても申し訳なさそうにしていたのでとてもできることではなかった。
この、近衛の鎮魂師のおばさんは鎮魂術しか使わないらしい。仕事は宮殿に侵入する幽霊の殲滅。
無断ではいればおおむね死刑となる厳しい罰則があるのは侵入者の生死は関係ないらしい。
それにしてもなんでもかんでも力づくで滅ぼしてしまうってどうなんだろう。
連れて行かれるとき、チャトラがあたしの肩にぴょんと飛び乗った。兵士たちが追い払おうとするのをこの絵鎮魂師のおばさんがとめた。
「その子の使い魔よ。連れて行きましょう」
一目で見抜くとはさすがだな。
チャトラはなにもいわなかった。でも首にまきつくようにするのは久しぶりだった。
死刑囚の穴はものものしい雰囲気だった。臨時に炎をはなったらしい。煙があがっている。嫌な臭いがただよっていて気分が悪い。
「ひでえにおいだね」
チャトラが顔をしかめる。穴のまわりには薄く防壁をはった鎮魂師と思われる男や女が三人ほどたたずみ、近衛兵らしい華美な軍曹の兵士たちが二十人ほど槍や弓を手に遠巻きにみていた。鎮魂師たちのみなりはいろいろで、上等の衣服の役人っぽい初老の男、娼婦のようなだらしない身なりの髪振り乱した若い女、そして全身すっぽりと覆った男女不明の小柄な人物。
「あれが徴発した鎮魂師たち? 」
「そうよ、あんたもあそこにたって、幽霊がでてきたら逃がさないように鎮魂してね」
「あたしは招魂師ですよ? 」
「そのことは今日は忘れなさい」
「招魂できるものは鎮魂しません。ここは絶対ゆずれないわ」
「あんた、宰相様の命令にさからうの? 」
「あれには悪霊とかいてありましたよね、招魂できない悪霊ならやむなく鎮魂します」
「うるさい。いいから言われた通りにするの」
これは話を聞かないひとだな。気のすすまない様子の兵士二人に連れられて、指定の位置にたたされた。先にきていた三人はちらっとあたしのほうをうかがって、会釈したりにこっと笑ったり無視したりした。
夕方までその状態で見張っていたが、幽霊一つ、悪霊一つ迷い出てきただけでおわった。
あの中であたしが一番魔力がおおきかったらしい。悪霊は飢えた叫び声をあげてあたしのほうに突進してきた。楊枝を構えたのを見て隙をさがしてか包み込むように広がろうとした。
肩のチャトラがひょいと前足で空中をはたくしぐさをした。悪霊の動きが一瞬とまる。
今のは魔力の塊をぶつけた攻撃だ。幽霊には効果がある。チャトラ、どこでそんな術覚えた?
一瞬動きがとまった悪霊の悪夢的な魔力の塊を、前に入手した魔力をゆらす手袋でゆさぶってみる。これは近づけるだけでできることは確かめてある。この悪霊は鎮魂術のことを知っているからそのままつきさしても対して効果はないだろうが、守りを崩してこここで突込めば。
薄く広がっていた悪霊は核というべき塊を残して飛び散った。
さらに残った部分を狐草師匠に教わった通りに包み込み、おもいきり魔力をつっこんでやると、あとには何も残らなかった。いや、違う。赤い大きめの結晶がごとんと。
魔核だ。こいつ、魔物になりかけてたのか。
「それ、ひろっといて」
役人っぽい鎮魂師がそう進言した。
「ほっとくと、生死関係なく変なのがくるから」
さわるのはちょっとこわかったが、つまんでポーチにいれる。
「それはあんたのものにしていいわ」
近衛鎮魂師様のありがたいお言葉。え、もらっちゃっていいの?
他の三人がさりげなくあたしのほうを見ている。目立っちゃったかな。
そう思っていたら、今度は普通の幽霊が出てきた。生前の姿をとどめている。やつれた女の幽霊だ。気味の悪い斑紋があちこちにでているが、この症例は知っている。北方にいる寄生虫だ。気の毒に、疫病と思われてここに棄てられたのだろう。もしかしたら生きたまま。
幽霊は娼婦のような人のほうにふらふらただよっていって、彼女と一言二言かわしたかと思うとそのまま後ろに抜けていった。
その体を矢が貫いていった。ばちっと爆ぜたかと思うと幽霊は魔力の破片となって飛び散り、消えていくところだった。
「何逃がしてんのよ。おかげ破魔矢一本使っちゃったじゃない。小さいけど魔核使ってるんだから高いのよ」
近衛鎮魂師様が弓を手にお怒りだ。
「あたいは招魂師だよ。そこのお嬢さんと同じね」
娼婦ぽい人は言い返した。
「くだらない。自己満足の招魂術なんか忘れてしまいなさい」
二人はそこでしばらくぎゃあぎゃあいいあっていたが。段々に疲れてどうでもよくなったらしく、自然におさまっていった。
その日は拍子抜けしたことにそれだけだった。誰かを魔族にする何かもなければ、やっかいな魔物もいなかった。
「ところで、あの猫ぱんち、どこで覚えたの? 」
帰り道、肩のチャトラにきくと、シナズさんにいろいろ教わった一つなのだという。
おだやかに微笑むあの人が戦ってる姿はみたくないな、と思った。きっと修羅そのもので、本人もあまり見られたくないと思ってると思う。
戻って、まだ若様はもどっていなかったので奥様に報告するとどうやら知ってる人物だったらしく、かなり毒のある呼び方が飛び出してきた。
「今度は聞く耳もたなくていいよ」
今度があれば、だが。
それはともかく、死刑囚の穴に、魔族を生み出すものが見当たらなかった件については二人して首ををひねるしかなかった。
若様はあたしに何があったのかきいて大変お怒りになって、すぐに宰相様に抗議に出かけて行った。近衛鎮魂師様はお説教と一ヶ月の減給処分を受けたらしい、クビにも謹慎にもならなかったのは宮廷を守る鎮魂師がほかにいないかららしい。
持って帰ってきてしまった魔核はエリ様に預けた。換金すれば大金になってもてあますし、手元においておいても不安なだけなので、必要なら使ってくださいで押し付けちゃったのだ。使った場合、代金は分割でください、と言ってある。さあ、遠慮なくお使いください。でもってあたしはしばらく安定収入です。
ところがエリ様は妙なことをきいてきた。兄弟と姉妹、もしいるとすればどちらがいいか。
「え、男の子なんかまっぴらですよ」
どれだけ悪ガキになやまされたか。答えてしまってから少し嫌な予感がした。
「あの、エリ様、何を作るおつもりで? 」
「そりゃあ、君、ロマンだよ。ロマン」
それ以上答えてくれなかったが、とにかくいやな予感しかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます