第8話 帝都での仕事
お屋敷は貴族の屋敷の連なる一角の一番すみだった。あんまりいい場所ではないが、コンラー家は長く途絶えていた再建貴族なので他にまだいくつかある廃屋の一番ましなのを買い取って直すしかなかったという事情がある。領地のお屋敷より広い。
部屋は離れに用意されたし、専属の女中もついた。親と言っていい年齢のベテランで、身の上を聞くと一代貴族の近衛軍将校の未亡人だとか。役割はつまりあたしのお母さんがわり。礼儀作法を仕込んだり、言葉遣いを直されたり。
「村の治療師だろうとなんだろうと、帝都で貴族もいる治療院に出仕する以上それなりのふるまいを身につけていただきますよ」
助けて。
帝国治療院初出仕の日、さすがに右も左もわからんものをそこらに放り出して働けというわけにはいかないので、最初の日は見学ということになった。とても立派で重厚な建物の貴族棟と厨房などで軽症の患者も働く裏の庶民、職員棟がある。庶民棟は経験の浅い治療師が先輩の指導を受けながら腕を磨き、技術を学ぶ研修施設の面もあり、そうでもなければ貧しい庶民が帝都最高の治療の恩恵を受けることなどできるわけがなかった。難病や奇病の患者はただで加療してもらえるが失敗しても恨まない。それはどちらにとっても損のない話なのだろう。貴族棟は身分の制限はない。十分な金があれば入院できる。軍人、官僚も国の補助をうけて加療してもらえるそうだ。
あたしが働くのは貴族棟だ。庶民棟は正規の職員のためのものである。
「手がたりてないのは妊娠、不妊を含む婦人科、小児科、それと外来診察だ。最後のは患者をどこの科にあてるかの判断と申し送りをする難しくて大事な仕事だからいきなり任せられない」
案内してくれた人事担当の足の悪い中年治療師はそういった。田舎では治療師は魔力はあっても生活手段の少ない女の仕事だったが、ここでは専門とする男性の治療師も多い。手足を切り落とさなければならないなど、力のいる外科処置はそのほうがいいだろう。故郷の村なら男の治療師など冷やかしの対象になっただろうけど、ここの人たちは堂々としている。最先端の高度な治療行為を担っているという誇りがありらしい。
手のたりないところは本当にそれだけなのかわからない。なんとなく小娘だからそのへんでいいだろうと思われたのかも知れない。
「村では何でもやってましたし、どこでもいいですよ」
「では、まず腕前も見せてもらおうか」
ここで庶民棟に移動。行列になっている外来患者を一部まかされた。この仕事はここで勤務することを志望する者が受け持つのだそうだ。使っていい道具、薬は用意されていて、所見と処方は記録しなければいけない。記録はコンラーでやっていたので、何を書けばいいのか教わればどうということはなかった。
このとき診たのは六人、風邪、はしか、足の骨折、妊娠中毒、不摂生による臓器の破損、更年期障害。体をこわすほど飲食できる人は村にはいなかったので臓器に支障のある人だけは診たことがなかった。ネイ師匠におそわったはったりと狐草師匠にならった薬の有効成分の知識と、竜司様に教わった魔力の制御をエリ様の整えてくれた魔核の魔力で診断、処方をなんとかこなした。
もちろん万全とはいえない。ぜいたくする金があるのに体をこわしたらここにくる吝嗇以外は栄養が足りていないし、そこが解消しないとなかなかなおらない。
あたしの診断記録を読んだ人事は難しい顔になった、
「記録のつけかたは簡潔でよい。地元でもやっていたのかね」
「はい、治療師二人で千人以上の住人を診なければなりませんから」
「なるほど、慣れているのか。だが、一番の対策は貧困とかかいてあるのはよけいだ。それは政治や彼ら自身の生活の問題で、我々が語るべきではない。栄養のどれがたりてないせいで、回復に阻害があるということをかいておくだけでいいだろう。それと、この処置は少々古いな」
骨折の記録をひらひらさせる。見慣れない器具のいくつかとその使い方を聞いて、田舎の村では同じものがないから無理だなと思った。
「ところが、この処置の理屈を知ってれば戦場でもできる処置になるんだ」
つまり最新の技術を最適な道具でやっていただけで、田舎の村でも少し手間がふえるだけでできるのだという。
目から鱗だった。国の最先端だけあって、すごくおもしろい。来てよかったと思った。
「しかし、診断には文句のつけようがないな。君、魔力操作かなり鍛えているでしょう」
ほめられた。
「では、小児科を担当してもらいましょう。貴族の甘ったれたわがまま小僧とかがいるので手をやくと思いますから、小児科の科長にコツをおそわってください」
紹介しましょう、と案内された時間は診療時間のおわったあたりで、あたしもそろそろ帰らなければならないころあい。今日は顔見せだけして次回かららしい。
「そうですか、うちにきてくれるのですか」
小児科というから子供を怖がらせないような人物かと思いきや、領主の館の女中頭のような居住まいの初老の女性で、にこりともしないきつい感じだった。患者の子供をなごませる気はないらしい。
「村では子供も診ていたのでしょう? 診察は的確だと人事課長もいっておりますし、そこは信じましょう。処置についてはあたくしがいいというまで相談するように」
はい、わかりました、というしかないではないか。苦手だこの人。
といったが、三日後、実際にはじめてみるといやはや手におえない子供が多い。かさにかかって我が侭を言いだす子供にどうするのかと思ったら、科長はそっとほほにふれるだけなのだ。
それだけで彼らはしゅんとなってしまう。何をしたかはあたしにもわかった。魔力で彼らの体に干渉し、落ち着かせているのだ。どこにどう干渉してるかまではわからない。手におえないときは一度眠らせている。
実はあたしも似たようなことはしている。緊張しすぎているときは少し血行を良くし、興奮がひどい時には少し押さえる。科長はそれを知って、少してほどきしてくれた。
「あなたも年頃です。興奮した殿方に襲われることも二度や三度ではないでしょう。これはそのときにも役に立ちますよ」
あってたまるか。とはいえ、若いころにそんな目にあった経験者の教えはありがたく頂戴する。
「これ、少し応用したら人殺せたりしません? 」
「魔力がかなりいるからそうそうは死にませんよ」
相手も抵抗するので、睡眠中など無抵抗なときとか、相手の魔力を圧倒する魔力がないと殺すまではできないらしい。あたしはかなり魔力があるのらしいので、使うときは慎重に使います。
科長に相談しつつ、というのは実務初日だけでその後はすべてまかされた。診療記録はまめにつけているのだが、それを読んだ科長がいろいろ教えてくれたりする。
おっかないが、悪い人ではなかった。
帝国治療院はこんな感じで、半分は仮病の悪ガキ、ごくまれに深刻な病気を抱えたやっぱり悪ガキを相手にする日々となった。
招魂師の仕事場所は考えればおかしくなかった。寺院と墓所である。村に教会はなかった。領主の代官のいる町にあって、村々の葬儀や祭祀をひきうけていた。
表からはいったのは最初の一回だけで以後は裏から入るように言われたのもしかたはない。招魂師は寺の僧侶ではなく、墓守だった。帝都の墓所は地下墓地で、遺灰をおさめた壺が順番におさめられている。いつか一杯になるのではないかと思ったがその心配はないようだった。
地下墓地の浅いところは確かに少々おどろおどろしいが地下室だったが、その中に『穴』があいていたのだ。主がいるのか、いるのなら誰かは答えてくれなかった。ただ、帝国初期からあるもので、かなりの広さであることに間違いはない。
場所柄幽霊は多く、墓守の招魂師はその慰霊を行っているのだという。四十くらいの男性で、帝都にきてから女性の仕事と思っていたものがまたそうでもなかったと知ってまたびっくりだ。
この人は治療はできない。かわりにもう一つの術が使える。
「それをおまえさんに教えてやってくれということだ。まあ、そいつを使わざるを得ないのが出るまではゆっくり奴らの相談にのってやってくれ」
彼の日課は墓参の人の拝む共同の祠をきれいに掃除し、花や香をたいて雰囲気を作り、そして地下で幽霊たちと対話することだった。
墓参には貴族や皇族もやってくる。そんなときは一般墓参客を閉め出し、いつもより大量の花や普段はしまいこんでいる祭具を準備し、そのほか同席する僧侶と打ち合わせた通りに準備をする。幸い、皇族は年に二回、貴族は合同で年に四回の墓参日を設定してありそれ以外は一般向けである。そこでお参りに来たければお忍びということになるだろう。
貴族墓参日がわりとすぐにあって、あたしも準備は手伝った。そのとき以外は『穴』の一室でどこの誰かはしらない幽霊たちと話をする。
「いちいち感情を動かすな。彼らが欲しいのは同情じゃない。彼ら自身も気付いてないことが多い本当の執着が何か知ることだ」
何人も成仏に成功させているあたしは、最初この言葉に反発した。だけどこの寺男師匠は一日に一人以上、確実に成仏させている。あたしもだいぶ手慣れてきたとはいえ二日はかかるのに。
数回観察してると、寺男師匠は質問のしかたをいくつもパターンとしてもっているようだ。あたしがノートをとっているのに気付いた彼は照れくさそうであったが、やめろとは言われなかった。聞き取ったものを応用できる相手が出てきた時にはその効果にびっくりしたものだ。ただ、あたしなりの意地というか工夫で曲げなかったところもあったせいか、あたしの魔核はまた少し成長したが。
いや、これがあまりに大きくなっても正気の危機だ。あたしの招魂はだんだん寺男師匠のものに似たものになってきた。
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