第7話 帝都への旅

 そしてあたしと狼星はそれまできたことのないよそ行きを着せられて馬車の座席の人となった。

 同乗するのは護衛の誰かかと思ったのだけど、あたしと同じくらいの女の子だった。コンラー領の村長の一人が父親で、帝都には行儀見習いとして女中奉公で向かうのだという。

 この娘も何度か診療した。冷え性で便秘がちで、生理がかなり重い。奉公にでて大丈夫か。

 彼女もそういうことは知られているので、ちょっと居心地悪そうだ。あたしより美人なんだが、なぜか狼星少年は興味を示さない。知らない仲じゃないので普通にコニイ姉ちゃんなどとよんでる。また姉ちゃんか。

「御館様から課題をもらってて、人前では二人とも様付けでよばないといけないから、笑わないでね」

「そうか、貴族社会って面倒くさいよね」

「エリ様が気さくすぎるんだと思う」

 母から父や祖父のことは少し聞いている。正直、近づきたくない人たちだ。治療師としてはそれほどではなかったし、ケチだし、ちょっとずるいけれど、引き取ってくれたネイ師匠には感謝しかない。もちろんあの人も魔力がわりとあるあたしを弟子にとってこきつかえば楽になるとか計算はあったが、そんな巡り合わせでもありがたい。

 あれ、帝都いったら祖父や父に出会ってしまうってことはないか。いや、社交界に近づかなければ大丈夫だ。うん、きっとそうだ。

 あたしの正式な名前には祖父の家の傍系、父の家の分家とわかる名字がならんでいる。この名前は許されたときにしか名乗ることができない。許すのは私に無関心な父と祖父だ。そうでないかぎり名字なしなのだが、名前のほうも正式なほうは下級貴族くらいによくある名前で長ったらしいので呼び名を決めてもらって好きによんでもらっている。

 ネイ師匠はカラスと呼んでいたし、狐草師匠はそれはちょっとかわいそうだからとハマユウという名前をくれた。

 帝都でもその名前で通すつもりだ。父はあたしがカラスと呼ばれていたことは知っているかもしれないが、そのあとどう名乗りを変えたかまでは知らないだろう。

 馬車は東に走り、帝国南岸では最大の軍港を要するナントの町に向かった。黒ずんだ石の城壁はとても古びていて歴史を感じる。おおきな港はコンラー領とはくらべものにならないし、修理のためひきあげられているものを含めて軍艦は十隻少しいる。他に数えきれないほどの大小の船。港は常に多勢が荷下ろししたり積み込んだり、忙しくしている。

 今でこそいかにも貴族然としている若様はやんちゃだったらしい。漁師の見習いのふりをしてこの町の朝市にまぎれこみ、穫れたての海戦を料理したものをばくばく食べたり、本当に沖合に網をうちにいったりもしたらしい。

 そんな少年のころの冒険譚をなつかしそうに宿の会食のテーブルでするが、この人の年齢を考えると帝都に赴任する少し前でしかないはずだ。

「この人ったら帝都でも同じことをやってたんですよ。休みをもらった商家の下働きのふりをして買い食いしたり、いかがわしいところに出入りしたり」

 そういう夫人はなんでそれをしっているのか。

 追求するとにやにや笑って答えてくれない。この人もあんまり貴婦人めいていない。

「まあ、いいじゃないか。僕のはずかしい話はこれくらいでいいだろう」

「もしかして、そういう縁でご結婚を? 」

 自分に矛先がむいてもかなわない。あたしはさらに追求してみた。

「いや、親同士の話し合いできまったんだよ」

「そうそう、責任を取らせ、秘密を守らせるといっておばあさまが」

「おい、口がすべりすぎだ」

 本当、なにがあったんだろう。

「帝都についたら猫をかぶってお澄まし奥様になるんだからいいじゃない。それにこの子たちもわたしたちが本当はどんなだかを早めに知っておいたほうがいいでしょう。お小言に遠慮がなくなるにしてもよ」

 若奥様、さばさばしすぎです。

「でもたまには羽根をのばしたいからつきあってね。お買い物したり、おいしいものを食べましょう」

 あたしと狼星は家臣というより客分らしい。屋敷の秩序上、コニイはそういう相手にはむかないということだ。

「あ、でもしばらくは休みなしです。三日に一度が当面三つあるもので」

「あら、帝国治療院と墓所とあとはなに? 」

 それを答えるにはあの秘密を話す必要がある。それは言えない約束だ。

 だまっていると若奥様が急にころころ笑い出した。

「あなたのお師匠様を見てわかったわ。『穴』を使って手伝いに戻るのでしょう? 」

 あたしは思わず若様の顔を見た。だってもらすとすれば他にいない。

「いや、僕じゃない」

 若様は首をふった、

「竜司様が『穴』主であることはおばあさまからきいて知ってるの。でも、私にあれを使うことを許してもいいかどうかは慎重に判断してね。私が旦那様をどれだけ愛していても、裏切りを働かせるように追い込むことができるのが貴族の世界よ」

 怖い世界だ。

 海辺の心地よい潮風を胸いっぱいにすって心地よく眠った翌朝、いよいよ内陸へ出発となった。

 コンラー領のある南岸沿岸は牧草地が多く、少し内陸にはいならなければ牧場だらけだったが、内陸にむかうと広く広く畑がひろがっている、ところどころ、壊れた砦や真新しい砦、遠目に領主の城が建っているのが見える。街道はよく整備されていて馬車は快適に走った。

 壊れた砦が笛、焼け落ちた館もだんだん数を増えて行ったのが北行三日目のことだった。畑も放棄されやものがところどころ見えてきたかと思うと、もうそればかりの地域にさしかかった。

 戦争の傷跡だった。若様が産まれるよりも前のことだというのに、このあたりは復興していない。

「聖教連合側はもっとひどい。あまりの被害に戦争をやめたくらいだ」

 汚された地にははいるだけで死にいたるという。その戦争で何がつかわれたのだろう。

「父上が調査したところ、銃の勇者の世界にあったもっともいまわしい兵器がもちこまれたのだそうだ。猛烈な瘴気と、疫病と、熱すぎて焼かれたこともわからない炎と聞いている。聖教連合の軍は壊滅し、両国の少なくない土地がしばらく人の住めない状態になった。

 その後聖教連合と組んで攻め込んでいたカイエン王国軍を国境に押し戻し、政略結婚をはさんだ講和を行って平和にいたっている。

 そんな土地なのだろう、多数の幽霊が廃墟をさまよっているのが見えた。あの数を癒すにはさすがに一生ささげる覚悟が必要だろう。中には融合して恐ろしげな怪物になっているものもいる。あれに魔核が生じたら実体化して恐ろしい魔物になるのではなかろうか。

「君はまだ近づいてはいけない」

 ならそんなところを通るなよ、と文句をいいそうになった。察したか若様はこわい思いをさせてすまないと言った。

「だが、見せてくれと狐草姉さんから頼まれた」

 招魂師なら、最悪を見て恐ろしさを学んでおけということらしい。正直、ネイ師匠みたいな田舎でつつましく暮らす治療師でいたかったなぁと思う。だが、それができないと母の幽霊にはわかっていたのだろう。でなければあの時に成仏するわけがない。

 街道は西にむかった。廃墟も幽霊もどんどん減って行く。古く奇麗な町がおおくなってあたしはほっとした気持ちになれた。

 南岸からは大分はなれていろいろかわってきた。街道は海とみまごう大河のほとりを走っている。この大河は北の草原と南の田園を区切る自然国境となっていて、海のものとは違う帝国の河川軍艦が警備している。昔は草原の民が渡河して略奪にくることも多かったそうだ。今は両岸に交易の町があって、馬と穀物を中心に取引しているそうだ。

 そしてこの大河は帝都をかすめ、河川交易で栄えた国にあった現在のカイエン王都を通り、最後に魔の森の北、大陸西のふかくきれこんだ湾に注いでいる。この海は魔物がおおすぎて交易には使えないそうだ。

 歴史のある小さな都市をいくつか通過し、宿泊したところでは地元の見慣れない食材の見慣れない料理におっかなびっくり、それでもほぼおいしくいただきながらようやく帝都についた。

 途中、幽霊がらみの遭遇がなかったわけではないが、あたしの魔核が少し成長したくらいで特に大きなことはなかった。気付いてくれたことだけでうれしくって成仏した手のかからない幽霊がいたことが一番のびっくりだ。

「恨み言も数百年いってるとなんだかどうでもよくなって、寂しい気持ちだけがだんだん強くなって、本当は寂しかったんだなって気付いて。ありがとう」

 言っておくがあたしは彼に気付いただけだ。

 それより帝都だ。貴族らしく正面の門から突入、首がいたくなるほど高い、立派な門だ。王国との戦争で大砲をうちこまれたあとというのがいくつもついていたが微動だにしなかったんだろうなとわかる程度のかすり傷。そんな古強者の風情のある門を抜けると華やかで新しい町並みが広い中央通りをはさんで遠い宮殿に延々と広がっていた。

 田舎者まるだしでぼーっとして当然じゃないか。悪いことにそのときには若様ご夫妻と一緒の馬車でコニイは執事見習いと一緒の馬車でいろいろ心得を教えられていた。

 その後ときどきそのときの阿呆みたいな顔のことでひやかされることになったが、絶対若様も最初は同じだったに違いない。

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