第6話 『穴』

 あたしはいつのまにか十六になった。師匠の長男、あたしのまわりをちょろちょろしている狼星は正式に竜司様の弟子になったらしい。その命令でもうすぐ帝都にいくことになるそうだ。あちらのコンラー家の屋敷で、行儀見習いをしながら次の領主であるエイジ様と関係を深め、そしてここでは学べないことを学んで家つき魔法使いとしての基礎を固めよとのことらしい。

 なんでも帝都には学校というものがあって、読み書きを初めとして帝国官僚や商人、工房で複雑な道具を用いるための基本的な勉強を教え込むのだという。学校の種類はいくつかあって、狼星がいれられるのは魔術師の素養のある子のいれられる学校。魔法であらためて学ぶことはないと思うが、法で禁じられている行為や必要なものの合法的な入手方法、それに基礎教養を正しく学ぶにはよい場所だ。

「なにいってんの。あんたもいくのよ」

 人ごとだと思って寂しがる彼をからかっていたら師匠にそう言われた。

「え、でもあたし野良の治療師ですよ」

 帝都なんてそんなとこ、行ってみたいけど今更学校とか。

「あんたはうちの家つき治療師としてあっちの屋敷につめつつ、帝国治療院で三日に一日働くことになったのよ。あと、三日に一日、招魂師の仕事もあるわ。ほんとは私が呼ばれたのだけど無理だし、優秀な弟子を送ることにしたの」

 相談もなしに決めないでほしい。とはいえ、師匠はまた妊娠していた。おさかんなことだ。

「でも、師匠がそれだとこっちで治療する人がいないでしょ」

「三日に一日、こっちに戻ってきて」

 すごいむちゃくちゃをいわれた気がする。いくら田舎者のあたしでも、帝都が乗り合い馬車で十日かけていくくらい遠い事は知っているぞ。

「誓約の魔法をたててもらうことになるけど、手だてはあるの」

 魔族の話で驚いているのだ、もう何がきてもどんとこいだ。

 たぶん、あたしはやけになってたんだろうな。

 誓いをやぶれば言葉を失う重い誓いをもとめられて案内されたのは、使われてない半地下倉庫。

 そこでまっていたのは竜司様だった。そんなところに下りのスロープがあるとは思わなかった。しかも水没しているのかゆらゆら揺れて見える。

「『穴』のことは聞いたことがあるかい」

 初耳だ。

「旧時代の遺跡なんぞにたまに入り口があらわれたり消えたりする迷路でね、魔物がうろついていたり、財宝が手にはいったりする。カイエン王国の北辺遺跡群などよく出るあたりには危険をおかしてそこに一攫千金をもとめる連中もいる。その正体は創造者が普及させるのをあきらめた拡張可能な倉庫なんだ」

 つまり、昔の有力者や偉大な魔法使いの遺産を掘り漁っていることになる。魔物は警備員ということらしい。

「『穴』には持ち主がいる。持ち主が健在なら出入り口の開け閉てはその意志に従う。つまりこれは俺の所有する『穴』だ」

 ゆらゆらゆれる水面を通って竜司様はおりていった。濡れる様子も溺れる様子もない。

「ほら、おいで」

 下りた場所は案外あかるく、広々した部屋だった。位置関係的にここは崖のむこう、波のくだける海の上当たりのはずだ。

 広々した中には馬のない馬車のような車が何種類かあり、鉄の腕をそなえた乗り物があり、その手入れのためと思われる道具や設備を備えた一角があり、そしておりてきたのと同じようなスロープがかれこれ十近く見えた。また、微動だにしないが何かあれば動きだしそうな甲冑が五つ、ちらばってたたずんでいる。

「さっきの誓いをたててくれなかったら、こいつらが排除に動くしかけになってるんだ」

 甲冑を叩いて竜司様が説明してくれた。

「もしかして、これ、カマキリ君の仲間ですか? 」

「よくわかったね。うん、うちの妻君が再現した大賢人の塔の守護者だ」

 その塔はもう破壊されてないのだという。

「この部屋は広いですが、ここだけですか? 」

「いや、もっと奥はある。あそこのついたての向こうの階段おりて罠だらけの廊下をいくか、あそこの利用者を制限している転送陣でしかいけないけどね。そっちには世の中に出しちゃいけないものとかいろいろあるので、連れて行けないよ」

 村の男の子たちも秘密の場所が大好きだったが、それはいくつになっても変わらないらしい。

「こっちだ」

 別の斜路からあたしたちは上に出た、古びた小屋の中で、どこかから鳥の鳴き声がさわがしく聞こえる。これは森の中だろうか。

 外にでると、やはり森だった。小さな砦のように木製の塀にかこまれているが、一方は切り立った崖にがそびえている。この上から攻撃されたらひとたまりもなさそうだ。

 その崖には磨崖墓所らしいものがいくつか見かけられ、一つを除いて厳重に封がなされている。

 その一つにすたすたはいっていくと、魔法の灯りがともされた清潔でくつろげる広間ができていた。中央に大きな盆が据えられており、そこに小さめの魔核が十数個ざらっとおかれている。

「ここがどこかわかるか」

「コンラー領でないことは確かですね。海のにおいがしない。あたしの産まれた村とも森の感じがだいぶちがいます」

「ここはカイエン王国西方の魔の森だ。コンラー領から旅をすれば陸路なら帝都経由でぐるっと一ヶ月、海路なら陸行あわせて七日くらいかかる」

 そんな距離をこの時間で。

「創造者もこれはまずいと思ったんだろうね」

 いろいろ大変なことになるのは田舎娘にも想像がついた。

「『穴』の出口の一つは帝都の屋敷に通じている。危ないので普段は閉じてるし、最初に行くときは旅を楽しんでほしいから今日はなし。でも、狐草のかわりに診療にでる日は人払いしてもらってから開けるからすぐにもどってこれるよ」

「そんなことして、いいんですか? 」

「いま使えるのはわが領主殿と息子と狐草と君だけだ」

 ずいぶん信用されたものだ。少し重い。

 あたしたちはコンラー領にもどった。あの場所がどういう場所なのかは聞きそびれたが、野外厨房をはじめ、生活するための設備がそろっていたのだから、エリ様、竜司様、もしかすると師匠の過去に関係のある場所だったのだろう。

 その日、なかなか寝付けなかったあたしはようやく気付いた。

「休みないじゃない」

 何もしなくていい日がない。そもそも帝都にどれだけいればいいかもわからない。

 それからぶつくさいいつつも旅の準備をして数日、領地に次期領主夫妻が馬車三台をつらねてやってきた。一台には護衛の四人と御者、二台目には夫妻とあちらでの執事見習いと夫人つき女中、および御者、最後の一台には護衛二人と御者。あたしと狼星を乗せる分をあけた状態だ。

 今回は夫人の初の領地訪問だ。夫妻は夫が二十一、妻は十七、あたしと同じくらいの年齢だ。去年結婚したばかりで、夫人はずっと奥地のホンラー領のお嬢さんらしい。この両家は遠縁で、先代のホンラー伯と縁があったために成立したのだそうだ。

 若様はエリ様に似てなかなかの男前、父親譲りの黒髪をきれいになでつけ、帝都ではやっているのか片めがねをかけて口ひげをたくわえている。一方、夫人のほうは可憐な女性かと思いきや動きやすそうな乗馬ドレスに身をつつみ、いざとなったら自分も戦うつもりか短剣と拳銃をつっていた。夫のほうが優雅に丸腰なのが妙に思える。

 あとできいたが、ホンラー家は帝国でも武門の家系で知られているらしい。

 領主夫妻は彼らを諸手をあげて出迎えた。若様はすこしはにかみぎみに、夫人はきりっとした感じで挨拶する。それから執事含めて序列順に領内の主立ったものの挨拶。若様は子供のころはこちらだったそうで、みんな顔見知りだ。最初の誕生日を越えた双子とあたしだけがあったことがない。

 挨拶は師匠の次だった。子供が増えておどろく若様に師匠はあたしを紹介した。

「そうか、君が」

 若様は穏やかであったが、その目は鋭くあたしの魔力を見ている。軽くさわられた魔力には強靭さがある。この人、かなりの魔法使いだ。

「君は母と父と姉さんの指導をうけているね。心強いよ」

 なんでそこまでわかるのだろう。あと、姉さんってもしかして師匠? 姉さん多すぎない? 

 夫人は一生懸命名前を覚えてまわっていたけど、あたしの顔を見て歳をきいてきた。十六とこたえると表情を輝かせて時々つきあわせていいか聞いてくる。断るのもどうか、と思ったので務めのない日でしたらと答えておく。ないんだよね当分。

 とはいえ、おともでいろいろつれまわってくれるならそれは大歓迎だ。おいしいものにもおしゃれなものにも人並みには興味がある。

 翌日、エリ様が若様夫婦をつれて軍艦ででかけていった。どこにいくのだろうと思いながら診療をしていると患者の水兵が教えてくれた。

 海賊の根拠地になってた島を数年前に占領し、開拓を勧めているのだという。そこは開墾すれば五百人くらいくらせそうな平地もあり、水もある。エリ様の使い魔とナントの港の工兵隊の力を借りて基本的な開墾を勧めていたが、それもいよいよ一段落した頃合いで、本格的に移民そのほかをそろそろ始めるのではないかというのだ。

 聞いてない話が多い。そういえば若様は昨年結婚したが、領主夫妻はしれっと帝都のそれに出席していたそうだ。『穴』を使ったのだとすぐわかった。やはりあれはずるい。

 まてよ、とふと思った。『穴』の出口がその島にもあるんじゃないだろうか。

 診療を終えて戻るところで暇そうにしていた竜司様がいたのでだめもとで聞いてみた。

「そうだよ。でも内緒にな」

「まだついてないと思うので、ちょっと見せてもらえませんか」

 返事はまあ、いいかだった。

 『穴』をくぐって前とは別の斜路をあがると、強い潮の香りがする。晴れた空、舞う海鳥、そして眼下に広がる海と四角く区画整地された島の平地、砂州の一角に古い埠頭がのびている。

 出口は島の一番高いところに作られた塔の屋上に通じていた。

「見てご覧」

 望遠鏡を渡されて指差されるところを見ると、軍服の工兵たちが海軍用の兵舎と思われるものを立てている。また、別の場所には開墾時に切り倒されたと思われる木材が防水シートをかけて乾燥にかけれられている。その横では工兵隊が同じく井戸をほっていた。あそこは村の建築予定地なのだろう。

 石造りの建物はいまいる塔と湾口につくられた要塞くらいだ。

「一戦あったみたいだね」

 さらに指差す沖合には見慣れない白い大型船がまっぷたつになって岩礁にひっかかっていた。

 その横を一隻の軍艦が帆をたたんで意外な速度で進んでくる。見送ったあの船だ。

「ついたね。我々は退散しよう」

 見つかったら面倒だよね。

「帆走してなかったですね」

「魔力タービンが実現されたからね。魔核を使うほど出力はでないが、もっと手に入りやすいもので動けるから急ぐ時はだいたいあれだ」

 日進月歩だよ、と竜司様はおっしゃった。

 夕方、船はもどってきた。やはり帆は使わなかったのだろう。

 その翌日は若様夫婦は全部の村をまわったようだ。クリニア様、若様の奥様は気さくでさっぱりして気取った風がないせいか、領民の受けはよかった。

 若様夫婦に跡継ぎが生まれたら、エリ様は家督を若様にゆずるのだという。少し寂しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る