第5話 魔族
帰り道、シナズさんはあたしを見てなぜかため息をついた。
「おそらく、領主様よりお話があると思います」
何の話だろう。
狐草師匠もシナズさんと同じ反応をした。
「これは近々、姉さんから話をしてもらう必要があるね」
師匠は母親がわりだったというエリ様を姉さんとよぶ。理由はなんとなくわかる。
「おなじことをシナズさんにもいわれました。なぜです」
「あなたの使い魔は何もいわなかった? 」
それでチャトラを詰問すると、彼は目をそらして逃げようとした。
「何か知ってるかな」
「その、主の魔力がすごく大きくなったことかな。大きさだけなら狐草の姐御に肉薄してる」
魔力が大きいからといって制御を学んだが、それはこういうことか。
それにしてもなぜエリ様から?
呼び出されたのはなぜか夜中だった。しかも場所は寝室。同衾しているはずの竜司様の姿はない。
「あのぉ」
部屋着姿のエリ様はそれはそれはもう大人という感じだった。ちょっとどきりとする。
「まず座って」
ぽんぽんと誘われたのがベッドである。相手が男性ならここでチャトラにひとかきしてもらって逃げるところだ。
「目を見せて、あと、背中に手をあてるから」
手からなにか少しあついものが網のように広がる。これはあたしもよくやる。魔力を送り込んで診察しているのだ。
急に胸が苦しくなって思わず声が出た。エリ様のあいてるほうの手が苦しいあたりにあてられる。
「やめてください、そこは敏感」
苦しいところを包み込むように魔力が覆う。苦しい部分にふれたり触れそうになったりで、思わずの言葉だったが、とんでもないことを言ったことになったような気がする。
すうっと胸が楽になった。顔をあげると、エリ様が水差しから一杯くんでさしだしていた。
「あの、いったいこれは」
ありがたく水をいただくと少し楽になった。
「あなたの胸のところになにかあるのはわかったよね」
うなずくしかない。あれほど魔力に敏感に反応する臓器はない。
「魔核よ」
「魔核って魔物の力の源の、魔法具とかに使う? 」
エリ様はうなずいた。
「動物や植物で魔核をそなえたものを魔物という。人間の場合は魔族という」
え、じゃああたしは。
「そうね、魔族といいたいところだけど、あなた普通の人と比べて何かかけてる自覚はある? 」
ありません。というか、考えたことはないし今かんがえても思い当たらない。
「生まれつき魔核をもってる人もいてね、こういう人たちは大丈夫なのだけど、後から魔核を得た人は感情や理性のどこかが失われるものなの。正気といえなくなる人が多いから魔族はこわがられてる」
「あたし、どこかおかしいですか」
「いいえ。でも、あなたは特殊な体質のようだから、気をつけないといけないね」
「特殊な体質? 」
「炎の勇者から銃の勇者まで、勇者のことは知ってる? 」
「悪い魔王をやっつけて平和で豊かな世界をもたらす? 」
村の昔話はそうだった。子供だましだと思っていた。
「この世界の創造者は横着な人でね、発展させるために他所の世界に種をまいて、その種の継承者を呼び寄せる事でここより進んだ世界からよその成果を盗ませている。盗人は勇者。勇者は盗んできたものが役に立つことを示すためにその時点での力の象徴、魔王と戦うことをもとめられた。勝てば勇者の盗んできたものがここに根付く。それらの勇者の子孫はあらゆるところにいるが、一番多いのは貴族」
何がいいたいのかわからない。でも、エリ様はあたしの出自を知っているようだ。
「もしかして、領主さまと話をしましたか」
エリ様はうなずいた。
「ちゃんと教えてくれたのは執事だがね。おまえの父は鉄の勇者を遠く祖にもち、祖父は魔法金属の勇者を祖先にもっている。勇者の子孫にはまれに種、つまり魔核を継承して産まれるものがいる。たいていは非常に小さく、知らずに一生をすごすものだ」
それはおかしい。あたしの胸のあれはかなり大きかった。
「私のは小さくない」
「最初は小さかったんだと思う。だが、そなた、成仏させた幽霊より力を受け取ったろう」
「まさか」
「そのまさかだろう。最後にもらったものはかなりの魔力だ。そなたの魔核は歪んでいる。触れるだけで苦しいほどにな。ここまで何かの喪失をともなわずにすんだのはかなり幸運だ」
「もう、受け取るなと」
「そなたはまず自分の魔核を整える方法を覚えるべきだ。都度整えれば問題はない」
エリ様の手があたしの肩にかかった。
「まずはいまのゆがみを取ろう、最初は私が導こう」
あの苦しいのがもう一度なのか。それより実際にやってみると聞いて疑問がわいた。
「導くって、あの、エリ様、どうしてそのようなことができるのです? 」
「そろそろ気付かないか。私も魔族なのだ。君の師匠の狐草もだぞ。竜司は勇者だから例外だ」
エリ様は男前な笑顔を浮かべた。
「狐草のときと同じように、そなたにも整え方を教えよう。失うものが必要なら代償足りうる中からもっとも害のないものにおさまるようにする」
狐草師匠がなにか失っているようには見えない。彼女はなにを失ったのかきくと、エリ様はこう答えた。
「憎しみ悲しむ心だ」
あの色情狂の師匠も大変な人生を歩んできたのだな。
そのあと、肌が接してるほうがよいということであたしはひんむかれ、危うく新しい世界に目がさめそうな目にあった。
おかげで、胸はずいぶん楽になったけど。
「うん、かなりよくなったね」
朝帰りしたあたしに師匠が心底ほっとしたように声をかけてくれたのが嬉しい。チャトラは何もいわずにあたしの膝にのって喉をならしている。
「あの、師匠。師匠のときもその、すごかったのですか」
「すごかったよ。でも姉さんにはスケベ心なんかないからね」
まてまて、スケベ心は露骨だろう。
「あの人が失ったのはそういうものよ」
それでも魔族としてはまっとうなほうなのだという。
「それと、魔核があることは知られてはだめだよ。知能の高い魔物の魔核はただの魔力源ではない使い方ができる貴重品。狙われるからね」
賢く、強い使い魔を作ったり、巨大な魔法具の制御に使えるのだという。そうなった場合、魔核のもとの持ち主の心がそこに残っているかどうかはわからないらしい。
ぞっとする話だ。
「自分を見失えば、狩られる。教えたことを忠実に実行しなさい。それがあなたを守ることになる」
そりゃもう首がはずれるのかと思うほどうなずきましたよ。
キンポウゲが結婚したという報せが流れてきた。治療師が結婚して悪い理由はない。ネイ師匠とて先立たれた旦那とよその村に嫁いだ二人の娘がいる。ただ、自分で仕事をもっていて家の仕事にあまり時間をさかない女は敬遠されがちだった。キンポウゲの相手はまあまあの牧場を持つ牧夫だという。どういういきさつがあったにしろ、めでたいことだ。狐草師匠と祝いの品を送った。
年齢的にはあたしもそういう話が出始めてもいいころあいだ。だが、領主夫妻ともつきあいもっているせいか、畑はかまってくれそうにない治療師であるためか、少なくともこの領地ではそんな話は出てこない。
それはそれでちょっとさびしいが、気楽でもある。自分の胸の中を整え、魔力の制御の練習をし、新しい使い方をときどき発見したりする生活は面白い。治療の仕事も人の体への理解と、その限界と、時に理不尽な仕組みをどうするか、師匠と議論を重ねるのは楽しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます