第4話 魔力を制御する

 そのころから、五日に一回程度なのだがあたしは竜司様の指導を受けるようになった。

 なんでもあたしの魔力は普通より多く、制御することを覚えないと危険なのだという。

 治療用の魔法が強すぎて患者が死ぬ事もあるらしい。領主様の夫君におそれおおいと思ったが、竜司様は教えるのがうまく狐草師匠も指導を受けたのだとか。

 最初の指導のときにエリ様までいたのはちょっとどきりとした、彼女はとてもかっこいい女性だ。あたしはあそこまで背丈はのびなかったけど、あの毅然としたところは心の持ち方だけでも見習いたいものだ。

 そのエリ様はあたしをたたせると正面からながめ、背中から眺め、一言かけて背筋をついと指でなぞった。変な声がでそうになった。お二人はうなずきあってあたしにこういった。

「君の魔力が大きいわけはわかった。エリも同意見だ。だからそれを考慮して君には修練をつんでもらいたい」

 まずは魔力を限界まで引き出せといわれる。竜司様はあたしを要塞の裏の菜園に連れて行かれた。

 たがやされたばかりでなにも植えられてない。そこに何かの種をぱらぱらまいてあたしに古いじょうろを渡した。

「これで水をやってくれ」

 その時のあたしはものすごく疑わしい顔をしてたに違いない。掛け流しの水桶からひしゃくでじょうろに水を移す間も、じょうろをかたむけて水をやる間もじっと竜司様をみていたのだから。

 これまで感じたことのない脱力感にあたしは驚かされた。思わずじょうろを見る。そして先ほどまいた種があっというまに育っていることに気付いた。

 このじょうろは使い手の魔力を吸い出し、植物の成長を促す古い秘宝なのだそうだ。

「まだいけるね」

 別の畑に粉のような小さな種をまいてそこにも水をやるようにいわれる。

 ミントがみっしりと茂った。

 野菜だったりハーブだったりを同じようにさらに四回水やりでそだてたところでちょっと気分が悪くなり、そこまでとなった。

「これで半分くらい使い切ったことになる。やっぱり多いね」

 初めて半分くらい使うとこういうことになるそうだ。

「今のは秘宝に魔力を吸い出されたけど、自分で放出できるようになろう。吸い出されるとき、どんな感じがした? 」

 そのへんは個人差があるので、あたしにあったやり方を考えてくれるという。

「それと、俺が大丈夫というまでは治療はしないこと。薬の調剤はいいが、魔力で治療するなよ」

「なんでです? 」

「いまの君はつっかえが取れた状態だ。強すぎたり弱すぎたり安定しない。あぶなっかしい」

 それならやらなければよかったのに、と思ったがやっておかないといつか暴走する危険があるし、やっておけば今までより強い術も使えるようになると言われてちょっと納得した。

「それと、これも貸しておこう。使い方は狐草もしってる」

 竜司様は石盤のようなものをわたしてきた。

「これは? 」

「記録の魔法具といったところかな。招魂師についての文献がはいっている。読んでおくといい」

 それから五日間、あたしは魔力の制御の練習を続けた。細く、長く、そよ風を吹かせる練習、強く短く氷の粒を撃ちだす練習。どれも思うようにはなかなかいかなかった。強い風がふきあれてすぐに途絶えたり、ちょろちょろと水が出てなかなかとまらなかったり。

 疲れて休むときには薬研で薬を調合したり、記録の真法具の中を読んですごした。

 正直、勉強になった。

 もともと癒しの術なのになぜ忌み嫌われるか。シナズのような人がいるからだと思ってた。でも、そうじゃない。シナズさんは自分の意志で狐草師匠に従うことにした。カル様も同じだ。本人の意志での選択なら少々印象が悪くたって責められるものではないと思う、

 でも、大昔の招魂師には幽霊が自我を失っていることが多いのをいいことに都合のいい自我に作り変えてしまう術者がいたらしい。魔法にそういう呪文があるのではない。彼らは状況を整え、話術で彼らをたぶらかしたのだ。そして自分の望む形に狂わせた彼らを道具に使った。

 そういうよくない招魂師の例もいくつかあった。戦士した兵士や刑死した領民の幽霊をゆがめ、その死体を自分に逆らわず、死も恐れない兵士として駆使していた国王、美女を殺し、屍女中にしてコレクションしていた貴族、給金もいらず、不平もいわず、不正もしない使用人としていた商家。

 幽霊は魔力だけの存在なので魔法に弱く、他の幽霊や生きた人間に影響されやすい。彼らはいざとなれば憑依して殺す手段を持つが、取り憑いた相手の影響はどうしても受けてしまう。悪意がなくても術者の願望や欲望が影響を与えてないとはいえない。

 招魂師は先入観をもたないようにしないと幽霊を正気に戻し、納得できる成仏に導けない。

 あたし、そんな立派なことができるんだろうか。

「ねえ、チャトラ。あたし、あんたに変な影響与えてない? 」

「何をいまさらだよ。おいらはあんたの寂しい気持ちにほだされちゃったんだ。でもそんなことは人間同士ならおかしなことじゃないだろ」

 かっこいいことをいっているが、大物のネズミを見せにきてどや顔しているところが完全にただの猫だ。いや、彼はもともと猫好きで、猫みたいにくらしたいと思っていたのかもしれない。

 でも、記録にあるよくない招魂術と、そうでもない招魂術のしきいって案外薄いんじゃないか。そんな気がする。

 狐草師匠にはいろいろ教えてもらうことがありそうだ。

 五日後、まだまだ危なっかしいが一応形になった制御を竜司様に見せる。一応の合格らしい。

「では、あとは実践で覚えて行こう。抗壁という基本的な防御の魔法を教えるよ。呪文でかける方法を覚えたら即座にかけることのできる魔法具を貸すから次までに自由に使えるようにしてみよう。それができるようになったら治療も解禁だ」

 この魔法は空気のクッションのようなものを作るものらしい。盾のように相手の斬撃を止めたりできるわけではないが、勢いを殺すのでよけやすく、よけそこなっても深手を負うのを避けることができるそうだ。そして、盾のように割れたら終わりではない。高い所から落ちた時もも何枚もかさねてはれば助かる可能性が高くなる。

 狐草師匠の長男が身につけていたのはこの魔法だ。そして誰かと殺し合いでもしないかぎり、もっとも有益な魔法だといえるだろう。

「この魔法は、十の力で一枚はるより、五の力で二枚はるほうが効果的だ。最初はなるべく大きく一枚はる。いろいろな場所にいろいろな大きさで出す。慣れたら段々枚数をふやしてごらん」

 まあ、次に見るときには大きくてあちこちだせるだけで十分と言われた。

 この修行をやってると少し腹のたつことがあった。師匠の息子がやってきて偉そうに先輩風をふかすのだ。考えたら彼のほうが先輩というわけだが、八つ年下の小僧にどや顔をされるとさすがに生意気に思えてしょうがない。ときどき口が過ぎたときなどほっぺをひっぱったりしたのだが、彼は来るのをやめない。誰かに面倒みるのをたのまれたわけでもないのに。学んだ事は二つ、美少年でも男の子は馬鹿だし、生意気だということ、もう一つは彼なりの魔法の応用を見せられて創意工夫次第ではいろんなことができるということ。

 彼は狭い抗壁を三枚、地面すれすれにはってその上に飛び乗り、魔力で風をおこしてすべるように移動してみせた。体重の軽い子供ならできるが大人だとさすがに無理だろう。

「うーん、それなら板をいれたら重さが分散していけるかもね」

 竜司様がその様子をみて「すけえとぼーどかよ」とよくわからないことをいっていた。この人も謎が多い。

 五日後には、ころんでも怪我しないようにとっさに抗壁をぶつけそうなところに張れるくらいには使えるようになっていた。ついでに先輩に痛いだけで怪我しないくらいの氷粒をぶつけるくらいに手加減ができるようになる。彼の呼び方も坊ちゃんから狼星と名前でよぶくらいに親しくなった。狼星は天の星でもあかるくぎらぎらと夜の狼のように光っているのでつけられた名だ。導きと強さの象徴でもある。

 あたしも十五になっていた。治療師などやってなければそろそろ結婚する年である。坊ちゃん、狼星があたしによってくるのも、子供らしいあこがれというかすけべ心なのだろう。やせっぽっちで顔がびっくりした狐のようなあたしにもてる要素はない。

「よし、基礎はできたね。これまでの練習は繰り返してもっと細かく制御できるようになること。治療の魔力の使い方は繊細なほどいいのだよ」

 お墨付きがでた。竜司様のこのことばは、彼の最初の奥様で狐草師匠の師匠、やはり治療師だったかたがそのお師匠より受け継いだことばなのだそうだ。もちろん狐草師匠もよく知っている。

「薬物の効果をただ全身に適用すると患部はよくなっても他に悪い影響がでることもあるのよ」

 あとでそのように教わった。

「最後に、切開の魔法を教えておこう。患部を切り開かなければならないときや、四肢の切断をせねばならないときにあったほうがいい魔法だ。かなりの集中と制御が必要だ」

 風をあやつる魔法の一種で、切る場所に複雑で強い動きの風をあてる必要がある。氷で小さな刃をつくりこれをあてたり、刃物があればこれにまとわせて鋭い刃にしたり。これは基本を習得しきるまでに五日が三回必要だった。

 魔力の制御が上達すると、治療の手応えもずいぶんかわってきた。いままで漠然とやっていたことが鮮明になってきたのだ。患者のどこが悪くて、どういう風に制御すればいいのか。

 思うところがあって、師匠におねがいして一度里帰りさせてもらった。

 あの村でなついてくれたものの成仏させてあげられなかった幽霊二人、先々代の村長と凍死した小さな子供、招魂師として彼らにどう働きかければいいかわかりそうに思ったのだ。

 若い娘の一人旅は危ないので、なんとシナズさんがエスコートしてくれることになった。彼とはあまり話をしていないので少々緊張する。建前は魔核の買い付け。薬草や酒かすで作った大衆酒で支払う予定だ。この酒は安酒だが香りがよいので人気がある。

 シナズさんと当然のようについてきたチャトラは前から仲がいいらしい。あたしより先にあいさつし、あたしのよく知らない話題でなごんでいる。

「ああ、失礼」

 おいてけぼりのあたしにシナズさんが微笑んで頭をさげた。朴訥な人の素朴な笑顔だ。これが肉体をまとった幽霊とは信じがたい。

「付き添いありがとうございます。でも、師匠から離れて大丈夫なの? 」

「領主様もいますし、竜司様もいますし、少々頼りないけれどカマキリ君もいてくれますしね。それより狐草様の心配をなんとかするほうが優先です」

 なぜそこでカマキリ君、と思うのだが。

「うちのチャトラとはだいぶ違うのね」

「チャトラさんは心配しているのですよ、無鉄砲なご主人にはらはらしているのです」

 猫のくせにうんうんうなずくチャトラ。あとで覚えていろよ。

「そんなに無鉄砲ですか」

「無鉄砲ですね。世の中、日頃は善人でも魔のさす人は多いのです。私がかつては海賊の一味で、ひどいこともやってたなんて言ってもあなたは信じないでしょう」

 うん、とても信じられない話だ。

「海賊だったの? 」

「ええ、死んだのも海賊討伐の軍艦との戦闘でうけた傷のせいですよ」

 聞けば今のコンラー領の海軍は海賊を服従させたのが始まりらしい。

「それがどうして」

「好きでしていたことではありません。それでも自分にいいわけをしてやっていたことです。主様に心の痛みを解き明かされ、考えた末の選択です。ただ楽になるのは納得できませんでした」

 真面目だ。

「それでいつかその日がくるの? 」

「くると思います。それがいつかわかりませんが」

 それは招魂師にもわからないことだろう。

 村ではすっかり隠居状態となったネイ師匠と、記録を活用して厚い信頼を獲得したキンポウゲと旧交をあたためた。子猫は一人前になり、チャトラとじゃれている。

 細かい話は省こう。心残りだった二人の幽霊は成仏した。あたしは寂しい老人と不安な子供について経験を積んだ。お礼に先々代の村長は隠し財産の情報を、子供はあたしの中にかなり強い力をおいていった。

 隠し財産についてはネイ師匠に相談した。師匠はいい笑顔で悪いようにしないと約束してくれたのでかえって心配だが、独り占めするにはいろいろ問題があるのだからしょうがない。

 後日わけまえとして指だし手袋の姿の魔法具が届いた。相手の魔力をゆらすという、少し珍しい魔法が設定されていた。

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