第8話 休日のできごと。
t明日からまた大学の講義が始まるにあたって、私は神南と2人で図書館に来て勉強していた。
最近は、図書館そのものの需要も危惧されている時勢ではあるけれど。
もっぱら、電子書籍がメインとなった最近は、紙媒体のものに触れる機械はほとんどない。
なら、大学の図書館もオンラインにすれば良いのではないか、という議論もあがっていたらしい。確かに電子書籍があるなら、図書館の蔵書も全て電子化して管理すれば、重複して貸し出すこともできるし、便利だと思った。
しかし、図書館そのものに価値を見いだした人たちもいた。
それは学生が学業に当たるに際して、小学校から大学まで、一度も紙に触れない教育への警鐘として、あげられたものだ。
さまざまなものの電子化によって、この国の平均視力はここ数年で急降下の傾向にあるらしかった。そして、必要な書物を探して、情報を集める、という行為は将来の仕事にも役立つ能力であるといわれた。
そして何よりもっとも声が大きくあがったのは、公共施設としての側面だった。
図書館では、原則的に誰でも入館できる。
夏場は冷房が、冬場は暖房が安定して基調されていることは、最近、少しずつ問題になってきているホームレスへの救済の場にもなりうる、ということだ。
さらに、そのような冷暖房管理され、清潔で、静かな環境は学生が勉強するのに貴重な環境であることを配慮していた。
その結果、この大学にも図書館が併設されることになったらしい。
複数のキャンパスのどこにもあり、その町にある公共施設のひとつになっていった。というのが現代の図書館をめぐった論争だ。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
特にすることもなく、どうでも良いことを考えていた。
ふと、思い出したように、目の前の席に座っている彼の様子を伺ってみることにした。
目の前にいる彼は、とてつもない集中力で数学の証明を書いていた。
彼はよくひとりで数学の問題を解いていることが多いのだとか。
うん。
でもよくこんな数式がつらつらと出て来るよね……と感心してしまう。
彼は、高校時代もこんな風にしてずっと問題を解いて来たのかな。
私は、なんとういうかただレベルが高いという理由でこの大学を選んだのだけれど、彼はこの大学だけにある数学の研究科の授業を受けるためだけにこの大学を選んで来たのかもしれない。
「出来た」
と言ったのは彼だ。
周りの環境を意識してか、いつもよりも控えめだけど、その声には、確固たる自身が込められているように思えた。
どうやら、手応えがあったのかもしれない。
そんな彼のことを見ていると、奏はその数式の書かれたノートをそっと私に見せるように寄せてきた。
どうやら、私に見てほしいのだ。
仕方なく、私は彼が完成させたそれを、見てみることにした。
なんというか、難しいような文字がたくさん並んでいて、見るだけでも大変だった。
「フェルマー?」
彼は無言のまま頷いた。
どれくらい時間が経っただろうか。
いまの時間を確認しようと、図書館内の電光掲示板を確認する。
来た時が、この図書館の開館時間の8時だから5時間くらいかな。
そのくらいの時間をかけて出来た証明は途中計算を含めノート一冊を使い終わっていた。
「教授に何かいいものありますか?って聞いたらこれを1人で完璧にかける様にしろって言われた、時間はどれくらい掛かっても良いって」
そう言って彼が鞄がら出して見せてきたのは、おそらく教授の手作りであろう一冊のノートであった。
そこには「数学」と書かれており、どうやら回答は全くないらしい。
著作権に触れるからかな。
他にもディリクレの算術級数定理などの解決済み問題からゴールドバッハの予想などの未解決問題までたくさんあった。
うん。普通は1人じゃ絶対に書けないというか、分からないかな。先生もなかなか凝ったものを作るよねぇ……
一般からは、かけはなれていて、本当にレベルが高い、という事は分かった。
「理解して書けたらもってこいって言われたからね、そこで今日は君に見てもらいたかった、自分が本当に理解したかどうかを知るには、誰かに説明してその相手が分ったなら自分も理解していると思ってね」
もしかして私これからずっとこんな風に休日呼び出されて 何時間も説明聞かないといけないのかな?
ちょっと楽しそうではあるけど、他のやりたい事、やらなければいけない事が疎かになってしまうのではないかとも考えてしまう。
「良いよ、でも時間のある時だけになってしなうけどねこういうのは、、、今日はたまたまする事もなかったから来れたけれど、来週はどうかは分からない、でもとりあえず今は聞かせて」
そういうと彼は早速説明を始めた
******
軽く3時間は超えた、なんというか、彼の説明は分かりやすい方なのではないかとも思う。
おそろらく教科書にこのフェルマーの最終定理の事が書いてあったとして彼に説明を受けていたとしても、それや恐らく無駄なのではないかと思う。
普通の人なら、到底理解のしようがないことなんだとおもう。
やっぱり彼が真剣に考えて書いたものだからこそ、分かりやすくなっている、ということは、確かにあった。"彼の思考"を教科書とした教えが、そこには書かれていた。
私も中学校の時に放課後に1人で授業で扱った数式について色々吟味し直してみたり、他にも自分にも出来そうな数学の問題を解いたり証明をして見たりとやっていた時があった。
その時、私は数学のあの不思議な世界に魅せられていたのだ。
1つの数を扱うたびに私をどこか遠くへ連れて行ってしまう数学が私は好きだった。
でも、高校に入って1人の友達に会い、私はそれから放課後に数学をする、
という事は無くなっていった。
でも、時々は休日に数学をやるのは変わらずにいた。
きっと神南もそうだったのだろうか。
彼も、中学高校とずっと数学の世界のなかで、旅をしていたんだろうか。
「分かった?」
彼は少し疲れた様に言った。
そうだよね。朝8時から数学の証明やって、さらに説明3時間以上かけて……
もう5時になりそうなくらいなのに、彼は未だにこうして私が分かっているかどうかを心配している。
私はなんとなく、彼の言いたいことが、理解できたのだとおもう。
「うん、分かったとおもうよ、ありがとう神南」
「それは良かった、じゃあもう帰ろうか」
静かに彼はそう言った。
だけど私はもう少しだけ、彼と一緒にいたいと思った。
彼のなかに、何があるのかを、知ってみたいと思った。
「そうだ、お腹すいた?神南」
「ああ、そうだね」
「じゃあどこか食べに行かない?」
私はそう言った、本当は自分がお腹が空いていただけかもしれない……
「良いね、それはどこへ行くの?」
「近くにファミレスあるけどそこに行かない?」
「良いね、そうしよう」
そうして私と彼はファミレスへ向かった。
そこでも数学の話をする神南の姿をみて、そこでも私は微笑ましく感じるのだった。
********
しばらくしてファミレスに着いた。
歩いたからだろうか、近いと思っていたのに結構遠かった。
もう5時半になろうとしていて、早い時間帯ではあるけど、結構学生が多く賑わっている。
「お疲れ様、神南」
「ありがとう、俺の説明は分かりやすかった?」
「うん、すごい分かりやすかったよ、神南の考えとか数学に対する想いとか全部伝わってくるくらいね」
まあ、たぶん、そういうことなんだとは思う。
「なんだよそれ、まあ良いやこれで美原が分かったなら俺も理解できたって事だから安心したよ」
彼は私が満足したような姿をみて、気が抜けたように表情が柔らかくなった気がする。
「あとね、すごい楽しかったよ、神南とお話するときとか、なんとなく懐かしいなぁ……って思った」
「懐かしい?」
ああ、神南がそんなの知っているわけ、ないのか。
「ああ、別になんでもないよ、ただ少しデジャブがね」
そういうと神南が少し笑った、なんだろう私変な事言ったのかな?
「なに?私変な事言ったの?」
とりあえず、気になって聞いてみた。
「うん、まあちょっとね、美原がデジャブだなんて言葉を使うから、珍しいっていうか、、、変だなーと思って」
「そんなに変だった?私がデジャブだなんてカタカナ語って」
「まあね、ほら美原って結構真面目で硬いイメージがあって、そういう言葉使わないのかなーって思ってた、
でも今日のこともあったし、結構美原に対する認識も変わったよ、それに美原とはこうやって数学の話もできるし、話しやすいし気があうじゃんそういう事も分かって良かったなって」
「そう?そういう事私も思ってたよ、結構神南と2人の時は砕けて話せるし良いかもね」
その後も私は、いつもこのお店で注文しているものを食べて、あとはドリンクバーを飲みながら、神南とたわいもないことを話したり、数学の講義のことにも触れたりしながら楽し良い時間を過ごしていたのだけれど……
「ねえ、美原って葉川先輩の事どう思う?」
急に話題を変え、少し重い雰囲気で言ってきた。
それにしても葉川先輩ね……
ちょうど今私も葉川先輩の事……
********
時は同日、別世界の空間にて
「なあヒュデル美原優について何か知らないか?、それか何か隠してないか?」
俺は何かの疑いを持ってそう聞いたのだけれどもまあ半分はカマをかけている部分もあるが……これで少しでも反応を見せてくれれば良いんだが……
「別に、ただ私は記憶を失っているという事しか知らないし何も隠している事もないかな」
っ!何も違和感を感じない、動揺もしていないやはり何もないのか?
いや、あるはずだ、ならこう聞こうか……
「頼みごととして聞いても何も言えませんか?」
「ああ、そう聞くかい、なら教えられる事が1つだけあるかな、でも大して役に立たないと思うよ、だから言うまでもないと思っていたのだけれどもね……」
「それで良いです、教えて下さい」
「分かった、言うとしよう」
「ありがとうございます」
「美原優と言う女の子はね……確か私の分かっている限りでは……………」
それを聞いて俺は特に思うところはなかった。
ただ単に納得しただけだった。
そう言うことかと、別に大した事無い
一方の方向から見れば、の話だけどね……
********
「え?葉川先輩?」
「うん、まあよく分からないと思うから率直な感想で構わないよ深くは考えないでくれ」
「そう?なら……普通に良い先輩だと思うよみんなの事よく見てるし、あとそれに眼鏡も似合っててかっこいいよねそうそうあとね!この前ね……」
美原、先輩の事好きなのか?
とは口にはださなかったけど、そう思ってしまった。
結構、先程よりも声音は高くなっている気がするし。
まあ確かに、俺でもカッコいいとは思うけど……
「ごめん、つい語り過ぎちゃった?、ああ良いやでも大して今日で結構神南のこともこんな風に語れるようになったけどね」
「やめてくれ、そんな事誰にも語るなよ……」
「えー、でも良いじゃん評判上がるよ?まあ今の時点でも結構神南の評判多けどね、イケメン!て女子が騒いでるよ裏でね」
それは、、、あまり嬉しいことではないなぁ……。
「そうか、なら言っといてくれないか俺は女子には興味ないと」
べつに、同性愛者、というわけでもないのだけれど……。
「そんな事言っちゃって、本当にそうだったら今日、私のことなんか誘わないでしょう?」
それはどういう意味でのことなんだろうか……
まあ、ここではあまり深く考えすぎなくても良いのかもしれない。
「ああ、そうかも知れないな、女子に興味なかったら美原が数学が好きだなんて気付かないもんな」
「え?気づいたってどういうこと?いつ気づく機会あったの?私大学では数学なんてやらないのに」
「そうか?でも結構俺が日高とかに数学教えたり話してる時、自分も話したそうにしてただろ」
やっていなくとも、それに対する反応で分かることもある。
「そうなの?私ってそういう風に見えてた?まあ実際そうだけど……」
「まあ実際そうなら良いだろ、そろそろ時間だし帰ろう」
「あ!本当だこんな時間、支払いは割り勘ね!」
「分かったよ」
こうして2人はファミレスから出て歩いた
「私こっちだから、じゃあね!今日は色々楽しかったよ」
「そうか、俺もだよじゃあまた明日」
********
「もしもし葉川だ、神南くん今日はどうだった?」
僕は彼に電話をかけた。
「結構楽しかったです先輩、美原が数学が好きだという事実、教えて下さってありがとうございます、おかげで仲もよくなれましたし、明日からまた同好会ですよね?」
「ああ、そうだね」
「じゃあまた明日からよろしくお願いします」
「ああ、あと聞きたいんだが今日の美原との出来事とか、何があったか教えてくれたら嬉しんだけどね」
「良いですよ、別に大した事もありませんでしたし何より楽しかったんでそのお礼として先輩のいう事聞きますよ」
「それはありがたい、じゃあ言ってくれ」
「えーっとですねまず今日の朝8時から………」
神南くんは、彼女との出来事を細かいところまで教えてくれた。
まあ、少しはこれで、何かが変わってくれることを、僕は期待するだけだ。
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