夏の頃
トーカ
追走
ああ、思い出せる。
何度だって思い出せる。
遠い遠い夏の記憶。
彼女は、裸足で海辺を走っている。
追いかけて、追いかけて。。。
汗が砂浜をぽつぽつと濡らす。
彼女は、私に笑顔を向ける。
走り去ってしまった夏。
だけど、置いてきたものは自然と手に戻ってきて、今も、今でも思い出せる。
そうだ。あの時そういえば。
木陰を見つけて、青すぎる空から逃げて。
木の下で、私たちは笑いあったっけ。
走ったせいで息も絶え絶えで、最初は二人とも何も話せなかったな。
今でもずっと消えない感情。
また、ここにきてしまった。
忘れようって思ったのに。
忘れられなかった。
夏が来ると、あの子を思い出す。
何度だって。
木陰から離れて、海を見に行く。
あの頃から、だいぶ景色が変わっている。
あの子と走った浜辺に、私は行きついたわけだが。
、、、
一瞬だが、私は彼女を見ることができたのだろう。
涙が止まらない。
嗚咽が、抑えようとする私の心を暴走させ、勝手に漏れる。
笑顔。あの子の笑顔。
なんて綺麗な笑顔だったろう。
あの子は覚えているだろうか。
私がここに居たことを。
あの子は今、どうしているのだろうか。
あの子に会いたい。ってそんな願いなんて。
結局聞き届けられることは無くて。
夏が来るたびにあの子のことを思い出す。
情景の中に、私とあの子が走っている。
あの子はいつの間にか走り去ってしまって、私の中からも。
どうしてだろうか。あの子を思い出す夏が最近来なくなってしまった。
あの子を思い出せる大切な夏。
ただ一人、海辺に立つ。
空は黒。
輝きの中にあの子もいてくれるのだろうか。
消えないはずなのに。
最近になって、消してはいけないと思うようになってしまった。
あの子は、どうして行ってしまったのだろう。
悲しいとか、寂しいとかじゃなくて。
今はただ、懐かしい。
海辺を走ってみる。
こうだ。そう。こうだった。
こうだったんだ。
忘れたっていい。
時間の流れは速く、置き去りにされたものも沢山あった。
だけれども、この忘れてしまった。置き去りにしてしまった彼女との記憶は、
この海辺に置いていくことにしよう。
あの時、泣いたこの感情も、いつかは消え去っていくのだろう。
電車に乗る。
ここから離れる。
感情に雁字搦めにされて、立ち止まりそうな私が背負うこの重り[記憶]。
彼女はそんな私の重りをそのまま海に放り投げてしまった。
ありがとうって、言い合えたはずだ。
夏が来たら、また浜辺を走ろう。
何度でも、何度だって。
置いてきたものを拾いに行くことはできるから。
今、時が過ぎて、記憶の中で霞む大切な記憶[重り]
あなたにも、そんな物があるだろうか。
大切にすることは、良い事だろう。
何度も思い出して、感傷に浸るのも良いのだろう。
右に立つ彼女に、結局私は重りを持っていかれてしまったわけだが。
忘れてしまっても良い。
忘れたっていいだろう。
あの子を、ここに留めておくことは私にはできなくて、
もどかしくなってしまったこともあるけれど。
それでも、彼女という夏は何度でも私のもとへやってくる。
私も、私だって。何度だって迎えに行く。
忘れてても良い。
時間は有限だ。
あの子のいる場所は、そうでもないらしい。
いつまでも私の傍に。
そして、私も彼女の左に立つ日がやってきたようだ。
逆らえない、この時間というもの。
それが今、崩れていく。
あの日を思い出す。
いや、いつでも思っていたのかもしれない。
今日は、あの夏をしっかりと思い出せた1日だった。
思い出の中から、私も走り出して。
あの子のもとに行こう。
夏に、私も向かっていく。
夏の頃 トーカ @Kentttta
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