第5話 回想(4)

記憶の中に楽しい思い出は見つからないものの、

学校では仲良く話すことのできる友達が出来た。

できる事なら離れたくなかったけれど、

小学3年生と同時に、

引越しの関係で転校を余儀なくされた。


引越先は5階建ての公共団地。

私たち家族は4階に住むこととなった。


引越がトリガーになったのか、

この頃から強迫性障害の症状が出始めた。

事実上の発症はこの頃だと、

医師からも説明を受けている。


もちろん、望んでいた訳ではないけれど、

同じ道を何度も行き来しないと、

なにか悪い事が起きるのではないかという不安が強くなった。

同時に、寝る前にトイレに12回行かないと不安になる。

電気の消灯を8回やらなければ不安になる。

階段は4回以上行き来しないと不安になる。

強迫性障害によく見られる繰返し行動が目立つようになった。


自分で望んでいた訳ではないけれど、

どれも毎日のことなので、

疲労感が強く残るようになった。


ふと、ベランダに出て地上を見下ろすと、

ある程度の高さはあるものの、

地面は芝生で覆われていた。


ここから飛び降りたら、

芝生に落ちて死ぬ事は出来ないかもしれない。

確実に死ぬのであれば、

外階段で5階までのぼって飛び降りる方がいい。

地面はコンクリートだし、

高さも充分にある。


ただ、死ねなかった時のことを考えると飛び降りるのも躊躇われる。

恐らく、のたうち回るような痛みと闘う羽目になるし、

打ち所が悪ければ後遺症が残ってしまう。


小学生にして、

死にたいと願うようになっていた。

頭はどこか冷静で、

自殺に失敗した時のことまで考えられるくらいだった。


死ねば少しは楽になれるのかな…。


ベランダから下を見つめては思う。

ベランダの柵越しに見る緑の芝生を、

今でも鮮明に覚えている。


死ねたらいいのに。

楽になりたい。


そこには、

助けてという気持ちが混ざっていたのかもしれない。

出口がない暗い道を歩いているような日々だった。

ベランダの下の緑が、

涙で歪んでも、

飛び降りる勇気は出なくて、

意気地なしの自分を憎んだこともあった。

そんな毎日の終わりを考えることだけが救いだった。

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