百四十八話:探索前日



「完・全・復・活ッスー!!」


 船酔いならぬ竜酔いが完全に治ったミャオは両腕を高く挙げながら、巨木のウロの前で喜びの声を上げる。

 そんなミャオの姿を後ろから見ていたソルは申し訳なさそうに頭を下げて、謝るように「グルゥ」と小さく鳴いた。


「いや、ソルのせいじゃないッスよ! タスクさん曰く、アタシの三半規管? が、弱っちいだけらしいッスから!」

「……でも、ミャオって馬は大丈夫だよね。」


 何気ないリヴィの一言でショックを受けたソルは、どんよりとした空気を醸し出して座っているポルの隣まで歩いて行くと、同様にどんよりとした空気を醸し出して地に伏せる。


「リヴィ……どうするッスか? 拗ねちゃったッスよ?」

「……ごめん。……そんなつもりじゃなかったんだけど。」

「いや、お前ら、喋ってないで仕事しろよ」


 俺たちは今、巨木のウロの中で野営する準備をしていた。


 偶然見つけたウロだが、こうして見るとなかなかに良い。

 というのも、中の土や落葉を綺麗にしてテントを張るだけで野営地にもなるし、少し耐久面に問題があるものの出入口が一つしか無いので要塞としても使えるからだ。


 ここ北の大陸では、いつどこから襲われるかわからない。

 そのため就寝する際は戦力を割いて見張りを立てる必要があるのだが、このウロの中なら一人の見張りが居れば済む。


 ハハハ、運が良いのか悪いのか、よく分からんな。

 まあ、北の大陸で疲弊するのは死に直結しかねん。

 いきなり出会ったのは最悪だが、熊の編人形に感謝だな。


 そうこう考えているうちに、襲撃される事もなく、無事に北の大陸の活動拠点、兼、野営地が出来上がった。

 今が何時頃なのかと気になった俺は空を見上げるも、空は生い茂る枝葉で見えず、魔道具で時刻を確認する。


「もう夕方じゃねえか。晩御飯にするぞ」

「アタシ、お腹ペコペコッス」

「お腹の中、何にも入ってなさそうデス」

「ミャオ姉、全部、吐き出してたからね」

「やめて欲しいッス……。アタシ、一応、女なんッスよ」


 他愛も無い話をしながら晩御飯の準備を進めていると、ポルがすぐ近くの巨木の下まで歩いて来て、イジけたようにプクッと頬を膨らませた後、プイッとそっぽを向く。


 怒っている……ようにも見えるが、その実、演技である。

 俺の方をチラチラと横目で見ているのが証拠だ。

 ああしていれば許可が下りるかもと思っているのだろう。


 否! 今回ばかりは甘やかす訳にはいかない。


 銃弾蜚蠊と契約を結ばせる事だけはダメだ。

 何に惚れたのかは知らんが、進化しても自爆特攻だぞ。

 それに、なんと言っても見てくれがアウトだ。

 元の世界のGを彷彿とさせるからな……許せ、ポル。


 その代わりと言ってはなんだが――。


「ポル。今日の晩御飯の果物、全部ポルにあげるぞ」

「ほんと?」

「ああ」

「タスク兄の分だけじゃなくて、俺の分も食べていいよ!」

「ワタシの分もいいデスよ」

「わーい!」


 よぉし! フェイ、カトル、ナイスフォローだ。

 シャンドラ王都に帰ったら何かお礼をしてやろう。


 ポルの機嫌も直ったところで、簡単にだが晩御飯の準備も終わり、ウロの中に運ぼうとした――その時。


 『ガサッ、ガサガサッ』


 俺たちの頭上から、枝葉の揺れる音が聞こえた。


 その場に居た、俺たちは一斉に音のした方を見上げると、そこには巨木の枝葉を口に入れては咀嚼する、体長の約半分を占める長い首を持ち、その首の皮膚だけがドリアンのようにゴツゴツと硬化している巨大なキリンの魔物が居た。

 

「なんだ、打擲麒麟ビートジラフか」

「やばい奴なんッスか?」

「いや、あいつは北の大陸の魔物の中でも温厚な奴だから、こちらから手を出さない限り、襲ってこないぞ」


 なんて事を説明していると、打擲麒麟ビートジラフの近くに生えていた巨木の影から、頭頂部に扁平な兜状の突起をもち、顎の下には深紅の肉垂れをもつ、巨大なヒクイドリの魔物が現れた。


 今度は粗暴火食鳥ローグウォーリーか……。

 粗暴火食鳥ローグウォーリーは北の大陸の魔物の中でも特に気性が荒い。

 出来るだけ戦いたくはないんだが、あいつの狙いは……。


 現れた粗暴火食鳥ローグウォーリー打擲麒麟ビートジラフを視界に入れるや否や、飛び掛っていき、鋭い嘴を打擲麒麟ビートジラフの横腹に突き刺した。


「何やってるの!? あの鳥、止めなきゃ!!」

「そーだね。葉っぱ食べてただけなのに、かわいそー」

「まあ、待て。カトル、ポル、よく見てろ」


 流石に普段は温厚な打擲麒麟ビートジラフでも食事を邪魔をされた事にはブチ切れたのか、ブルブルと体を震わせて横腹に突き刺さった粗暴火食鳥ローグウォーリーの嘴を抜いたかと思うと、間髪入れずゴツゴツと硬化した長い首を薙ぐように粗暴火食鳥ローグウォーリー目掛けて振る。


 大きな風切り音を鳴らし、地面の落葉を舞わせながら振られた打擲麒麟ビートジラフの首が粗暴火食鳥ローグウォーリーの腹に直撃した瞬間、『ボキボキッ』という骨の砕けたような音と共に吹っ飛び、背中から巨木に叩きつけられ、あっという間に絶命した。


 余りに圧倒的すぎるその光景にミャオ・フェイ・カトル・ポルの四人はポカンと口を開け、粗暴火食鳥ローグウォーリーが巨木に叩きつけられた音が聞こえたのかウロの中に居た四人が出てくる。


 ウロの中から出てきた四人は、地面に横たわり絶命している粗暴火食鳥ローグウォーリーと、何事も無かったかのように枝葉を頬張り続ける打擲麒麟ビートジラフを交互に見ながら、同時に口を開いた。


「……何、あれ?」

「あれは……何ですの?」

「あれは何なのであるか?」

「奴を斬れば良いのだな?」


 打擲麒麟ビートジラフに斬り掛かろうとする虎鐵をミャオ・フェイ・カトル・ポルの四人が必死に止める中、俺はリヴィ・ヴィクトリア・へススの三人に事の顛末を説明する。


「――という訳だから、打擲麒麟ビートジラフは放置で良いぞ」

「畏まりましたわ。ですが、一度、戦ってみたいですわね」

「戦うならダンジョンにしてくれ」

「どういう意味ですの?」

「そのまんまの意味だ。打擲麒麟ビートジラフが敵として出現するダンジョンがあるからな」

「では、それまで楽しみにしていますわ」


 ヴィクトリアは手で口元を隠しながらクスクスと笑う。

 

 その後、枝葉を美味しそうに食べている打擲麒麟ビートジラフをそのままにして、ウロの中で食事を摂る事にした。


「全員、食べながらで良いから聞いてくれ」


 テントの隣に設置していたテーブルで、晩御飯を食べていた全員の視線が俺に集まったのを確認し、続ける。


「明日から本格的に北の大陸内部の探索を行う。もう言わなくともわかっていると思うが、ここ北の大陸は出現する魔物が決まっているダンジョンとは違って、様々な魔物が棲んでいる。それも、この過酷な環境下で生き残れるほど強力な、もしくは狡猾な魔物ばかりが、だ」


 先程の打擲麒麟ビートジラフ粗暴火食鳥ローグウォーリーを見ればわかるように、ここ北の大陸内部では魔物同士の殺し合いなど日常茶飯事だ。


 というのも、非常に濃い魔素の環境下でしか生きられないという設定上、海を渡って別の大陸に移り棲む事は出来ないため、この北の大陸という大きな檻の中で生き残るには相手を殺す事が我が身を守る一番の方法だからだ。


 故に、弱き者は余さず淘汰され、強き者が生き残る。


「そんな化け物共を相手にしながら、俺たちは探索をしなければならない。だからこそ、俺が知ってる限りの知識を教える。危険な魔物、危険な植物、近寄ってはいけない場所、比較的に安全な道、など。全て」


 ……とは言っても、俺の知らない事は存在している。

 現に俺の知らない星付きスキルや星付き職、アダマスドラゴンの『サウンドブレス』などが存在していたくらいだ。


 それでも……万が一、何かが起こった時に少しでも知識があるのと無いのとでは、天地ほどの差があるはずだ。



「その全てを駆使して、この北の大陸に来た目的を全て果たした後、全員無事に俺たちの家に帰るぞ」


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