百四十七話:G



 深く暗い森の中で息を殺す。


 静まり返った森の中には、俺たちを探しているのであろう熊の編人形ベアニットドールの群れの足音だけが響いていた。


 追われていた俺たちは今、隠れるには丁度良さげな巨木のウロを見つけたので、その中へ入っている。


 ソルですら入れてしまうほど大きなウロの中で、ヘススがミャオに『ハイキュア』を掛けながら足音が遠ざかっていくのを待っていると、カトルが小さく声を掛けてきた。


「タスク兄、どう? 行った?」


 外の様子を窺っていた俺が小さく頷くと、ミャオ・リヴィ・ヘスス・フェイ・カトルの五人はホッと胸を撫で下ろし、ヴィクトリアとポルは何処か残念そうにしていた。


 しばらくするとミャオの体調も良くなってきたので、俺が外の様子を見にウロの中から出ると、後ろからヴィクトリア・フェイ・カトル・ポル・虎鐵の五人がついてくる。


「俺からあんまり離れるなよ?」

「抱き着いて宜しいんですの?」

「お前は離れろ」


 半笑いでにじり寄ってくるヴィクトリアを突き放しながら辺りを見渡していると、俺の隣でポルもキョロキョロと辺りを見渡した後、プクッと頬を膨らませる。


「くらーい。ランプ付けちゃダメー?」

「ダメデスよ」

「魔物が寄ってくるってタスク兄が言ってたろ」

「そうだぞー? 特に虫種の魔物が寄って来るぞー?」


 焚きつけるように俺がそう言うと、パァーッと花が咲いたような笑顔でポルはゴソゴソと魔法鞄を漁り始めた。


「ちょッ!? タスク兄、いいの?」

「別にいいぞ。前に書いて渡した紙を持ってるか?」

「うん。この紙だよね?」

「そう、それ。ちゃんと見たか?」

「何度もポルと一緒に見たよ。だから書いてある虫の半分が北の大陸の虫っていうのはわかってるけど……」


 そう、あの時の俺は何を思ったのか、十匹ほど書いた候補のうち六匹、北の大陸に棲む虫種の魔物を書き記していた。

 今改めて思えば、契約したくて聞いてきたのに、行けもしない北の大陸の魔物を書き記すなど、愚の骨頂である。


 俺のやらかしでポルが北の大陸の魔物を除いた四匹とは契約せずに、「北の大陸に行くまで待つ」と言うかと思った。

 しかしながらポルは高難易度ダンジョンでも通用する攻撃力を誇る壊滅蜂の進化前、破壊蜂と契約する事を選んだ。

 その結果、災害蜂とかいう化け物に進化した訳だが。


 進化と言えば、テンコレ中にアダマスドラゴンの背中で何があったのかをポルに聞いてみたのだが「水晶を割ったら急に光だした」との事で、結局、進化条件は分からなかった。

 なので、せめてステータス値だけでもと思い、実際に屋敷で戦ってみたところ、災害蜂は<STR>・<VIT>・<CRI>が低く、<INT>・<RES>・<MEN>が高い、と本来の進化先である壊滅蜂とは殆どのステータスである事が分かった。


 進化条件が一番知りたかったことではあるのだが、ステータス値が分かっただけでも成果としては十分である。

 というのも、本来、災害蜂が埋めるはずだった物理火力を別の虫種の魔物に変えれば良いだけの話だからだ。


「本当にいいの?」


 だからこそ、カトルの質問の答えは――。


「もちろんだ」


 ――YESである。

 元よりピックアップしたのは俺だ。

 それに他の魔物が寄ってきたら逃げるか戦えばいい。


 許可が下りた事が嬉しかったのか、カトルはパッと笑顔になり、ポルの居た方を振り向きながら口を開く。


「良いんだって! 良かったな、ポ……ル」


 ……が、そこには既にランプを付けた状態で手に持つポルの姿と、密生する巨木の中に“黒光る何か”の姿があった。


 刹那、ポルの真横を凄い速さで“黒光る何か”が通過する。


 通過した“黒光る何か”はポルの背後に生えていた巨木に当たり、『パァン』という乾いた音と共に風穴を開けた。


 うわあ……銃弾蜚蠊バレットコックローチだ……。

 虫は虫でも、お呼びじゃない奴が来た……。


「フェイ!」

「ハイッ!」


 俺とフェイは大盾とバックラーを構えて、銃弾蜚蠊バレットコックローチを視界に入れながら『ヘビィハウル』を発動させる。


「フェイ以外はウロの中に戻れ!」

「む? 戦うならば某の出番だろう?」

「こいつは戦う云々の話じゃないんだ! とりあえ――」

「危ないデスッ!!」


 フェイは俺と虎鐵の会話を遮りながら、俺の顔目掛けて突っ込んできた銃弾蜚蠊バレットコックローチをバックラーで防ぐ。

 すると『パチッ』という何かが弾けたような音と共に、フェイのバックラーに衝突した銃弾蜚蠊バレットコックローチが粉々に四散した。


「エ?」


 フェイが驚くのは無理もない。

 ただ防御しただけで死んだように見えただろうからな。

 間違いではないが、正確に言うなら自爆特攻。


 そう、銃弾蜚蠊バレットコックローチとは自爆特攻してくるGなのだ。


「フェイ、ありがと。助かったよ」


 俺は心の底からフェイに感謝した。

 もし、あのまま俺の顔面で銃弾蜚蠊バレットコックローチが弾けたらと思うと……うん、考えるだけでもダメだわ。


「は、ハイ」


 フェイはバックラーに付着したモノを見て、銃弾蜚蠊バレットコックローチの特性を理解したのか眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。


 だが、逃亡は許さない。

 アイツと戦わせたのはこの時のためでもあるのだから。

 是非、その時の成果を見せてもらわねば。


「フェイ。簇る粘体のボス、結合粘体を覚えているか?」

「ハイ! 覚えてマス!」

「うし。じゃあ、大丈夫だな! 『パチィ』 銃弾蜚蠊バレットコックローチは、結合粘体の撃ってくる弾より少し遅いくらいだからな」


 飛んできた一匹の銃弾蜚蠊バレットコックローチを弾きながら俺がそう言うと、フェイは顔を曇らせながらボソリと呟くように言う。


「ごめんなサイ。虎鐵サンに筒を斬ってもらってマシた」


 え? マジで? 斬れたの? 銃身アレ

 IDO時代に試したことなんて無かったし、<調教師>には興味が無かったから行く機会も無いし、知らなかったわ。


 ……って、今はそんな事どうでもいい。

 今は……うん、今のフェイなら当たっても大丈夫だろ。

 もう、何匹か敵意ヘイト取っちゃってるし。


「なら、ぶっつけ本番だな?」

「エ」


 刹那、フェイに向かって一匹の銃弾蜚蠊バレットコックローチが飛んでくる。


 フェイはそちらをキッと睨み、バックラーを構えた。

 ……が、惜しくも銃弾蜚蠊バレットコックローチはバックラーのすぐ横を通り過ぎ、フェイの左肩に当たって粉々に四散する。


「大丈夫か? 『パチィ』 無理なら俺一人でやるぞ」

「やれマス。全然、痛くないデスから。でも……」


 フェイはチラッと服の左肩部分を見て、顔を顰める。

 そこには穴が開いており、穴の周りには銃弾蜚蠊バレットコックローチだったであろう残骸とシミが付いていた。

 

「服くらい気にするな。また俺が買ってやるから」

「ッ!! ハイッ!」


 気持ちは痛いほどわかる。

 勝手に飛んできて、勝手に四散するまではいいが、ダンジョンの中みたいに綺麗に霧散してくれ、と思うよな。

 魔石すら残らず、素材にならない残骸とシミだけが残る。

 本当に迷惑極まりない……IDO運営の悪意を感じる。


 そんな事を考えながら、銃弾蜚蠊バレットコックローチを二人して弾いていると、徐々にではあるがフェイも弾けるようになってきた。

 代償としてフェイの服が一着、ダメになってしまったのだが、フェイが成長できたと考えれば安い出費だろう。



 ――数分後。


 群れが全滅したのか銃弾蜚蠊バレットコックローチの自爆特攻が止んだ。


 その事に気が付いたのか、巨木のウロの中に避難していた四人に加え、ミャオ・リヴィ・ヘスス・ソルの三人と一匹が辺りを警戒しながらゾロゾロと出てくる。


 そして、ポルが開口一番――。


「あの虫、なんていうのー?」


 目を輝かせながら、そんな事を聞いてきた。


 嫌な予感がしつつも俺は「まさか、そんな訳はない」と自分の脳に言い聞かせながら答えてあげる。


「ば、銃弾蜚蠊バレットコックローチだ」


 すると満面の笑みを浮かべたポルは「バレちゃん……? コックちゃん……?」と呟き始めた。


「あのー、ポルさん?」

「ん? なにー?」

「まさかとは思いますけど……契約するつもりですか?」

「うんッ! そーだよ!」


 笑顔で答えるポルに、間髪入れず俺とフェイが叫ぶ。



「絶対にダメだッ!!」

「絶対に嫌デスッ!!」


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