百四十九話:探索開始

 


 森独特の香りと、魔物の鳴き声で目が覚める。


 俺がテントの中から這い出ると、見張り役の虎鐵の他にリヴィ・ヘスス・ヴィクトリアの三人が既に起きていた。


「おはよ。ちゃんと眠れたか?」

「……うん。」

「問題ないのである」

「ええ。それはもうぐっすりと」

「なら、良かった。虎鐵の方は何もなかったか?」

「うむ。問題ない」


 ウロの出入口に座っていた虎鐵は、抜き放っていた大太刀を鞘に収めながら、こちらへと近付いてくる。


「それで、今日は虹サワン草を採りに向かうのだったな?」

「そうだ。昨日も話したが、文献に記されている通りならここから北西に進んだ小さな泉の畔に自生しているはずだ」


 今、俺たちがいる場所は北の大陸南東部。

 虹サワン草の自生している北の大陸中央部の泉に向かうには北西方向に進んで行けば辿り着ける……はずだ。


 何故、曖昧なのかというと、未開拓地なだけあって詳しい地図が存在していないため、IDO時代の記憶を頼りに大体どの辺りなのかを頭の中で想像しているからである。


 あの野郎……文献を残すなら地図くらい書いとけよ。

 ……の名が泣くぞ。


 まあ、正確な位置がわからないのはまだ良い。

 マズいのは、空気中の魔素が濃すぎるせいでコンパスの魔道具がバグって明後日の方向を指している事だ。

 万が一迷ってしまえば、こんなヤバすぎる環境でのサバイバル生活が始まってしまう。


 面白そうだけど、今は避けなければならない。

 そのためにも出発する前にやるべき事がある。


「おい、ミャオ。起きろ」


 災害蜂を抱きしめたままスヤスヤと寝息を立てて寝ているポルの隣で、大きな欠伸をしながらミャオが上体を起こす。


「ん……。ふわぁ〜……。もう朝ッスか?」

「ああ。だから今から頼んでもいいか?」

「了解ッス」


 ミャオを起こした後、俺はウロの外に出て少し待っていると、着替え終わったミャオがウロの中から出てきた。


「お待たせッス」

「気にするな。それじゃあ、コレを頼むな」


 俺がインベントリから大きな白い布と魔物避けの魔道具を取り出してミャオに手渡すと、ミャオはウロのすぐ横から器用に巨木を登り始め、あっという間に見えなくなった。


 そう、これが出発する前にやるべき事――活動拠点ウロのある巨木の頂上に目印を付ける事である。


 あらかじめ目印として大きな白い布を巨木の頂上に括りつけていれば、万が一迷ったとしても戻ってこれるはずだ。

 無いとは思うが目印を魔物に持っていかれても困るので、魔物避けの魔道具も一緒に括りつけて貰うことにした。


 しばらく待っていると、ミャオが飛び降りてくる。

 そして着地するなり眉間に皺を寄せて俺に迫ってきた。


「……タスクさん」

「何かあったのか?」

「何かあったのか? じゃないッスよ!! アタシに嘘ついたッスね!? まだ真夜中じゃないッスか!」

「は? 起こす前に魔道具で時刻を確認したんだが?」


 あ、待てよ? これ、時計もバグってんのか。

 まあ、デフォルトでこの暗さだ。

 時刻がわかろうがわかりまいがさして変わらん。

 それよりランプ同様、魔物避けが作動してればいいけど。

 ……持っていかれないことを祈るか。


 俺は真夜中に起こされて不貞腐れているミャオに魔道具がバグっている原因と上手く作動していない事を説明する。


「そうだったッスか」

「ああ。だから悪気は無かったんだ。すまん」

「そういう事なら仕方ないッスね」

「納得してもらった序に頼みたいことがある」

「何ッスか?」

「今日の探索中、今みたいに巨木に登って進んでいる方向と大まかな時刻を確認してきてほしい」

「そのくらいならお易い御用ッスよ」


 これで時刻と方向の問題は何とかなりそうだ。

 巨木の上で邪魔が入らなければ、の話だがな。


 何も無いことを祈りながらも俺とミャオがウロの中へと戻ると、全員が起きてきており、既に探索準備を終えていた。

 なので朝食を摂った後、早速、探索に出かける事にした。



 ――数時間後。


 活動拠点であるウロを出た俺たちは、糞や痕跡を辿り魔物の縄張りに入らないよう、慎重に暗い森の中を進んでいく。

 静まり返った森の中からは、時々、魔物の上げる雄叫びや巨木がへし折れるような音が聞こえてきていた。


 そんな中、列の中央をトボトボと歩くポルが声を上げる。


「虫、いなーい!」


 能天気というか、マイペースというか、警戒心のない一言に、常に辺りを警戒し続けていたカトルがため息を零す。


「ポル、遊びに来た訳じゃないんだぞ?」

「そーだけど、何かないとつまんないよー」

「タスク兄が言ってただろ? 虹サワン草の採取が終わったらポルの虫探しを手伝ってくれるって。それまで我慢!」

「うん。頑張るー」


 やる気のになったところ悪いが……その言葉は嘘である。


 この広い北の大陸で、特定の虫を探し、契約が出来るまでそれを続けるなど、無謀を通り越して自殺行為に等しい。


 かといって、探さないとなるとポルが納得しないだろう。

 だから今回は生息している場所が決まっている奴に絞る。


 ポルが気に入ってくれるかはわからないが、丁度よく虹サワン草を採取する際に出会うことになるだろう虫が居る。

 ソイツは俺が以前ピックアップした虫の一体で、北の大陸の水中にならどこにでも生息しているので探す必要がない。


 見た目は少しアレだが、ポルなら大丈夫だろう。

 なんせG……失礼、銃弾蜚蠊と契約したがるくらいだ。

 気に入ってくれればいいんだけど。


 なんて事を考えながら歩いていると、隣を歩いていたミャオが足を止めて手を真横に伸ばし、俺たちを制止させる。


「前から何か来るッスよ」


 その一言で全員が武器を構え、ミャオの視線の先を見る。


 すると数秒も経たない内に、平べったい何かが物凄い勢いで先頭に居た俺とミャオの方へと突っ込んできた。


 俺は咄嗟に大盾を突っ込んできた平べったい何かに向けると、平べったい何かは俺の目の前でビタッと足を止め、それと同時に構えた大盾ごと俺をぶん殴ってくる。


 殴られた衝撃と共に地面を滑った俺が顔を上げると、そこには体長が二メートルほどあり、異常に硬く発達したボクシンググローブのような前脚をもつ、魔物が居た。


 ……は? 魔手田鼈イビレンスデロリ? 何故、お前がにいる?


 魔手田鼈イビレンスデロリとは本来、水中に生息しており、水辺に近付いてきた獲物を前脚で捕らえ水中に引き摺り込んで窒息させた後に捕食するか、もしくは前脚でぶん殴り撲殺してから水中にて捕食するという、常に水の中で生活するの魔物だ。


 何故、水辺のミの字も見当たらないこんな場所に魔手田鼈イビレンスデロリが居るのかはわからんが……

 虹サワン草を採取する序にお前に会いに来たんだからな。


「総員、手を出すな!」

 

 それだけ言うと、俺は魔手田鼈イビレンスデロリに向けて『チャレンジハウル』を放ち、敵意ヘイトをとりながらチラリと後ろを一瞥する。

 そこには魔手田鼈イビレンスデロリを見て、キラキラと目を輝かせながら口角を吊り上げているポルの姿があった。


 よぉし! 見た目はオッケーっぽいな。

 

「タスク兄ー? そいつってタスク兄が昨日の夜に教えてくれた魔手田鼈イビレンスデロリ? ってゆー虫だよね?」

「そうだぞ」


 食い気味に質問してくるポルに答えながら俺は、魔手田鼈イビレンスデロリの繰り出してくる発達した右前脚の殴打を大盾で弾く。


「そーだと思った! それじゃあ、この子は…………?」

「ん? いきなり黙ってどうした?」

「タスク兄。余裕そーだね?」


 ポルは眉を顰め、首を傾げながらそんな事を言ってきた。

 魔手田鼈イビレンスデロリが次々と繰り出してくる殴打を、スキルも使わずに俺が弾いているのを見ての言葉だろう。


 確かに一発一発の火力はそこまでない。

 しかし、弱いのかと言われたら、否と答える。

 というのも、魔手田鼈イビレンスデロリは水中からの奇襲や水中戦でこそ真の強さを発揮するからだ。

 加えて、それとは別にもう一つの強みがある。


 それは――。


 俺は魔手田鼈イビレンスデロリの振ってきた右前脚にタイミングを合わせて『シールドバッシュ』を発動させてパリィする。

 そして体勢を崩した魔手田鼈イビレンスデロリをその場に残し、俺はバックステップで数メートルの距離を空けた所で大盾を構えた。



「ポル、魔手田鼈イビレンスデロリの動きをよく見とけよ」


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