百四十六話:上陸



 北の大陸から飛んでくる攻撃をひたすら防ぎ続ける。


「次、右方から二つ! 左方と前方から一つだ!」


 現在、船酔いならぬ竜酔いしてしまいグロッキー状態のミャオに変わって俺が球体型ブレスの飛んできている方向を報告し、それを聞いたカトルが各々に指示を出していた。


 しかし――。


「タスク様! 前方も二つですわ!」

「主! 左方からも二つである!」


 誤報が多い。


 というのも、本来の報告役である『イーグルアイ』持ちのミャオに比べて肉眼での報告になる俺は、チラッと見えた時点で報告しないと防御自体が間に合わなくなるからだ。

 

「すまん! 何とかしてくれ!」


 俺がそれだけ言うと、二つの球体型ブレスが当たる位置にヴィクトリアは『ホーリーウォール』を、へススは『イビルウォール』を張ることで防いだ。

 その間、俺とフェイは先程と同様にソルの背中から飛び出し、右方から飛んできていた球体型ブレスを防ぐ。


 『シールドアトラクト』を発動させてソルの背中に戻ってくると、不安そうな表情を浮かべたリヴィが鱗伝いに這いながら俺の方へと近付いてきた。


「……本当に私は防御に回らなくていいの?」

「ああ。リヴィはそのままエアリアルウォールを張り続けてくれ。現状、鱗粉のデバフを食らうと人手が足りなくなる」

「……うん。……わかった。」


 リヴィは頷き、再び“フェアリーテイル”にMPを込める。


 その後も飛んでくる攻撃を俺・リヴィ・ヴィクトリア・へスス・フェイの五人で防ぎつつ、後ろではカトルとポルが支援し、ソルは順調に北の大陸へと近付いていく。



 しばらくすると、突然、北の大陸から飛んできていた球体型ブレスや空気中を漂っていた鱗粉がピタリと止んだ。

 それとほぼ同時に、遠くに薄らとしか見えていなかったはずの大陸が俺たちの前にハッキリと姿を現した。


 遠目からでも分かるほどの巨大な木が密生しており、生い茂る枝葉は射し込むはずの陽の光を遮っている。

 それ故か地面には草や花などは余り生えておらず、少し湿り気を帯びた茶色い土が剥き出しになっていた。


 ここが未開拓地――北の大陸だ。


 北の大陸を眺める六人の表情は綺麗に二分され、ヴィクトリア・カトル・ポルの三人は楽しみといった様子で笑っており、リヴィ・へスス・フェイの三人は不安そうにしている。


「ソル。あそこに着陸してくれ」


 海と大地の境目部分を指さしながら俺がそう言うと、ソルは肯定するように鳴き、翼を広げてゆっくりと着陸する。

 そして気分を悪くして寝ていたミャオと、やることが無いからと爆睡していた虎鐵を起こし、俺たちは飛び降りた。

 

 渡航中の三日間、ソルを休ませる時や寝る時などに立ち寄った浮き小島とはまた別の感覚が足裏に伝わる。

 何か変わった地面という訳では無く、至って普通の地面なのだが、全く別物のように感じた。


 は、ハハハ。

 ようやく来たぞ、北の大陸。


 自分で言うのもなんだが、死=死のこの世界で来るとか、本当に馬鹿で、本当に頭がおかしいとしか思えない。

 

 …………ああ、愉しみだ。


 と、そんな事より。


「ソル。ここまで運んでくれてありがとな」


 俺は感謝の気持ちを目一杯込めてソルの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を瞑り「グルル」と鳴く。


「また帰りも頼む事になるから、それまでは俺たちの後ろでのんびりしてて――ッ!?」


 刹那、背筋が凍り付く程の殺気を感じた。


 その場に居た全員が、殺気を感じた方へと勢い良く視線を移すと、密生した巨木の奥から体全体が桃色で20センチほどの大きさしかない“小熊のあみぐるみ”が歩いてきた。

 

「なにあれ!? かわいー!」


 歩く小熊のあみぐるみを見たポルは頬を緩ませ、他の七人は先程の殺気は気のせいだったのか? と、言いたげな表情を浮かべながら首を傾げる。


 気のせいなんかじゃない。

 控えめに言って……だ。

 よりにもよって、熊の編人形ベアニットドールかよ……。

 本当に運がない。


 ……あれ? でも、だけか? それなら……。


 俺はインベントリから大盾を取り出し『フォース・オブ・オーバーデス』を熊の編人形ベアニットドールに向けて発動させる。

 そして俺が大盾を構えた瞬間、熊の編人形ベアニットドールはピョンと飛び上がり、鈍い音と共に重たい一撃を叩き込んだ。


 今、目の前で起こった光景に驚いたのか、八人はポカンとした様子で大盾をぶん殴った熊の編人形ベアニットドールを見つめている。

 

「ボサッとするな! こいつもだ!」


 俺が叫ぶと、全員がハッとして魔法鞄を漁り出す。

 

 その間にも熊の編人形ベアニットドールは攻撃の手を止めず、チョロチョロと走り回っては、短い手足でパンチやキックを放ってくる。

 見てくれは可愛いのだが、マトモに食らえば骨にヒビが入るくらいの火力は持っているので、油断ならない。


 俺は熊の編人形ベアニットドールの振り回す短い手足にタイミングを合わせて『シールドバッシュ』でパリィすると、武器を出し終えた全員が熊の編人形ベアニットドールに攻撃を加えようとして構える。


 すまんな、熊の編人形ベアニットドール

 出来ればフィールド上の魔物は殺したくないんだが……北の大陸ではそんな甘い事を言っていられる余裕は無いし、俺たちに危害を加えようと襲ってきた奴は別なんだ。


「いいぞ!」

「了解! ミャオ姉、パワーショット! ポル、斬! デスビィ、飛針! 虎鐵兄、豪ノ型!」


 カトルの掛け声と共に、熊の編人形ベアニットドールの頭に矢と針が刺さり、胴体を糸と大太刀で斬り裂かれ、絶命した。


「あれ? 意外と弱い」

「すぐ、終わっちゃったー」

「運が良かっただけだ。熊の編人形ベアニットドールは基本的に群れで行動する。運が悪けりゃ50匹近い群れに当たる事もあるぞ」


 呆気ない幕引きで残念そうにするカトルとポルに向けてそう言うと、頭の中で想像したのかブルッと体を震わせる。

 その時、密生する巨木の方をジーッと見つめていたリヴィが、声と体を震わせながら問いかけてきた。


「……も、もし群れと、会ったらどうするの?」

「もちろん、気付かれないように逃げ……」


 リヴィも群れを想像したのかな? 程度に考えていた俺は質問に答えながら、リヴィの視線の先を見てみると、居た。


 ……群れが。

 ざっと30匹は居る。

 誰だよ……運が良かったとか言った奴。


 リヴィは俺を見ながら青褪めている。

 俺は貼り付けたような笑顔で返した。


 次の瞬間、俺は自覚出来るほど血相を変えて叫ぶ。


「逃げるぞ!」


 俺たち九人とソルは海沿いを脱兎のごとく駆け出した。

 しかし海沿いだけあって、熊の編人形ベアニットドールの視界を遮るものは何も無く、後ろからゾロゾロと追いかけて来る。


「タスクさん……アタシ、吐きそうッス」

「吐いてもいいけど、足は止めるなよ?」

「無茶言うッスね……」

「言ってる場合ですの?」

「どうするのであるか?」


 うーん……そうだなあ。

 このまま戦ってもいいんだが、ミャオが本調子じゃない上に、相手があの熊の編人形ベアニットドールなら逃げるが吉なんだよな。


 北の大陸には大きく分けて二種類の魔物が居る。

 “群れで強い魔物”と“個として強い魔物”だ。


 今、俺たちを追ってきている熊の編人形ベアニットドールは見てわかる通り“群れで強い魔物”……なのだが、群れのボスが“個として強い魔物”に分類される非常に稀なケースで、それに加えて子分である熊の編人形ベアニットドールは仲間を呼ぶスキルを持っている。

 =群れを半壊させでもしたら確実に群れのボスが来る。


 うん、撒こう。


「幸い熊の編人形ベアニットドールの<AGI>は高くないから、このまま海沿いを走ってても追いつかれることは無いだろうが、これ以上消耗するのは避けたい。あそこから森の中に突っ込むぞ!」


 先頭を走っていた俺は、全員に聞こえるようにそう言いながら立ち並ぶ巨木の間を指差し、そちらへ曲がる。



 こうして俺たちは深く暗い森へと侵入した。


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