百八話:ヴィクトリアの意思
――時は少し遡り。
タスクがベルアナ魔帝都に行ってくると転移していった。
真祖はヴノとコリントが見ていてくれるとの事だったので、私は『侵犯の塔』のメンバーから離れ、お母様の元へと足を運ぶ。
お母様はランパートお兄様との戦いの途中に、突然気を失い倒れてしまったらしく今も目を覚ましてない。
私がお母様の寝かされている場所に近付くと、お母様の隣にはランパートお兄様が座っていた。
「ランパートお兄様、お母様の御容態はどうですの?」
私がそう声をかけると、少し驚いたような表情を向けた。
だが、すぐにニコニコとした表情へと戻り口を開く。
「大丈夫だよ。気絶してるだけだから」
ランパートお兄様は私から視線を移し、お母様をジッと見つめている。
「あの、私、ヘスス様からランパートお兄様が仰った事を少しお聞きしたのですが……」
「そうか。ごめんね、ヴィクトリア。何も言えずにずっと黙っていて。不安にさせてしまったね」
「いいえ。謝らないといけないのは私の方ですわ。私、勘違いをしていましたの。ランパートお兄様やクラリスお兄様は、私が気持ち悪いから、化け物だから追放したのだとずっと思っていましたわ」
「僕やクラリスがヴィクトリアをそんな風に思ったことは一度もないよ」
「……申し訳ございません」
「謝らなくていいよ。僕たちも伝えていなかったし、ね?」
私の方を見てランパートお兄様はニコリと笑う。
「……あの。ランパートお兄様。一つ、お願いがあるのですが……」
「何だい?」
「ヘスス様からは掻い摘んでしかお話を聞き及んでおりませんわ。宜しければ全てお話しては頂けませんか?」
「いいよ。少し長くなるけど――……」
それからランパートお兄様は、十数年前の出来事を話してくれた。
お父様がお母様を説得しようとしていた事。
それを私に悟らせないように一人で説得に向かった事。
お兄様たちはその事をお父様に全て聞かされていた事。
そして、その後、お父様が殺された時の事――。
そこで少し引っ掛かった私は口を挟んだ。
「お父様の隣に、私が一人で居た……?」
「うん。僕が殺されたお父様とヴィクトリアを見つけた時、その場に居たのはヴィクトリアだけだったよ」
「嘘……。あの時、確かにお母様と真祖が居ましたわ」
「そうなんだ。僕は見てないから駆け付けるのが遅かったんだね」
「……ではランパートお兄様は、お母様の表情を……」
私が口を噤んだ事にランパートお兄様は首を傾げる。
「いえ、何でもありませんわ」
「そうかい?じゃあ続きを話すよ――……」
そう言って、先ほどの続きを話し始める。
私が国外に追放された理由。
その時、お兄様たちが私の事をどう思っていたのか。
追放された後、私を追跡していた者からの報告の内容など。
ずっと見られていたという事に少し気恥ずかしさもあったが、ランパートお兄様やクラリスお兄様が私の事をずっと想ってくれていた事がわかり、それが何よりも嬉しかった。
「――『侵犯の塔』に入った後、ヴィクトリアに笑顔が戻ったと聞いて僕はとても嬉しかった。それと同時に、僕ももっと頑張らなきゃと思えたんだ。それからの僕は今までやって来た以上に情報をかき集めた。いつの日にかエリザベート様を取り戻し、ヴィクトリアに会いに行く事を夢見てね。そんな時に円卓会議の話を貰ったんだ。僕は好機だと思ったよ。レヴェリア聖国……いや、真祖であるレオンを追っている『侵犯の塔』と協力すれば、レオンを捕らえることが出来るんじゃないかと思ってね。そして何より『侵犯の塔』に協力すればヴィクトリアと会えるかもしれないと胸躍ったものだよ。そして……こうしてまた会う事ができた。話すことが出来た……」
ランパートお兄様は、私を真っ直ぐと見つめる。
そして――。
「生きててくれてありがとう。ヴィクトリア」
優しい笑顔で、優しい声で、私に呟いた。
今までずっと忘れていた感覚。
目の奥がジーンと熱くなる。
「ヴィク――ッ!?泣いているのかい?」
「……泣いてませんわ」
「ランパート兄様、ヴィクトリアを泣かせないでください」
「だから、泣いてなどおりませんわ!!」
「……ア」
私が大声を出した時、かすかに声が聞こえた。
すると、もう一度――。
「……ヴィクトリア」
声のした方を向くと、気絶していたお母様が目を開けていた。
そして私とお母様の目が合うと、お母様はポロリと大粒の涙を流す。
その時、ズキンと頭痛がした。
なんだろう?と思っていると、お母様が口を開く。
「大きくなったわね」
「ええ。それよりも、お体の具合は大丈夫ですの?」
「もう大丈夫よ。ありがとう」
そう言ってお母様は上体を起こし、私たち三人に向けて頭を下げた。
「私に向けたランパートの言葉は全て届いていたわ。私が応えてあげられなくて、ごめんなさい。それにヴィクトリアにもひどい事を言ってしまったわね。ごめんなさい」
「気にしないでください。あの時のエリザベート様は操られていたので仕方ありませんよ」
「そうですわ。お母様に罪はありません」
「ありがとう。でも、三人には本当に辛く大変な思いを……させてしまったと思うの。……お父さんのこと……本当に……ごめんなさい……ごめんなさい……」
泣き出すお母様の顔を見て、再度頭痛がする。
そして――思い出した。
あの時のお母様の表情を。
お母様は涙を流しながら、お父様の血を啜っていた。
思い出すのと同時に、気持ちがフッと軽くなる。
私は心の奥底では、お母様の意思でお父様の血を啜っていたのではないか、と思っていた。
しかしお母様は――。
今も私の愛するお母様のままだった。
「もう謝らないでくださいませ。私たちより、お父様を自らの手で殺めてしまったお母様の方が傷付いていたのですわよね。お母様を操っていた真祖は今でも憎いですが……お母様の気持ちを考えると、どうでも良くなりましたわ」
「ありがとう……ヴィクトリア。本当に、ありがとう……」
何度も頭を下げ、お礼を言うお母様。
その姿を見て、私の中から自然と言葉が出てきた。
「お母様。私はお母様と。今度はずっと一緒に……昔のように、暮らしたいですわ」
私の言葉を聞いたお母様は困ったような顔をして答える。
「その気持ちはとても嬉しいわ。でもね、私は操られてたとはいえ、たくさんの人を殺したの。だから、その罪を償わなくてはいけない。それに――」
お母様は『侵犯の塔』のメンバーの方へと視線を向ける。
「――ヴィクトリアにはこんな所まで一緒に来てくれる素敵なお友達が居るのでしょう?私は一緒に居たいっていうヴィクトリアの言葉だけで十分。今度はあのお友達を大切にしてあげて」
……お友達……か。
私は利害関係で同行していたに過ぎない。
真祖を倒した今、私の目指す場所はもう無い。
強くなる意味も、理由も……。
私はあの輪の中にはもう戻れない。
そんな事を思っていると、ランパートお兄様が声を張り上げるように言う。
「ヴィクトリア・フォン・ハプスブルク。『侵犯の塔』のメンバーであり、魔人種でもある貴方に、グランツメア王国、国王として依頼したい。真祖が居なくなった今でも、人種の中には魔人種を直ぐに受け入れられない者も居る。貴方が魔人種の代表として、信頼出来る友たちと旅をし、貴方の活躍をもって人々に示して欲しい。魔人種は決して悪ではないと」
「……ッ!?」
突然の大声に驚いていると、私の背後から声がした。
「その依頼、引き受けた」
「タスク様!?」
「今日はもう遅いからと思って呼びに来てみれば、なに一人で良い依頼を貰ってんだ。受けるぞ。いいよな?ヴィクトリア」
「ですが――」
「お前。俺の目的にまだ付き合ってねえだろうが。利害関係って言うなら難易度十等級まで付き合え。途中退場は許さん。お前はもう
そう言ってタスクは私の肩をポンっと叩き、城の方へと歩いて行ってしまう。
すると、お母様とランパートお兄様が声を掛けてきた。
「大丈夫よ。ヴィクトリア。お父さんの子である貴方なら上手くやれるわ。自信を持ちなさい」
「依頼の件。頼んだよ、ヴィクトリア」
そう言って微笑む二人。
もう少しだけ、お付き合いしますわ。
今度は……
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