六十三話:憤怒の一撃



 ブチィッ―――。


 俺の視界の端でヴィクトリアが蔦を力任せに引き千切る。

 すると、俺に攻撃していたティタニアの動きがピタリと止まる。

 同時に鼓膜が破れるほどの叫び声を上げる。


 『ガァアアアアアアアアアアアアアアア』


 寒気。

 背中から嫌な汗が吹き出し、後ろに下がり距離をとる。

 なんだ!?


 ティタニアの顔は般若の様になり、額に青筋が浮かぶ。

 叫び終わると、地面に膝を付き足元を思いきり殴りつける。

 轟音と共に蔦の波がに広がる。


 はあ?

 ハハハ。

 無理だろ。


 近くに居たヴィクトリアはティタニアとは真逆に走り出す。

 ミャオとヴィクトリアは<AGI素早さ>が高いので大丈夫だろう。

 問題はヘススとリヴィだ。

 二人は間違いなく間に合わない。


 全方位の蔦の波の威力はどの程度だ?

 『ライフガーディアン』を使うか?

 いや無理だ、対象は一人までだ。

 仮に使えたとして、俺が多分耐えれない。

 どうする?

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ…………。


「タスクッ!!!」


 ヘススが叫び、指をさしている。

 指さす方向を横目で見ると、リヴィが居た。

 

 なるほど。

 リヴィを守れって事か……。

 ……ふざけんなよ、俺は<守護者>だぞ。

 二人共、意地でも死なすか。


 俺はリヴィに『ライフガーディアン』を発動させる。

 

 これでリヴィは先ず、大丈夫だ。

 次はヘスス、お前を守り切ってやる。

 

「行くぞオラあああああ」


 <守護者>スキル『ビットスワップ』:30秒間、自分と対象の<VIT>を入れ替える。


 発動と同時に俺に蔦の波が襲い掛かる。

 今の俺は、ヘススの<VIT生命力>であるD+しかない。

 元の<VIT生命力>A+からすれば天と地ほどの差がある。


「六程度で死ぬんでたまるか」


 『オーバーガード』発動、これで<VIT生命力>Cだ。


 <魔法騎士>スキル『グランドプロテクシールド』:盾の強度を高増加。

 ―――発動、大盾に大量のMPが持っていかれる。


 <聖騎士>スキル『イージス』:30秒間ダメージ軽減。

 ―――発動、俺の体が薄っすら発光する。


 <暗黒騎士>スキル『チェインコイル』:対象に鎖を巻き付ける。

 ―――発動、対象は俺。

 

 真っ向勝負だ―――来いや。


 次の瞬間、蔦の波が大盾を構える俺を飲み込んだ。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



「まだ追いかけてきますの?」

「喋ってないで走るッスよ」


 私とミャオは迫ってくる蔦の波から逃げていた。

 最後に見たのはタスク、リヴィ、ヘススの順に蔦の波に飲まれる姿。

 タスクは間違いなく無事だろう。

 だが、リヴィとヘススが蔦の波に飲み込まれるという時に、なぜ笑っていたのか私には理解ができなかった。


 周りが見えていなかった?

 タスクに限ってその可能性は無いだろう。

 だが、ティタニアが全方向に蔦の波を放った時、タスクはその攻撃を見た事がないような表情をした。

 焦っていた?

 それなら何故、笑っていられる?

 わからない。

 そもそも私が蔦を千切ったから、蔦の波が来た。

 私がリヴィとヘススを殺してしまった。


 『ラスト・ステージ』の効果が切れ、私は減速する。

 リヴィのバフも消え、戻った私の<AGI素早さ>はCなので、<AGI素早さ>がSであるミャオには追いつけず、距離が離れていく。

 するとミャオが減速し、私と並走する。


「ミャオ様?いかがしましたの?」

「特に理由は無いッスよ」


 ミャオは曇った表情をしている。

 私と同じで三人が蔦の波に飲まれる所を見ていたのだろう。


「申し訳ございません」

「なんで謝るッスか?」

「私が殺したも同然で―――」

「死んでないッス!タスクさんはアタシたちに言ったッスよ。俺が生きてる以上、死なせないって!」


 ミャオは激しい剣幕で声を荒げ、私の言葉を遮る。


「そうですわね」


 私は思ってもいない返事をする。

 死なせないなんて不可能。

 タスクの硬さは身をもって知っている。

 だけど、ヘススやリヴィがあの蔦の波に耐えられるとは思えない。

 一度リヴィの傷を肩代わりしていたようなスキルを使ったが、二人を対象に出来るとは限らない。

 出来たとしてもリヴィ一人であの傷。

 ヘススの分まで肩代わりするとしたらタスク自身が死ぬ。


 ―――誰かは死んだ。


 一分程、走った所で蔦の波は止まり、消えていく。

 ミャオは踵を返すと「先に行くッス」とだけ言い残し、駆けて行った。

 一人になった私は走りながら呟く。

 

「残念ですわ……」


 タスクに付いて行くと決め、一週間ほどが経った。

 私に力をくれると約束したタスクが『いにしえの皇城』で死にかけた時は心底怒りが湧いてきたが、この一週間は久々に楽しかった。

 こんな混じりものの私に奇異の目を向けてくる者はおらず、それどころか積極的に関わろうとしてくれた。

 そんな人たちを亡くしてしまう。

 そう思うと自然と言葉が零れてしまった。

 走ってるうちに戦っていた場所が近付いてくる。

 

「嘘…………」


 立っている―――。

 タスクが、リヴィが、ヘススまでも。

 幻覚?

 ここは『幻惑の花畑』。

 私は幻覚を見ている……。


「ヴィクトリアァ!ボサッと立ってねえで働けえ!」


 全身から血を飛び散らせながら、大盾でティタニアの攻撃を弾きながらタスクが叫ぶ。

 ティタニアの後方からはミャオが弓を引絞り、頭部に矢をクリーンヒットさせている。

 服がボロボロになっているヘススは、タスクに『ハイヒール』を掛け続けているあたり無事だったのだろう。


「……お願いします。……倒してください。」 


 立ち尽くす私の隣に来たリヴィに外傷はなく、本型の武器を開くと私にバフを掛ける。

 本を握る小さなリヴィの手は小刻みに震えていた。


「お任せください」


 そう言った時、リヴィが微笑む。

 初めて見たリヴィの笑顔。

 本当に幻覚を見せられているのかもしれない。

 だけど、幻覚でもいい。

 

 私は駆け出すと同時に『ファスト・ステージ』を掛け加速する。

 タスクが私に気付いたのか、ティタニアの拳を弾き飛ばし体勢を崩させる。

 私は拳を強く握り『マグナム・メドゥラ』をティタニアの背に叩きこむ。

 地面から数十センチ浮き上がったティタニアの頭部に、ミャオの矢が飛来し突き刺さる。


 『キャアアアアアアアアアアアアアアアア』


 吠えるティタニア。


 私に来い―――来い!!


 着地した、ティタニアの足元から生えた蔦の波は私の方向とミャオの方向へと伸びてくる。

 『セカン・ステージ』発動、と同時にリヴィが『スピード・バフ』を掛ける。


「遅いですわ」


 危なげなく躱す。


 既に、私とミャオは攻撃できる態勢に入っていた。

 私はミャオを一瞥すると、弦音が鳴る。

 放たれた矢がティタニアの背後から、肩を貫通していく。

 その衝撃で前屈みになったティタニアの頭部にタスクの『パワーバッシュ』が叩き込まれ、後ろ向きに仰け反る。


 <戦士>スキル『ラッシュアタック』:対象スキルの発動回数を一回増加。

 発動、対象は『マグナム・メドゥラ』。

 これでリキャストタイム無しで二発撃てる。


 左拳でティタニアの背に『マグナム・メドゥラ』を叩き込む。

 先ほどと同じで、ティタニアの体が若干浮く。

 同時に飛び上がり『サード・ステージ』を発動。

 

「チェックメイトですわ」


 『マグナム・メドゥラ』―――発動。

 ティタニアの頬に右拳がクリーンヒットし、吹っ飛び、何度か地面をバウンドする。


 地面に倒れて動かなくなったティタニアは―――



 魔石と小瓶へと姿を変えた。


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