五十話:星降る夜



 ようやく亀竜を一匹屠った。

 首筋や手足の付け根には複数の矢が埋没し、体中から魔素が溢れ出している。

 三十分程、死と隣り合わせで戦い続けたので、さすがの俺も息が上がっていた。


「アー。疲れた」


 ミャオとリヴィが俺の方を見て驚いたような顔をする。

 なんでだよ。

 俺も疲れるんだぞ?


「私が揉み解して差し上げますわよ?」

「余裕あるなヴィクトリア。次いくか?」


 俺とヴィクトリアの会話にミャオとリヴィが断固として抗議をする。

 その間にヘススは亀竜の魔石と素材を回収してくれていた。


 亀竜は視界に映っているだけでも七頭いる。

 そのどれもが俺たちを敵とすら思っていないことが救いだった。

 一斉に襲って来られでもすれば今の俺たちは潰されて終わる。

 その可能性も考えてはいたが、そうなった場合は撤退戦になるだけだ。


「休憩したら、次の亀竜引っ張ってくる。準備しといてくれ」


 全員が頷き、地面に座りこみ数分の休憩をとる。

 治癒ポーションを飲み、軽い食事も終わらせた後、次の亀竜に『チャレンジハウル』を放ち、草原まで引っ張ってから戦闘を開始する。


 

 視界に映っていた七匹を討伐し終えた頃には、日も暮れて夜の帳が下りていた。

 だが、最悪な事に俺たちの視界には十匹以上の亀竜が今尚、映っている。


 これは無理だろ?

 ミャオは疲れ果てて大の字で寝てる。

 リヴィは女の子座りで舟漕いでるし。

 ヘススも珍しく座ってるよ。

 唯一、立ってるヴィクトリアに話しかける。


「疲れてないのか?」

「いいえ。地面に座るのが嫌なだけですわ」


 一度撤退するかな。

 そう思った時だった―――


 『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ』


 視界の端で砂煙が上がり轟音がした。

 ミャオとリヴィは音にビックリして飛び上がり、ヘススも立ち上がる。

 既に立っていた俺とヴィクトリア視線は一方向に集中していた。


 『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ』

 亀竜を次々と降り注ぐ隕石が直撃する。

 

 は……?


 『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ』

 その度、亀竜の体の至る所に風穴があく。

 


 なんで……?


 『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ』

 魔素が漏れ出した亀竜は絶命していく。

 

 隕石が亀竜に降り注ぐ轟音の中、俺の思考だけが加速する。


 嘘だろ?

 違う。

 そんなはずない。

 あり得ない。

 あの魔法は。

 

 アイツだけの魔法だ。


 『ブツン』


 何かが切れる音がした。



 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ 



「ねぇ!私達でさ!クラン設立しない?」



 全てはその一言から始まった―――



 三年前にサービスを開始した、フルダイブ型のMMORPG。

 《Infinite Dungeon Online》の中で出会った五人の仲間。

 

 毎日のようにログインし、レベル上げや素材集めに出かけてはログアウトの繰り返し。

 そのうち、互いにログインを合わせるようになり、少しでも長い時間をみんなで遊べるようにしていた。

 そんな俺たち五人のメインキャラクターは勿論、最上位職のレベル100だ。

 それだけでなく、それぞれが最上位の生産職をサブキャラクターとして持っており、勿論レベルは100まで上げていた。

 

 ある日、夏季限定のイベントダンジョンが出現した。

 五人の内の一人が「挑もうよ!」と言い始め、俺たちはイベントダンジョンに挑むことにした。

 三年間の集大成を出し切り、俺たちはイベントダンジョンを最速踏破した。


 イベントダンジョンは実装当時、最高難易度だった『星降る丘の宮殿』という八等級ダンジョン。

 そのダンジョンを最速踏破者の特別報酬として運営から一巻のスクロールが送られてきた。


 

 <天体属性魔法☆>。


 

 唯一無二の、星付きユニーク<能力スペル>スクロール。

 全員が喜んだし、泣いたし、笑った。

 俺たちが『一番』に輝いた証。


 このスクロールをどうするかという話になり、『星降る丘の宮殿』のボス部屋で考えていた。

 当時、最高火力を叩き出しており最上位魔法職だった一人の少女にスポットが当たる。 


「これは※※※が覚えなよ。<INT>馬鹿みたいに高いだろ?武器も特化してるし」

「せやな!それがええと思うわ!でもソレ覚えても一撃やったら※※※にも負けへんでェ?」

「お姉ェ、回復するウチの事も考えてくれへん?あ、※※※が覚えるんはウチも賛成や」 

「俺もそれでいいゾ~」


 俺含む四人から言われた少女は顎に手を置き、「うーんうーん」と唸っている。

 

「ありがたいんだけど、みんなで使いたいなぁ……。そうだっ!」


 しばらく黙り込んでいた彼女は満面の笑みで全員の前に立ち両手を広げながら言葉を発する。

 

「ねぇ!私達でさ!クラン設立しない?」


 毎日一緒に居る五人。

 これまで、一度もクラン設立など考えたことが無かった。

 元々パーティの上限は五人なので事は足りていた。


「天体属性魔法はさ!みんなの力になるために使いたいんだよ!それにずーっと考えてた事だったの!サブキャラも加入させてさ!どうかな?」

「いいんじゃね?まぁ、俺はいつもと変わんないと思うけどな」

「せやな。タスクと同意見やわ。でも、ええと思うわ」

「ウチもええと思ってるけど、お姉はいらへんのとちゃう?」

「俺も入るゾ~」


 殆ど、即決だった。

 俺たちは『星降る丘の宮殿』のボス部屋。

 どこを見ても夜空が見える。

 この星降る光景を忘れない意味も込めて。

 そして、<天体属性魔法☆>からも繋がる名。



 『流レ星』



 その日、俺たちはクランを結成した。



 だが、それも――― 



 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ 



 俺の顔を見て近付いてくる四人。

 何か言っているようだが全く聞こえない。


 今、考えられる事はただ一つ。


「ア?あそこか」


 俺の視線が一つの『城』を捉える。

 同時にインベントリから一巻のスクロールを取り出す。


「タスクさん!?何する気ッスか!?」

「……タスクさん!?どこ行くの!?」

「主!?」

「タスク様ッ!?」


 近付いていた四人は俺の出した物に気付く。


「転移、いにしえの皇城」


 一瞬で視界が変わる。

 俺の目の前には聳え立つ城。

 大きな門は開け放たれ中からは吐きそうなほど濃い魔素が漂っている。


 確信した。

 ダンジョンに戻っている。

 だが、アイツが居るならココしかない。

 

 あれ、なんで来たんだ?

 分からない。

 会いに来た?

 違うな。

 未練……でもない。

 あぁ、そうか。

 怒りか。


 門を潜り、城まで一直線に伸びたアプローチを歩く。

 玄関、両開きの豪奢な扉の前まで来た時に気付いた。

 敵意ヘイトに。


 そりゃ、そうだな。

 俺が捨てた場所だ。

 拒まれて当然だ。


 両扉を押し込む。


 開いた扉の向こうで一瞬、何かが動いた。

 咄嗟に構えたが、大盾は木端微塵に砕け散る。

 大盾を貫通した『腕』は俺の体に届く。


 嘲嗤う、深淵悪魔アビスデーモン


 俺の体が宙を舞った。

 背中からアプローチに着地し、大の字に倒れる。

 空には星が煌々と輝いていた。


 

 くそっ……。


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