十九話:五頭大蛇(下)

 


 さあ、反撃開始だ。


 俺は大盾を両腕でしっかりと支え、突進してくる一本の首をパリィせずに真正面から受け止めた。

 地面の泥でズルズルと足を滑らせながらも吹っ飛ばされないように踏ん張り、追い打ちの泥ブレスもしっかりと大盾で受ける。


 その間、リヴィとミャオは突進してきた方の首に攻撃を仕掛けていた。


 <風属性魔法>スキル『カットウインド』:鋭利な風の刃を飛ばす。


 ――発動。

 風の刃が突進していた方の首に傷を付ける。

 それと同時にミャオが素早く近付き短剣を振り下ろした。


 <短剣術>スキル『コンパクトスラッシュ』:素早い動きで切りつける。


 ――発動。

 リヴィの付けた傷口に滑り込ませるように短剣を突き立てそのまま横に薙ぐ。

 すると傷口をさらに深くまで傷付けられたアタッカー首は魔素を漏らしながら呻吟していた。


 ダンジョン内の魔物に傷を付けると血の代わりに体を構成している魔素が漏れ出す。

 というのもダンジョン内の魔物は実際に生きているわけではなく、ダンジョンの魔力でダンジョン内の魔素が固められて作られたものでしかないのだ。


 ミャオとリヴィは自分たちが傷をつけた場所を見て、ようやく傷が治っていないことに気付いたのか、お互いに顔を見合わせ微笑みあう。

 そして一目見ればわかるほどテンションを上げながらミャオは駆け出した。


 おいおい。

 あんまりはしゃぐと危ないぞ。


 <守護者>スキル『ポジションスワップ』:自分と対象の位置を入れ替える。


 ――発動。

 刹那、俺とミャオの居た場所が入れ替わり、大盾で泥ブレスを受け止める。


 ミャオは一瞬何が起こったかわかっていなかったが、自分の位置と俺の位置を見て察したのか、くしゃっと顔を顰め、瞳を潤ませると、その場にペタンと座りこんだ。


 恐らくテンションの上がったミャオは周りが見えて無かったのだろう。

 俺を目掛けて泥ブレスを吐こうとしているアタッカー首の前を横切ろうとしてしまったのだ。


 油断、ダメ、絶対。

 ダンジョンでは一回の油断で簡単に命を落とす。


 ただでさえミャオは<VIT生命力>がD-に<RES抵抗力>がD-と防御面においては最低値だ。

 そんなミャオが土砂の混じった<土属性魔法>である泥のブレスを食らえばどうなるかなど言うまでもないだろう。

 ……怖かったろうな。


 その後、俺が攻撃を受けとめ続け、リヴィが攻撃する事十数分――突進をしてきていたアタッカー首が地面に倒れ伏す。


 ……まずは一匹。


 しかし泥ブレスを吐いていたアタッカー首はようやく邪魔が居なくなったと言わんばかりに途絶えることなく泥ブレスを俺目掛けて吐き続ける。


 相方が居なくなって動きやすくなるなんて相性悪いんじゃないか?

 もっと連携力を鍛えなおせ馬鹿たれが。


 <魔法騎士>スキル『シールドアトラクト』:盾の場所に自分を引き寄せる。


 <重騎士>スキル『パワーバッシュ』:強殴打する。


 ――同時発動。

 泥ブレスを放っている首の真横に大盾をぶん投げ『シールドアトラクト』で素早くし、『パワーバッシュ』でアタッカー首の頭をぶん殴った。

 するとゴツンという鈍い音と共にアタッカー首は真横に倒れピクピクと痙攣している。


 うし、ちゃんとスタンしたな。


 IDOにはプレイヤーに公開されていない隠しステータスが存在した。

 その中の一つがスタン値と呼ばれる、相手をスタンさせるための値が数値化されたもので、そのスタン値をためていき、設定された数値に達することで相手はスタンする。


 この泥ブレスを吐いてる首は物理攻撃をしてくる首に比べスタンするまでの数値が低い。

 なのでリヴィが攻撃する隙を作るためにはスタンさせるのが一番手っ取り早いのだ。


 泥ブレスが止まった事でアタッカー首に俺とリヴィの二人で一気に猛攻をかける。

 ブレスを吐き出していたアタッカー首はスタンしたまま起き上がることは無かった。


 ……これで二匹。


 残すはタンク首とバッファー首とヒーラー首だな。

 今の五頭大蛇ハイドラに攻撃手段はほとんど無い。


 次は――お前だ。


 俺は大盾を構えながら残す三本の首の方へと駆け出し『チャレンジハウル』を放ち、敵意ヘイトを維持する。

 次いで『チェインゲザー』を発動させ、三本の鎖を伸ばした。


 しかし伸びた鎖の一本がヒーラー首に届きそうな所でタンク首に邪魔され、結局釣れたのはタンク首とバッファー首の二体だけで、俺の近くに引き寄せられたのはバッファー首のみ。


 というのも『チェインゲザー』は<STR>依存だ。

 俺の<STR>ではタンク首は引っ張れない。

 しかーし、それで問題ない。

 狙っていたのは元よりバッファー首だ。


 鎖に引っ張られるのを耐えているタンク首の隣でバッファー首がズルズルと俺の前まで引き摺られてくる。


 いらっしゃーい。


 俺は『パワーバッシュ』でバッファー首の横っ面をぶん殴る。

 その後ろではリヴィが<風属性魔法>スキルを使い攻撃していた。

 そのまま十分もかからずバッファー首は沈黙。


 ……これで三匹。

 後は楽だな。


 タンク首を四人がかりでも倒せなかった理由は簡単だ。

 ただでさえ固い鱗に防御力の上がる強化スキルの他に、ダメージを軽減スキルまで掛けられていれば倒すことは余程の高火力でもない限りは無理だろう。


 だがバッファー首を倒した今、そのスキルは解けた。


「チェックメイトだ」


 ミャオを除く四人でタンク首をタコ殴りにする。

 ずっと相手をしていてイラついていたのかゼムが青筋を浮かべ「オラァ!」と叫びながらぶん殴っていた。


 数分後――タンク首の後にヒーラー首も倒れ、五頭大蛇ハイドラの首が一気に霧散し始める。


 そして土の大魔石と素材を残し姿を消した。

 同時に空洞の中央に魔方陣が現れる。


 俺が魔石と素材を拾っていると、ミャオが肩を落としながら重い足取りで近付いてきた。


「……ごめんなさいッス」


 ミャオは目を潤ませながら頭を下げる。

 気にする事は無いんだけどなあと俺が頭を掻いただけで、ミャオはビクッと肩を竦めた。


 刹那、ミャオの足元にポロリと雫が落ちる。


 うーん。

 真面目に行くか。


「まず顔を上げろ。話はそれからだ」

「はいッス」

「うし。じゃあ、三つだけ。一つ目、お疲れ」

「……クビって事ッスか?」

「アホか! 違うわ! 抜けんなって言っただろうが」


 その言葉を聞いたミャオは少し嬉しそうに頷く。


「二つ目、これも最初に言ったことだが、もう一度言うぞ? 俺が生きてる以上は絶対に誰一人死なせない。だから好きに動き回れ。もしそれで間違ってた時はちゃんと注意してやる」


 ミャオは半泣きで頷く。


「んで最後、謝る相手が違う」

「へ?」

「ミャオ、お前、俺しか見てなかったのか? リヴィがどんだけお前を心配してたことか。顔を真っ青にして半泣きになりながらもお前が戦えなくなったからって一人で頑張ってくれてたんだぞ? 礼なり謝罪なりは俺よりリヴィが先だろ。言いたい事はそれだけだ」


 ミャオはゆっくりとリヴィの方を向く。

 二人の目が合うとリヴィはスッと俯き、目を逸らした。


 ……が、俺からはリヴィが耳まで真っ赤にしてプルプルと震えているのが見えている。

 なんかというか、バラしてすまん。


「リヴィ……心配かけてごめんなさいッス」


 ミャオはリヴィに近付き、腰元に抱き着きながら謝る。


「……ううん。……無事でよかった。」


 それにリヴィはミャオの頭を撫でながら応えた。


「少し見直したわい」


 俺が遠巻きに二人を見ていたらゼムがそんなことを言ってくる。


「俺は言いたいことを言ったまでだ。そういや、ボス素材の五頭大蛇ハイドラの体鱗がドロップしてたぞ」

「なッ!? そ、それを、ど、どうするんじゃ?」


 ゼムとの会話が聞こえていたのか全員が目を剥いて驚く。


「うーん。魔石と一緒にギルドで売るかな」

「ギルドで売るんじゃったらオークションに出さんか?」

「なんで?」

「ボスの素材なんぞ滅多に出ん。じゃからギルドで売るより高値で売れるんじゃ」

「そっか。じゃあ、ゼムに任せるわ。オークションとかよくわかんねえし」


 ゼムはため息を吐きながらも了承してくれた。

 俺たちは魔法陣に乗り、野営地まで戻ってくると四人は片付け始めようとする。


「え? 何やってんの? 周回するけど」

「「「「……」」」」



 俺は全員に睨まれた。


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