十八話:五頭大蛇(上)

 


「ハア……ハア……」


 全員が肩で息をする。


 加えてミャオは地面に大の字で寝転がっており、リヴィは座りこんだままどこか遠くを見ていた。

 その隣ではへススとゼムが革水筒を傾け中身の水を喉を鳴らして飲んでいる。


 そんな俺たちは蛇人間スネークマンは全滅させていた。


 中庭には集めるのも億劫なほど土の魔石と素材が散乱している。


「お疲れさん」

「お疲れ」

「怪我はないのか?」


 ゼムは心配そうな表情を浮かべて俺に近付いてきながら体をジロジロと見てくる。

 新調したミスリル製の軽鎧で覆っている場所以外の至る所に穴が開き素肌が見えていたからだ。


「無いぞ。<VIT>と<RES>と<MEN>の三つを上げてるからな。余程の相手じゃない限り俺は貫けんよ」

「そうか。ならいいんじゃが」


 そう言うゼムの表情が安堵へと変わる。


 心配してくれるのは嬉しいが、まだまだこの程度の難易度のダンジョンなど屁でもない……のだが、肩で息をしている今言っても説得力は皆無だな。

 もっと体力つけよ。


 その後、休憩も終わり全員でドロップ品を拾っていく。

 すると初のレアドロップである蛇人間スネークマンの魔核が一つだけ落ちていた。


 魔核とは武器や防具にあるスロットと呼ばれる場所に埋め込む事で真価を発揮するアイテムだ。

 効果は全く使えない物からとてつもなく強力な物まであり、強力な物となると高難易度ダンジョンのボスの魔核がその殆どを占めている。


 今回ドロップした蛇人間スネークマンの魔核? うん、控えめに言ってゴミだね。


 因みにだが俺は少ないけど高難易度ダンジョンのボスの魔核を幾つか持っていたりする。


 なのでゼムが鍛冶王キング・スミスになってみんなの主武器を作り始めたら、それぞれに合った高難易度ダンジョンのボスの魔核を渡す、もしくは取りに行くつもりだ。

 まあ、まだまだ先の話ではあるのだが今から楽しみすぎて仕方がない。


「これで最後じゃな」

「ありがと。ほんと拾うだけでも一苦労だな」


 ドロップ品の回収を終えた俺たちは中庭の奥、蛇人間スネークマンの大群が出てきていた通路へと歩を進めた。


 『蟒蛇うわばみの塔』内部は中庭を囲むようにして広い通路が続いていて、その途中にある階段を上がってまた広い通路を一周し、その途中にある階段を上がるといった構造となっている。


 俺は塔を上っている途中で思わず笑ってしまった。

 何故かと言えば、蛇人間スネークマンと遭遇する事無く最上階に着いてしまったからだ。


 どうやら魔呼笛の音は最上階まで響いていたらしい。


 俺以外の四人が武器を構えながら警戒するようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 しかし最上階には壁や天井すら無く、それどころかボスの姿やボス部屋自体見当たらない。


 それもそのはず。

 ここ『蟒蛇うわばみの塔』のボス部屋はにある。


 地中とは言っても『蟒蛇うわばみの塔』の真下なのか、将又、全く別の場所なのか、そもそもこの世界に存在しているのかすらわからない。


 そんな場所へどうやって行くのか。

 最上階の地面に描かれている魔法陣である。


 余談だが、基本的にダンジョン内の壁や扉などのオブジェクトは掘れないし壊せない仕様になっている。

 そのためたとえ『蟒蛇の塔』のボス部屋がこの塔の真下にあったとしても掘って行くことは出来ない。


 あくまで壊せなかったのはIDOの時だけで、この世界では壊せるかもと思い一応『なげきの納骨堂のうこつどう』で確認してみたがやはりダメだった。

 出来ることならボス部屋まで直通の穴を掘ろうかと思ったのに。


「ちょっといいか?」


 俺はボス部屋に続く魔法陣の前まで来ると足を止め、四人の方を振り返る。


「今回はボスの情報を少しだけ伝えとく」

「なんでじゃ? ワシらからすればありがたいが、ましらの穴倉で敵の動きをよく観察して動けと言ったのはお前さんじゃろ?」

「そうだな。だから情報とは言っても攻撃モーションとかを教えるつもりはない」


 ゼムは眉を顰め、訝しげに俺を見る。


「じゃあ、何を教えてくれるんじゃ?」

「今から戦うのは魔物戦であり、対人戦だということだ」


 俺の言葉を聞いた四人は完全に的を得ていない様子。

 だがそれでいい。


「それじゃあ、行こうか」

「いやいや! 待つッスよ! 申し訳ないッスけどよくわかんなかったッス! もう少し詳しく教えてほしいッス」


 ミャオの言葉に他の三人が頷く。


「教えなくとも行けば分かるさ」


 俺はポカンとする四人を置いて魔方陣に入った。

 仕方ないとゼムは大きくため息を吐いた後に首を横に振り、ヘススは無表情のまま着いてくる。

 その二人に続いてミャオとリヴィは難しい表情を浮かべながら魔法陣に乗った。


 全員が揃ったところで魔方陣が光だし、視界が一瞬にして切り替わる。


 そこはゴツゴツとした岩肌の壁や天井に囲まれた広く大きな空洞で地面だけは泥でぬかるんでおり柔らかい。

 俺たちが侵入してきたからなのか壁や天井から剥き出しになった鉱石が不気味に輝き出し、中央に居るそれを照らす。


 胴体の部分が地面に埋まり、長い首が地面から生えているように見える巨大な五体の蛇。


 うち四体は細く美しい鱗を纏っているのに比べ、一体だけは太く固そうな鱗がゴツゴツとしている。

 その五体の目玉が一斉にギョロリと動き、縦長の瞳孔が俺たちを睨み威嚇した。


 こいつが『蟒蛇うわばみの塔』のボス―― 五頭大蛇ハイドラだ。


 俺は泥を跳ねながら駆け出し、五体を視界に入れながら『チャレンジハウル』を放つ。

 すると細い四本の首は向きを変え俺を見ると、うち二本がズルズルと地面を這いながら迫ってきた。


 俺が『オートカウンター』を発動するころには二つの首は目の前まできており、一つの首が俺を目掛けて突進攻撃を、そしてもう一つの首は大きく息を吸い込んだ。


 それと同時に後ろに控えていた首の一本が「シャー」と鳴くと俺の目の前に居た首二本が淡く発光する。


 俺の『チャレンジハウル』を受けてなお振り向かなかった太い一本の首は背後を取りに走っていったゼム・ミャオ・リヴィ・ヘススの前に陣取り淡く光っていた。


 魔物戦であり対人戦。


 そう、この五頭大蛇ハイドラは一つのなのだ。


 四人の前に居る敵意ヘイト無視の太い首がタンク、俺の目の前に居る二本の首がアタッカー、後ろで鳴いた一本の首がバッファー、そして――。


「この太いの、傷が回復してるッスよ!!」

「嘘じゃろ!? 厄介じゃな!!」


 太い首に守られるように中央で動かない一本の首はヒーラーなのだ。


 俺は突進してきた首を『シールドバッシュ』でパリィすると、大きく息を吸い込んだ首が逆側から泥のブレスを吐いてくる。

 『シールドバッシュ』直後の俺はガードが間に合わず、ブレスが直撃した。


「タスクさん!?」

「タスクッ!」


 向こうでミャオとゼムが叫んでいるのが聞こえる。


 高い<RES抵抗力>のおかげで致命傷はおろか出血すらしていないが泥の中に石が混じっているのかチクチクするし、服がボロボロに破れていた。


 丈夫な服を買わないとだめだねコレ。

 いくつ替えがあっても足りない。

 いっそ裸に軽鎧でも……良くないな。

 絵ずらが汚いわ。


 俺は大丈夫だということを示すようミャオたちに向かって軽く手を挙げると安堵の表情を浮かべる。


 さーて、頑張りますか。


 俺は『チャレンジハウル』と『オートカウンター』をリキャストタイムが空ける度に発動させ、突進してくる首だけを『シールドバッシュ』でパリィし続ける。

 もう一本の首が同時に吐いてくる泥ブレスは無視して肉体のみで耐え続けた。


 その間も五頭大蛇ハイドラのバッファー首は絶えず鳴き続けており、俺の前に居る二本の首とミャオたちの前に居る太い首を強化する。


 そのまま戦局動かず――戦い始めて十数分が経った頃。


 ……ようやく来たか。


 俺が突進してきた一本の首を『シールドバッシュ』で弾き飛ばすと側方から<風属性魔法>が直撃した後、首を<短剣術>で切り裂いた人影?が見えた。

 チラリと一瞥するとリヴィが俺の後ろに立っており、ミャオが俺の横に駆けてくる。


 逆側では真ん中で動かないヒーラー首を目掛けて<闇属性魔法>を放ち、それを庇うようにタンク首が左右に動いている姿とタンク首を殴りつけるゼムの姿が見えた。


 十数分で気付いたか。

 正解だ。


 ヒーラー首は、タンク首回復できない。

 だからこそ、アタッカーを二分して各個撃破していくのが五頭大蛇ハイドラ戦のセオリーだ。


「タスクさん! 持ち場を離れて申し訳ないッス! でも多分、アタシらじゃあの太いの倒せないッス!」

「……ごめんなさい。」


 あー、うん。

 気付いてないみたいだな。

 まあ、いいか。


 俺は二人が謝ってくるのを横目に突進しててきたアタッカー首を『シールドバッシュ』でパリィした。

 相も変わらず泥ブレスは直撃する。


「謝る必要はない。ミャオ、リヴィ。まずはこの首から殺るぞ」


 そう言いながら突進してきた首を再度パリィする。



「はいッス!」

「……はい!」


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