二話:状況確認
目が覚めても景色は変わらなかった。
玉座の間にある天窓から朝日が差し込んでいる。
どうやら寝落ちでは無かったようだ。
これからどうしよ。
いや、マジで。
ログアウト出来ないどころか、現実世界の見た目、嗅覚、味覚がアップデートされた。
うん、どう考えてもここが現実になってるよね。
ゆっくりと玉座から立ち上がった俺は、先ず現状確認をすることにした。
広い玉座の間で体を動かしてみる。
すると現実世界の見た目ではあるが、現実世界よりもスムーズに体が動くことがわかった。
どうやらステータスの数値通りの動きができるようだ。
ハハハ。
これはいい!
めちゃくちゃ体が軽い。
次にスキルを使ってみる。
試しに<
同時にMP残量やリキャストタイムを感じる。
リキャストタイムとは、次にそのスキルが使用可能になるまでにかかる時間の事で、本来ならMPバーと一緒に表示されていたもの。
それが感覚でわかるとは。
なんと素晴らしい事か!
ゲーム時代に欲しかった……この機能。
次にインベントリ。
昨日の夜に少し触ったが、ゲーム時代と同じ仕様になっているようで、思考するだけで操作する事が出来た。
アイテムの出し入れや使用はもちろん、装備の着脱なども可能のようだ。
出来なかったら立ち上がれずに詰んでたな、なんて事を思いながら、アイテム一覧を眺めていると現状のレベル1で装備できる武器や防具は持っていなかった。
そりゃそうか。
要らなくなった物は処分する、もしくはクランホームにある倉庫に保管しないと、インベントリ内を圧迫してしまう。
課金で増やしてはいたが、インベントリの容量は無限ではないのだ。
その後、インベントリ内を全て確認し終わると同時に俺は歓喜の声を上げた。
幸いな事にゲーム時代に集めたお金やアイテムなどはリセットされず、全てそのまま残っていたのだ。
俺は自分で断言出来るほどの収集家で、レアアイテムや限定アイテムには目がない。
リセットされてたら泣いてた自信があるね。
本当に残っててくれてありがとう。
こうして現状確認も終わった所で、一つの問題が発生している。
腹が減った。
だが、食べ物を持っていない。
なぜなら、ゲーム時代に腹が減るなんて事はなく、食べ物類などインベントリ内に入れていないからだ。
ポーションならあるが、勿体ない病が発症している。
本来の使い道でなら迷いなく飲むのだが、腹が減ったという理由では飲みたくない。
それに加えて味がわからん。
不味かったら最悪だ。
しかし、外に出るにしても一つの問題がある。
それは、城内を徘徊している魔物の事だ。
今の俺は、ゲーム時代と姿が違う。
レベル95前後の魔物に攻撃されたら、レベル1の俺は確実に死ぬ。
味覚や嗅覚と一緒に痛覚までアップデートされている可能性が無いとは言いきれない。
ハハハ。
詰んでね?
しばらく考えた結果――餓死するくらいなら、出てみる事にした。
城内に出現する魔物は
殺されるとすれば一瞬の事だろうし、死んでもゲーム時代と同じようにリスポーンできるかもしれないと考えたのだ。
俺は玉座の間の出入り口である、豪奢な両開き扉に手をかけ、力を込める。
すると、ギギギッと蝶番が金属音を鳴らしながら開いた扉の先には、四階へと続く薄暗い下り階段があった。
俺は軽快な足取りで階段を降りていく。
すると、徐々に降りた先の風景が見えてきた。
そこは大きな円形の広間。
天井は高く、優に十メートルはある。
そして部屋の中央には、俺が予想していた通りの“ソレ”は居た。
『いにしえの皇城』四階層ボス、蠅の王“ベルゼヴ”。
ベルゼヴと俺の目が合う。
刹那、直感した。
死んだ、と。
しかし、ベルゼヴは俺と目を合わせたまま動かない。
……ん? 襲ってくる気はないのか?
そう思った俺はスタスタと歩く。
すると、そのままベルゼヴの横を素通りできてしまった。
それだけではなく、ベルゼヴの部屋を出た後も廊下で徘徊している魔物とすれ違ったが、一向に襲ってこない。
どうやらここは、未だにクランホーム仕様のままだったようで、姿が変わってもクランマスターだった俺は攻撃されないみたいで良かった。
その後も順調に降り進み、玄関ホールまでやってきた俺は目の前に広がる光景に目を疑った。
それを言い表すなら、凄惨の一言しか出ない。
壁は血で赤黒く染まり、元の原型がわからない肉塊がそこら中に散らばっていたのだ。
しかし、バラバラになった金属片や折れた剣が落ちているあたり原型は容易に想像できる。
リスポーンできるかもしれないなど甘かった。
半信半疑だったが確信した。
ここは現実だ。
ゲームなら死体が残るなど有り得ない。
=死んだらそこで終わり。
……だが不思議と恐怖心は抱かなかった。
元の世界では、生きているのか死んでいるのか、よくわからないような毎日を送ってきた。
それ故に思ってしまう。
この世界なら“生きてる実感”を味わえそうだと。
凄惨な光景の中、口角が吊り上がる。
その後、『いにしえの皇城』の敷地外に出た俺はインベントリから一巻の巻物を取り出した。
これは、スクロールと呼ばれるもので、いろいろな効果を持ったスクロールが存在する。
例えば、今手に持っている物は転移スクロールといって、行き先を指定すると、その場へ一瞬で転移出来るという優れ物だ。
俺は早速、スクロールを開いて文言を唱える。
「転移、王都シャンドラ」
声と共に、目の前の風景が一瞬で森から大きな街の見える草原へと変わった。
遠目だが、大きな街を囲む壁にある門の前には数台の馬車が止まり、検問を受けている光景が見える。
そこへ向かってトコトコと歩き、列に並んでいること数十分、俺の番が回ってきた。
すると、いきなり武装した衛兵の男が怒ったような表情で俺を見ながら怒鳴ってくる。
「ッ!? そこのお前! なんて格好してるんだ!」
は? 格好?
俺は視線を下に落とす。
ピッチリしたインナー。
膝下までしかないスパッツ。
革のブーツ。
忘れてた。
初期装備だったわ俺。
「一張羅なんだよ」
咄嗟に捻り出した俺の言葉に、衛兵の男は哀れみの目を向けてくる。
その目、やめろ。
そういえば、並んでる時から見られてたな。
チラチラ見てないで誰か言ってくれても良くね?
まあ、服持ってないんですけどね。
「身分を証明するものは……ないよな?」
「ないな」
「身分証がない場合、通行料がかかるが……あるのか?」
「お金は持ってるよ」
「はあ? 運の良い奴だな、お前。今度からは追い剥ぎに気を付けろよ?」
追い剥ぎにあったと思われた。
まあ、いいや。
「それじゃあ、あそこの魔道具に手を翳してくれ」
衛兵の男が指した先には、人の頭部ほどの綺麗な水晶玉が置いてある。
それに手を翳してみるが特に何も反応はなく、ポカンとしていると「通って良し」と言われ、街の中へと入る事が出来た。
反応しない方が正しいのかよ。
普通、光るだろ。
などと思っていたが一瞬で吹っ飛んだ。
IDOと変わらない王都の風景。
どこか、懐かしく感じる。
そして何故か、感動した。
しばらくの間、感極まっていると周りがヒソヒソとし始めた事でハッと我に返った。
俺は気を取り直し、街中を歩き出す。
ここ王都シャンドラを転移先に選んだ理由は、大まかに分けて四つだ。
・一番近い王都がシャンドラだったから。
・大きな
・美味い店での腹ごしらえと、大きな市場で買い物がしたかったから。
・レベル1でもそこそこ良い武器や防具が揃いそうだったから。
とりあえず、腹ごしらえの前に着る物を買わねば。
通行人や馬車を運転している御者からチラチラと見られて仕方がない。
恥ずかしいが我慢だ。
装備で王都シャンドラといえば“あそこ”かなあ。
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