三話:ゼム

 


 大通りから外れた裏路地。


 俺はマンホールを持ち上げ、梯子を降りていく。

 降りきった先は下水道――ではなく、木製扉が一枚あるだけの小さな空間が広がっていた。


「あん?」


 扉を開けてすぐ右手、カウンターの奥からドスの利いた低い声がする。

 声のした方に視線を向けると、小柄だが筋肉質な腕を持ち、口の周りから胸元まである固そうな顎髭を三つ編みして垂らした男が居た。



 IDO時代の序盤から中盤までお世話になる武具店の店主――亜人種、ドワーフ族の“ゼム”だ。



「客……か?」

「ああ。装備を買いに来た」

「そうか。それにしてもお前さん、なんて格好してやがる」

「気にするな。とりあえず見ていいか?」

「好きにしろ」


 ゼムはカウンターに頬杖を突きながら返事をする。

 それを聞いた俺は<鑑定>スキルを使い、レベル1でも装備できそうな物を探した。


「この四つを貰う。いくら?」

「……? お前さん、効果わかっとるのか?」

「もちろん」


 一応、俺が一番最初に行こうと思っているダンジョンに合わせて選んだつもりだ。


「お前さん、職は?」

守護者ガーディアン

守護者ガーディアン? って何じゃ?」

「騎士の最上位職だけど」


 そう言うとゼムは訝しげに俺を睨む。


 もしかして守護者ガーディアンを知らない?

 結構メジャーな最上位職のはずなんだが。

 こいつ、本当にゼムか?

 背格好はまんまだけど別人……は、さすがに無いか。

 うーん、何か違和感を感じる。


「レベルはいくつなんじゃ?」

「1だけど」

「はあ!? 最上位職だの、レベル1だの、もしかしてお前さん、ワシを馬鹿にしとるのか?」

「馬鹿にしてるつもりはないけど。てかお前も最上位職の鍛冶王キング・スミスだろ」

鍛冶王キング・スミス? とはなんじゃ? ワシは鍛冶師スミスじゃ」


 絶句した。


 と、同時に違和感の正体に気付く。

 ゼムは守護者ガーディアンを知らないんじゃない。

 最上位職、そのものを知らないのだ。


 今思えば店内を<鑑定>スキルで見てまわった時、上位職や最上位職の装備品は一つとして置いていなかった。


 てっきり俺は店の奥などに保管しているものだとばかり思っていたので、その時は何も感じなかった。

 それに、IDO時代の売買はゼムに話しかける事で自動的に開くウィンドウで行う。


 だからこそ、この違和感に気付けなかった。


「少し聞きたいんだがいいか?」



 それから、俺とゼムはしばらく話し込んだ。


 俺のステータスウィンドウを見せ、上位職や最上位職の説明を一からしていく。

 すると、納得してくれたのかゼムはこの世界についての事を真剣に話してくれた。


 要約すると、この世界では十歳になった時に神殿へ行き、天啓を授かる事でステータスウィンドウの職業欄が無職ノービスから新たな職業へと変わるらしい。

 その殆どが下位職らしいのだが、生まれ育った環境に左右されたり、生まれ持った才能に左右され、初めから上位職を授かった例も稀にあるそうだ。


 しかし、鍛冶師スミス調薬師ファーマシストなど、生産を生業とする者たちの中で上位職を授かった者は誰一人としていないと言った。

 そして、最上位職を授かった者もいない、と言うか聞いた事もないのだそうだ。


 余談だが、この世界では授かった職業通りの仕事を絶対にしないといけない訳ではない。

 そのため、剣士の職業を持つ者がパン屋さんを営んでいたりするんだとか。

 かわいいな。



 ゼムから職業の話を聞いた俺は一つの疑問が浮かぶ。


「下位職のレベル上限は50、上位職でもレベル上限は75だ。どうやって難易度六等級以上のダンジョンを攻略してんだ?」

「難易度六等級以上のダンジョンなんかいける訳ないじゃろ。冒険者ギルドの有名なクランやパーティでも難易度五等級がいいとこじゃ」


 これは、聞き捨てならないことを聞いた。

 だとすれば――。


「……ヴァレン帝都は?」


 ヴァレン帝都とはヴァレン帝国の帝都で、IDO時代イベントで街中にダンジョンが突如出現した。

 街を囲む壁にある門がダンジョンの入口となっており、街の中央にある城内にボス部屋が存在する巨大な街型のダンジョンである。


「亡んだ」


 まあ、だろうな。

 そのダンジョンは難易度八等級であり、ヴァレン帝都内全土でレベル80前後の魔物がポップする仕様だから当たり前か。


 さーて、どうしようか。

 この後、冒険者シーカーギルドで情報を集めようと思っていたのだが、ゼムから聞いた話によればIDO時代とは冒険者シーカーの質があまりにも違いすぎる。

 パーティメンバーを集めようにも下位職ばかりときたもんだ。


 そんな事を考えていると、ゼムが顎髭を撫でながら口を開く。


「お前さん、さっきの話は嘘じゃないんじゃよな?」


 ん? どの話の事だ?

 まさか、まだ俺が最上位職だと信じてないのか?


「ステータス見せただろ? 俺は最上位職で、今は1だが100まで上がる」

「そうじゃな……」


 そう小さく呟くと、ゼムは顔を伏せてしまう。


 ……よし、決めた。


 俺はこの世界で生きている実感を味わいたい。

 行ったことのないダンジョンに行ったり、まだ見た事のないフィールドを見たり、と愉しみ事がたくさんある。


 下位職しかいないのなら――。


 俺はカウンターの上、ゼムの前に二巻のスクロールを置く。


「……これはなんじゃ?」

鍛冶職人マスター・スミス鍛冶王キング・スミス昇格プロモスクロールだ。鍛冶師スミスのレベルを上限まで上げて、このスクロールを使用すれば鍛冶職人マスター・スミスに昇格できる。鍛冶王キング・スミスも同じ要領だ」


 昇格スクロールとは、下位職から上位職、上位職から最上位職に上がるために必要なアイテムだ。

 ただし、自分の職業ツリーの物以外を使っても効果が無く、鍛冶師スミスツリーであるゼムが騎士ナイトツリーの上位職昇格スクロールを使っても昇格が出来ないというわけだ。


 ゼムは目を見開き口をポカンと開け放心している。

 なので、俺は言葉を続けた。


「俺は腕の良い鍛冶王キング・スミスに欲しかったんだ。最上位職が存在してないのなら一から育て上げれば問題ない。自分で言うのも何だが、俺は収集家でね。昇格スクロールは各種、色々と持ってんだよ」

「……本気なのか?」

「優秀な人材をこんな所で腐らせとくのは勿体ないだろ? それに断言できる。お前はいずれこの世界で一番腕の良い鍛冶王キング・スミスになる。最悪、死ぬかもしれんが俺についてこないか?」


 IDO時代のゼムは、ただのNPCだった。


 だが今は違う。

 この世界に生きる一人のドワーフだ。


 IDO時代のゼムのステータスは知っている。

 間違いなく優秀だ。

 そんな人材を逃がしてたまるか。


 自分でも口角が吊り上がったのがわかる。

 不敵な笑みを浮かべているであろう俺と目が合うと、ゼムは大きく口をあけ豪快に笑った。


「はっはっは! わかったわい。お前さんについていく。そういえば、まだ名前を直接聞いとらんかったな」

「俺はタスクだ。よろしく」

「ワシはゼムじゃ」


 右手を差し出してきたゼムの手を握り返し、握手を交わす。


「そうだ、一応ステータス見せて貰ってもいいか?」

「おう、いいぞ」


――――――――――――――――――――――――

<名前>ゼム

<レベル>23/50

<種族>ドワーフ

<性別>男

<職業>鍛冶師


<STR>C-:50

<VIT>D:0

<INT>D-:0

<RES>D:0

<MEN>D:0

<AGI>D-:0

<DEX>D-:0

<CRI>D-:0

<TEC>B-:150

<LUK>D-:0

残りポイント:30


【スキル】

下位:<鍛冶師><槌術><鑑定>

――――――――――――――――――――――――


 鍛冶師スミスだけあって<TEC技術>にポイントを振っているようだ。

 というのも、物作りで主に必要なのは<DEX器用さ><TEC技術><LUK幸運>の三つ。


 しかし、昇格する際に割り振っているポイントはリセットされるので、今からは<STR>にポイント振ってもらって<槌術>の威力を上げれば、レベル上げのダンジョン周回において問題ないだろう。



 ハハハ。

 愉しくなってきた。


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