06 β

 車に戻ったら、彼が助手席に座ってて。


 そして、彼の腕に抱かれながら、殺される。


 そう思いながら戻ってきたのに、車内には誰もいなかった。


 かわりに、無線の呼び出し音。


「こちらベータ」


『裏口と上は、俺の担当だった』


 彼の声。声色に、少し、苛立ちを感じる。


「もうしわけありません。つい手が」


 今夜は、私だけを殺してほしかった。あんなわるい奴は、私の体を綺麗にするのにちょうどいい。


『よくやった。おまえのおかげで、町がひとつ、救われたぞ』


 無線の先。なぜか、残念そうな、声。あんなわるい奴を撃った銃で、私を殺すのか。


「ありがとう」


 私に、生きる意味をくれて。さあ。私を殺しに来て。私は、綺麗なまま。あなたに殺される。


「三年目だね」


『ああ。そうだな』


 私も、もう用済みだね。出かかった言葉を、かろうじて呑み込んだ。


 自意識過剰かもしれない。


 彼が、私を殺しに来てくれて。彼に抱かれながら、死ぬ。そう、彼が言ったわけではなかった。私が、そう思っているだけ。もう三年も経った。彼は、私が一人で死ぬのを、待っていたのかもしれない。今日、この任務で。


 生き残ってしまったし、わるい奴は、撃ってしまった。


 無線の先。無言。私の声を、待っている。


 私から、行ったほうが、いいのかもしれない。


『ちょっと待っててね』


 やっぱり、最後は。


 彼の腕の中で死にたい。

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