勇者と間違えたお詫びに神様からエリクサーを貰ったので、余命3ヶ月の大嫌いな幼馴染みを救ったら人生変わった

蘭童凛々

第1話

 



「余命3ヶ月らしいわ」



 そう告げたのは、幼馴染みの母親。

 親しみを込めておばさんと呼び、俺も小さい頃からよくお世話になった。


 そのおばさんの顔を見ると、先程まで号泣していた事が分かる程、目を真っ赤に腫らせていた。



「…‥そう……ですか」



 俺は何と声を掛けたらいいのか分からず、空返事をする。


 当たり前だろう。

 我が子が余命宣告をされた直後の母親に、即座に適切な言葉が思い浮かぶ、そんな人間がこの世に何人いるだろうか。

 少なくとも、俺には無理だ。


 目を合わせる事すら怖くて出来ない。



「だから…せめて…あの子の残り少ない人生は…幸せだと思える時間を過ごして…ほしいの」



 涙を堪え途切れ途切れながらも、しかし力強い意志が込められた言葉に、俺は反射的に頷いて同意する。



「だから、どうか協力してもらえないかしら」



「ええ、俺に出来る事なら」



「ありがとう。本当に」



 即答した俺は俯いていた顔を上げ、視線をほんの少しだけおばさんに合わせると、おばさんは強張った表情を少しだけ和らげ、微笑んだ。


 俺はその表情に、出来る事なら何でもしてあげたいと思った。



 出来る事があるなら、だけど。




 ◇◇◇




 俺はおばさんに連れられ、幼馴染みの病室へと赴いた。


 赴いたのだが



「出てって!」 



 それが俺を見た幼馴染みの、開口一番の言葉だった。



「ちょ、ちょっと、美香!?あ、あなたが心配でお見舞いにきてくれたのよ?」



 おばさんは余程予想外の反応だったのか、慌てふためいている。



「私は頼んでないわ!それにもうすぐ死ぬかもしれないって時に、こんな奴の顔なんて見たくない!」 


「な、何でなの?あんなにいつも仲良かったのに……」


「こいつと私は仲良くなんかない!こんな奴大嫌い!気持ち悪い!いいから早く出てってよ!」



 おばさんは心底驚いた表情で固まっていた。



「おばさん、こういう事なのでお見舞いとかは出来ないと思います。でも、俺は俺に出来る事で協力しますから」


「え、ええ。今日のところはそうしてもらおうかしら。美香もまだ不安定なだけだと思うから」



 おばさんはそう言うが、そうじゃない。


 俺達は元々、こういう関係だったから。



「2度と来ないで!」



 そんな捨て台詞のような言葉を吐かれ、俺は追い出されるように病室を出て行く。




 ◇◇◇




 今の関係になったのは、いつからだっただろうか。 



 帰り道を歩きながら、そんな事を考える。


 俺と|幼馴染みーーー坂巻美香さかまき みかーーーは、小学校までは仲の良い関係だった。

 毎日のようにあいつの家にお邪魔して遊んで、夕食を一緒に、というところまでが小学生である俺の毎日のルーティンだった。


 中学に上がってからだろうか。

 あいつの俺に対する見方が変わったのは。

 いや、俺自身、幼馴染みの見方が変わった頃でもある。


 今思えば、俺が変わったから、あいつも変わったのかもしれない。



 その頃の俺は、少しずつ女性に興味を持ち始め、周りの女子の事も明確に異性として意識し始めていた。

 そして、何気なくあいつをそういう目で見た時に、思ってしまった。


 幼馴染みは、誰よりも可愛いく、そして綺麗だ。


 その事に気づいてから、俺は今までのように接する事が出来なくなった。

 一緒に居てもどこか上の空で、ふとしたあいつの仕草で興奮し、一緒行動する時間が長い事を学校の男子から嫉妬されまくる事に優越感を覚えた。


 俺は異性として、魅力的な女性として幼馴染みを見てしまった。 


 だが、その頃に俺が気付いて意識し出したというだけで、あいつは昔から可愛いかったのだろう。

 小学生の頃からよくモテていたし、近所でも可愛いと評判だった。


 だからこそ視線を浴びる事の多い幼馴染みは、俺の下心に、変化に、気付いたのかもしれない。



 俺の変化に合わせるように、あいつも変わった。



 一緒に行動する事を拒否するようになった。

 風当たりが強くなり、話しかけると罵倒されるようになった。

 目線が合うだけで気持ち悪がられるようになった。

 周りに俺の悪評を広げるようになった。


 そして、俺は孤立した。


 学校では絶大な信頼と人気を誇る幼馴染みから嫌われた。

 周りの連中が俺を見捨てるのには、それだけで充分だった。


 最初は居ない者として扱われていたが、次第にエスカレートしていき、イジメに変わった。

 エスカレーター式の学校に通っていた為、高校1年になった現在でも、俺はイジメを受けている。


 あいつは直接的にイジメに参加する事はないが、イジメに遭っている俺を見て、いつも楽しそうに笑っている。



「はあ」



 家に着き自室に入り、俺はすぐにベッドに直行した。

 今日の疲れを吐き出すようにため息が漏れる。



「……ふふ」



 ため息の直後に、そんな小さい笑い声をあげた。

 1人ベッドで笑い声など気持ち悪いかもしれない。


 だが、今日ばかりは仕方のない事だ。



「あいつ死ぬのか。はっ、ざまあみろ」



 俺は幼馴染みが心底憎かった。大嫌いだった。


 確かに、変わったのは俺からかもしれない。

 気持ち悪い視線を向けた事もあるかもしれない。

 今までは家族のような関係だったのに、いきなり異性として意識されたら誰でも戸惑うのかもしれない。



 だが、何故それで、それだけでイジメられなければいけない?



 イジメを先導したのはあいつではないのかもしれないが、間違いなく俺の悪評を流したあいつが発端だ。


 そして、いつも傍らでイジメを受ける俺を見下し、嘲笑っている。


 俺は、もうあいつをそういう目で見る事はない。

 あいつを異性としての意識も既になくなっている。


 だが、あいつは変わらなかった。

 今でも俺を心底嫌っているのが分かる。


 だから、俺もあいつが心底嫌いだ。


 そんな嫌いで嫌いで、大嫌いな幼馴染みが、あと3ヶ月で死ぬのだ。

 これを喜ばない、そんな人間がこの世に何人いる?


 少なくとも、俺は心の底から喜んだ。



「ああ、今日は久々に気持ち良く寝れそうだ」



 俺はイジメを受けるようになって初めて、穏やかな眠りについた。




 ◇◇◇




「ん?ここ、どこだ?」



 おかしい。

 俺は久々に気持ちよく寝た筈なのに、見知らぬ天井ならぬ、見知らぬ空間にいるではないか。



「ようこそ、神木愛斗かみき あいと様。お待ちしておりました」



 そして見知らぬ美女。

 そして、見て分かる。

 只の美女でない。

 神々しさが全体から溢れ出ていた。


 そんな美女が、俺の名前を知っていて、待っていたと言う。


 こ、これはもしや……。



「驚かれるのも無理は「貴方は女神様ですか!」……は、はい。そうですが、よく分かりましたね」



 分かりますとも!ええ、それはもうばっちりと!

 女神様は驚いた表情を浮かべるが、今はそれどころではない。



「と、という事は、お、俺は、俺が、それで、呼ばれた、理由を」



 極度の興奮状態で、最早何を言っているのか自分でも分からない。



「ふふ、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ」



 興奮しまくった俺を見て、女神様は緊張しているのだと勘違いしているようだ。



「理由はですね。貴方に勇者として異世界に転生してもらう為に、此処にお呼びしました」


「よーーーーーーーーーーしゃぁぁぁぁっ!!!!」


「ひぃっ!」



 よっしゃぁぁ!キターーっ!!

 転生!勇者!俺が!



「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


「ひゃぁっ!」



 ああ、今なら分かる。

 俺はこの時の為に生まれ、今日まで辛い日々を耐えて生きてきたんだな。

 本当に辛かったが、今を思えば全て許せる気がする。

 幼馴染みですらも。


 ちくしょう、喜びで自然と涙が溢れてくるぜ。



「ひっく。うぅぅ。ひっく」


「ええ!?今度は泣くの!?」



 そして気がつくと、俺のあまりの情緒の不安定さに、女神様が怯えた様子で顔が引き攣っているではないか。

 それに女神キャラまで崩壊しかけている。


 いけないいけない。

 今は落ち着かなければ。



「それで女神様。この勇者神木、何をすれば宜しいでしょうか?」


「さっきまでの無かった事にしてる!?それに速攻で勇者面!?な、何かこの人、すごい……」



 俺の変わり様に驚く様子の女神様。

 だが、すぐに気を取り直した様子で口を開く。



「え、ええとですね。貴方には勇者として魔物や魔法が存在する世界に転生して貰って、魔王を倒して頂きたいのです」



 ふむ、魔王倒す系の異世界転生か。



「強制では無いですが、どうか、お願い出来ま「この勇者神木!喜んでお引き受け致します!」ひぃっ!もう嫌だぁ…お家かえりたいよぉ…」



 ずいっと近寄り至近距離で叫んでしまい、女神様が悲鳴を上げて、今にも泣き出しそうになる。


 申し訳ないが、仕方ないではないか。


 異世界転生。

 ラノベをこよなく愛す者なら誰しもが憧れる言葉だろう。

 俺自身、ネット小説が大好きで、その中でも特に、異世界に転生した者が無双しハーレムを作るという話が大好物であるのだ。


 いつもイジメに遭った後の憂鬱な気分で帰宅した後は、そんな物語をネットで読み漁って妄想しまくって現実逃避していた。


 だが、今はそれが現実に起こっているのだ。



 あぁ、また泣きそう。



「と、とにかく。お引き受けして頂けるという事で嬉しく思います!付きましては、私の加護とスキルの付与をさせて頂き「ちょっーーと、待って下さい女神様!」ひゃぁっ!もう、今度はなによ!何なのよ、もう!」


「な、なんだ?……天使?」



 女神様の言葉を遮ったのは俺ではなく、天使のような姿の女性だった。

 背中には白く美しい翼が生えている。



「あ、はい。私は天使です。って、じゃなくて!女神様、この人違います!」


「え?」

「はい?」



 俺と女神様の声が重なる。



「だから、人違いなんです。勇者として転生して頂きちいのは神野アキト様という方で!この人は違うんです」


「…………」



 俺と女神様の時が止まる。



 そして



「「えぇぇぇぇぇぇぇっ!」」



 2人して同時に叫んだ。


 って、ちょっと待って。



「と、という事は、転生は?勇者は?チートは?」


「え、ええっと、てへっ。ないみたいです!」



 可愛らしく誤魔化す女神様。

 満面の笑顔で。



「う、嘘だろ!?ふ、ふざけんな!俺も転生させてくれぇぇぇっ!」


「ご、ごめんなさい!でも、転生させられるのは100年に1人なんです。貴方は転生させられません。ですが御安心ください!責任持って前の世界へ送り届けますから!」


「嫌だぁぁ!俺は戻らないぃぃ!」


「ぎゃぁー!ひ、引っ付かないでぇぇっ!」



 冗談じゃない!

 また、あの地獄のような日々を過ごす事になるなんて絶対嫌だ。


 まだ、転生の話を聞く前なら耐えられた。

 だが、その話を聞いてしまったらもう耐えられない。

 天国がある事を知り、あともう少しでそこへ行けるという所で再び地獄に叩き落とされるんだ。


 天国を知らずに地獄を生きていた時の方が何億倍もマシだった。



 なので俺は女神様にしがみ付いてでもこの機会、絶対に逃すわけにはいかない!



「お願いだから転生させて下さい!それまで離れませんから!」


「だ、だから無理なんですよ!お願いだから離れてぇ!」



 そして翌日。



「お、お願い、だから!異世界に、転生、させろぉ!」


「い、いい加減、諦めてぇ、下さい。む、無理なんだってばぁ!」



 2日後。



「はぁ、はぁ、ぜ、絶対、元の、世界に、戻らない、ぞぉぉ、はぁ、はぁ」


「はぁ、はぁ、も、もう許してぇぇ。お、お家に、帰らせてぇぇ、はぁ、はぁ」



 そして、3日後。



「ぜぇ、ひゅぅ、ぜぇ……い、異世界、転生、チート……ぜぇ、ひゅぅ……勇者、ハーレム……ぜぇ、ぜぇ」


「ぜぇ、ぜぇ……プリン、ケーキ、お家、帰って、マカロン、エクレア……ひゅぅ、ぜぇ」




「あの、お二人ともいつまでやってるつもりですか」


「!?」



 ぜぇ、ぜぇ……びっくりした。そ、そういえば天使様、ずっと、居たんだった……ひゅぅ。



「て、天使ちゃん、だ、だったら、どうにかしてよぉ……ぜぇ。こ、この子、離すの、手伝ってぇぇぇ……ひゅぅ」


「ぜぇ……お、俺は、絶対……ひゅぅ……離れない、ぞぉ……ぜぇ」


「はぁ、では、こういうのはどうでしょうか。貴方にはお詫びとして地球には存在しない物を差し上げましょう」 


「ぜぇ……そ、それは、チート、か?……ひゅぅ」 


「はい、地球では有り得ない効果を持つ、まさしくチートアイテムです。なので取り敢えず女神様から離れて頂けませんか?」



 俺はそこまで言われて、やっと女神様から離れる。



「はぁ、やっと解放されたよぉ」



 取り敢えず、お互い息を整える

 そして女神様は目に大粒の涙を溜めて、解放された喜びで肩を震わしている。



「それで、そのチートアイテムとは何なんだ?」



 元の場所には死ぬ程戻りたくないが、チートを貰えるなら一考の余地はある。

 帰りたくない要因はあの地獄のような日々を、再び送りたくないからであって、それを打開する事ができるのなら戻るのも有りかもしれない。


 なにせ、俺は現代チート無双系も大好物だからな!



「はい、では、これを」


「?これは?」



 天使は何やら懐から小さな小瓶を取り出して、俺に手渡してきた。


 ……なんか、紫色の液体が入っていている。これは毒か?



「これは、エリクサー。飲むとあらゆる病気や怪我が一瞬で治る万能薬です。どうです?まさしく、チートアイテムでしょう」


「うんうん、こんな良いもの貰えるなんて、すぐに地球に帰りたくなるね!」



 天使様は自信ありげの様子で説明をし、それに対し女神様は、遠回しに早く帰れと言ってくる。



 それに対して俺は



「ふっざけんなぁぁ!こんな物で納得できるか!」


「えぇぇ!!なんで!?」



 こちとら、昔から病気どころか滅多な事では風ひとつ引かない健康優良体なんだ!

 それにこれじゃチート無双出来ないじゃないか!



「チートよこせ!強力なスキルとか、身体能力向上させるとか!それまで帰らないからな!」



 そう言って俺は再び抱き着こうと女神様に飛びつく。



「女神様、すぐに転移させて!今のうちに」


「え、あ、転移!」


「え?」




 ◇◇◇




「ひっぐ、うっ、えっぐ」



 俺はベットの上で号泣していた。

 夢かと思った。

 だが、手には天使に待たされたエリクサーに握っていた。

 ということは、あれは夢では無かったのだ。


 そして、ここはなんの変哲もない見慣れた場所。

 俺の部屋だ。


 俺はその事に絶望した。



「せっかく、夢のハーレム生活が送れると思ったのにぃ……地獄の日々から抜け出せるチャンスだったのにぃ……うぅっ」



 元の場所に戻ってきてしまった。

 幼馴染も、俺を虐めるクラスメイトも存在するこの場所に。


 それは今日からまた辛く苦しい日々を送り続けなければならないということ。

 その事実に、俺はしばらく大声で泣き喚いた。



「うぅ、こんなもの」



 しばらく泣き喚いて若干スッキリした気がするが、手に持ったエリクサーを見ると再び気持ちが沈んでいく。


 こんなものは、すぐに叩き割ってやる!

 俺はエリクサーを床に叩きつけようと腕を振り上げる。



「うぅぅ。何故美香なんだ。俺が代われたら!」


「ん?」



 外から何やら泣き喚く声が聞こえて来る。

 勿論、俺ではない。


 俺は気になってカーテンを開き、開けっ放しになっていた窓を覗く。

 泣き声の正体は隣の家からだった。

 そこには、家の庭でへたり込んでいる見知った顔があった。


 俺は家を出ると、行けないとは思いつつも勝手に隣の家の門を潜り、庭まで入る。



「……おじさん」



 そこには、幼馴染の父親が居た。



「あ、ああ、愛斗くんか。はは、情けない所見られたな」


「そんな事、ないです」


「ん?……そうか、愛斗くんも泣いてくれていたのか」



 俺の顔を見ると、病気の幼馴染の事を思って泣いていると勘違いしたのだろう。

 少し嬉しげな、そして悔しげな顔をしていた。



「本当に情けないよな。娘が苦しんでいるのに何も出来ない」


「……」


「こんな事、愛斗くんに言うのは間違ってるだろうが、何で美香なんだろうな。……俺が代われたらどんなによかったか」


「……」



 俺は何も言えなかった。

 そして、俯くとまだ手に持っていたエリクサーが目に入る。


 病室で目を腫らし、酷くやつれた顔のおばさんが思い浮かぶ。




 ……俺は幼馴染のあいつの事が嫌いだ。心底憎い。

 だけど、2人の事は大好きだった。


 幼い日の事を思い出す。

 おばさんは、俺が怪我をすると我が子の様に心配して手当てしてくれた。

 おじさんは、俺を連れて釣りに連れてってくれた。


 いつも俺とあいつが馬鹿やって、それを叱るように、けれど優しい顔付きで見守ってくれていた2人の姿。



「……」




『美香は目に入れても痛くない程可愛いが、俺は息子もほしかったんだ。だから、俺達の子供同然の愛斗くんが美香と仲良くしてくれて、本当に嬉しいんだ』


『ふふ、あら、そのうち本当に義息子になるかもしれませんよ?』


『な、なに!?そ、それは、流石にまだ早いんじゃないか?い、いや、愛斗くんなら大歓迎なんだが』


『あらまぁ、あなたったら、そんなに慌てて。冗談ですよ』





『美香ね、愛斗くんと一緒に居るようになって凄く楽しそうなのよ。本当にありがとう』


『愛斗くん、これからも美香と仲良くしてやってほしい。そうすれば、俺達はいつまでも安心だ』



 いつの日か、2人に言われた言葉。

 それは果たされなかった。俺達の仲は崩壊した。


 あいつの所為じゃない。俺の所為で。

 先に関係を変えてしまったのは俺だから。



 俺は、幼馴染が嫌いだ。憎んでいる。

 だけど、2人には笑っていてほしい。



 だから、これは約束を果たせなかった罪滅ぼしだ。



 俺は決意し、おじさんに言う。



「大丈夫ですよ」


「え?」


「あいつは助かりますから」





 ◇◇◇




 私は後3ヶ月の命らしい。


 医者にそう宣告された時、私は頭が真っ白になった。

 自分がもうすぐ死ぬ何て考えた事もなかった。


 私が何か悪い事をしたのだろうか。

 いや、心当たりは1つだけあった。


 そして1人の男の子の顔が思い浮かぶ。



 私には幼馴染が居る。


 幼い頃はとても仲が良くて、いつも一緒に居た。

 当時のあいつはやんちゃで悪戯好きで、でもとても心優しかった。

 逆に当時の私は大人しい性格で引っ込み思案な所があった。


 だから、いつもあいつが私の手を引っ張り、一緒になって馬鹿みたいな事をするのが大好きだった。


 常に周りに注目され期待の目を向けられ、それに応えることに必死だった私は、あいつの側に居る時だけは素の私でいられた。

 あいつも、あいつだけは優等生の仮面を被った私ではなく、素の私を見てくれていた。


 だがそれが、その関係が変わったのはいつからだろうか。


 最初に変わったのはあいつからだった。

 中学に上がってすぐくらいに、あいつの変化に気づいた。


 他の男子達が私に接するような態度になった。

 下心が丸わかりの視線を向けるようになった。

 私が側に居ると優越感に浸り、周りを見下すような目をするようになった。


 悲しかった。

 あいつだけはいつも変わらず素の私を見続けてくれると、勝手に思っていた。

 他の男子達とあいつは違うと、ずっと思っていた。


 あいつも同じだった。

 下心だけで寄ってくる有象無象と。


 それを理解した時に、私はあいつに落胆し、怒りと嫌悪を覚えた。

 他の男なら適当に話して軽くあしらう事が出来ても、あいつの昔を知っている分、許せなかった。

 近寄られる事さえ拒否反応が出るようになった。


 これ以上、見損ないたくなかった。


 だからあいつが近寄ってきたら罵倒を浴びせるようになった。

 私に近づけないように、あいつの悪評を流して周りを味方にした。

 視界にすら入って欲しくなかった。


 そうしている内に、あいつは近寄ってこなくなったが、予想外な事も起こり始めた。


 あいつはイジメを受けるようになった。

 最初は無視とか可愛いものだったが、次第にエスカレートしていき上履きに画鋲や、机に落書きや花瓶など酷くなっていった。


 だが、罪悪感など一切湧かなかった。

 寧ろ、イジメを受けるあいつを見ると心がどこか軽くなるような感覚まであった。


 私は最低なのだろう。

 だけどそれはあいつも同じだろう。


 最初に裏切ったのはあいつなのだから。



 だけど、今の状況になって考えると。



「これは罰、なのかな」



 そう思った。

 あいつは確かに私を裏切った。

 でも、罰はもう充分受けたと思うし、高校を卒業するまでは、きっと受け続けるのだろう。


 次は私の番になった、それだけ。


 それが命を奪うまでする事なのかと思わなくも無いが、客観的にあいつの受けた事を考えると、人権も尊厳もあったものではないあの状況は、死ぬよりも辛かったかもしれない。


 そう考えると、不思議と自分の死を受け入れられた。


 あいつの事は一生許さないし、許せない。

 あいつにした仕打ちも謝る気はない。


 だけど、私の死が、その罰だというのなら、仕方なく受け入れるしかない。


 きっと私はそれだけの事をしてきたのだから。


 そんな事を考えていると、勢いよく病室のドアが開かれた。



「はぁ、はぁ、はぁ」



 そこに居たのは、目を腫らし酷い形相の幼馴染だった。



「!?あ、あんた!もう2度と来ないでって言ったでしょう!」



 本心で2度と会いたくなかった。

 こいつはきっと、私が死ぬ事を喜んでいる。

 自分を不幸にした私が不幸になる。

 嬉しくない筈がない。

 私が逆の立場でも、きっとそう思ってしまう。


 身勝手な気持ちだが、それを直接言われるのが怖かった。


 だから、2度と会いたくなんてないのに。

 こいつだって会いたくないだろうに。


 何故来るんだろうか。



「これ、飲め」


「は、はぁ?何、気持ちの悪い色。毒?」



 それが小さな小瓶を出された、率直な感想だった。

 紫色の液体は毒にしか見えない。

 こいつはもうすぐ死ぬ私を、それだけじゃ許せず、毒殺でもしにきたのか。


 そう思うと、こいつの心情的に仕方ないかなと思う気持ちと同時に、苛立ちも湧いてきた。



「あんたね、病気で死ぬだけじゃ飽き足らず、毒殺でもしようっての!」


「ああ、もう!いいから飲め!」


「んぐっ!?」



 私が文句を言おうとすると、あいつは無理やり小瓶の中の液体を私に飲ませた。



「ぷはぁ、はぁ……あ、あんた、こんな事して」



 訳が分からなかった。



 絶対文句を言ってやろうとあいつを睨みつけるが



「じゃあな。長生きしろよ」



 あいつはそれだけ言うと、満足げな様子で病室から出て行った。




 ◇◇◇




 身体が、おかしい。

 いや、余命宣告を受ける程病気に侵されているのだから、おかしくない訳ないのだが、逆の意味でおかしいのだ。


 さっきまで倦怠感や吐き気、酷い頭痛に悩まされていたのに、それが一切ない。

 まるで、病気に罹る前の、いや、それ以上に身体の調子が良い。



 おかしいと思い、すぐに医者に相談し、家族に来てもらい検査が始まった。



「こ、これは、ありえない……」



 医者が信じられないものを見たかのように驚いて呟く。



「あ、あの、何かあったのでしょうか?まさか、症状が悪化して」


「い、いえ。その逆です」


「「「…え?」」」



 どういう事だろうか。

 私達は訳が分からず、間抜けな声が重なる。



「そのですね、腫瘍が綺麗さっぱりなくなっています。それどころか、弱っていた筈の全身が何処もかしかも健康そのものにまで回復している。こんな事が起こるなんで。奇跡を超えた奇跡、としか言いようがありません」


「……う、うそ」



 本当に訳が分からない。



「せ、先生!そ、それは、本当なんですか?美香は、本当に……助かった、ん、ですか」



 パパが酷く取り乱している。



「はい、恐らく。まだ再発する危険性があるので検査などの為に暫くは入院してもらいますが、当面は命の心配はありません」


「あ、あなた…っ」


「うぅ……よかった。本当に……!」



 パパとママは感極まった様子で抱き合っている。



「あっ」



 私は気づいた。



 あの小瓶の、あいつのお陰なんだ。




 ◇◇◇




 あいつにエリクサー飲ませた後、俺は逃げるように病室から飛び出た。

アレであいつが本当に助かったのか気になるところではあったが、確認した所であれ以上出来ることは無いもない。

どうせ居座っても罵倒されて追い出されてただろうし。



ーーーーそれから数日が経った頃。



「愛斗、美香ちゃん奇跡的に病気が完治したんだって」


「ふーん」


「ほんと、よかったわねぇ」



俺は母親経由であいつが助かった事を知った。


 ……エリクサー、本物だったんだな。


俺はその知らせを聞いた時、何とも複雑な気持ちになった。

助かってよかったという気持ちも無いでは無いが、やはりあいつとまた学校で顔を合わせる事になる憂鬱な感情の方が強かった。


・・・・・・まあ、後悔はしていない。


俺が助けたのはあいつではなく、あいつの両親なのだから。



 それから2週間が経った。

 女神様に会って勇者と間違えたお詫びにエリクサーを貰い、余命3ヶ月の幼馴染みを救うというちょっとしたファンタジーを体験した俺だが、俺の生活は何ら変わりなかった。


 あの日以降も、学校では当然イジメに遭っている。

 思った通り、あの体験以降はいつも以上に辛く感じた。

 転生出来ていればこんな辛い毎日を送らずに済んだかもしれないのに、という気持ちが湧いて出てくる為だ。


 だけど、俺は俺が思っている以上に強い人間であるらしかった。

 2週間もすれば今まで通り、辛いのには変わりはないがそれでも耐え続けている。


 そして、今日も憂鬱な気持ちになりながらも俺は健気に学校へ来ていた。


 そして、いつもと同じ机に置かれた花瓶と書かれた、死ねなどの罵倒の落書きを、あくせくと掃除している。



 だが、この日はいつもと少し違っていた。



「あっ!美香ちゃん!」


「もう身体は大丈夫なの?」


「俺達すごい心配してたんだぜ?本当、無事でよかったよ」



(げっ)



 病気が治り久々に登校した幼馴染みの姿に、俺はますます憂鬱な気持ちになる。

 周りはこぞってあいつに群がっていた。

 人気だけはすごいからな。


 俺は少し怖かった。

 何せ、嫌がるあいつに無理やりエリクサーを飲ませたりしたのだ。

 もう2度と来るなという言葉も無視して。


 何を言われるか分かったものではないので、暫くは出来るだけ目を合わせないようにしよう。


 そう思ったのだが、何処にでも空気の読めない奴は居るものだ。



「おい、ゴミ。お前、美香さんに挨拶は無しかよ」



 この言葉を皮切りに、俺は集中砲火に遭う。



「そうよそうよ。美香ちゃんは病気と闘って帰ってきたのよ。心配の一つでもしたらどうなの」


「だから、お前はクズなんだよ」


「お前が変わりに病気になって死ねばよかったのに」



 酷い言われようだ。

 まぁ、いつもの事だし、あいつに何か言われるのは怖いが、退院おめでとうくらいは言っておかないとずっと攻撃される事になってしまう。



「た、退院おめで「い、今までごめんなさい」・・・・・・は?」



俺の側まで近寄り、頭を深く下げたあいつの言葉に、俺は一瞬何と言われたか理解出来なかった。

いや、理解したくなかったのだろう。

理解してしまったら俺はきっと冷静ではいられないから。


今のように。



「今更、なに」


「じ、自分でも都合の良い事言ってるのは分かってるの。貴方に助けられたから、罪悪感から逃げる為の行為なのかもしれない。でも、どうしても謝りたい。ごめんなさい」


「謝罪なんていらない。お前を助けた訳でもない。俺はおばさんとおじさんに悲しんでほしくなかっただけだから」


「・・・・・・わかってる。本当に、ありがとう」



俺はお前を一生許さない。





・・・・・・それから色々あった。



「俺に近寄るの辞めてくれない?迷惑なんだけど」


「ご、ごめんなさい。でも、貴方に助けてもらった恩をどう返したらいいか分からなくて」


「だからそんなのいらない」


「で、でも」


「俺はお前を一生許さないし、一生嫌いだ」


「‥‥‥うん」



本当に色々とさ。



「なあ、何でこんだけ言われても関わってくるわけ?」


「言われるのは自業自得だから。‥‥‥それに、貴方はもっと沢山の人に酷いこと言われてた。私も、酷いこと沢山言ったから」


「だから耐えられるって?」


「そうじゃないよ。何を言われても一緒に居られるのは、気付いたから」


「何を」


「貴方が優しいこと。自分よりも、周りを優先すること。わ、私をいつも助けてくれること。そこだけは、昔と何も変わらない。変わってなかったの」


「ふーん」


「ならそれだけでよかったはずなのにね。私、ほんと馬鹿だ」


「‥‥‥ふーん」 



思うわけよ。



「ねえ」


「ん」


「何で私の側にいてくれるの?」


「お前が離れてくれないからじゃん」


「そうだけど。でも、途中から本気では嫌がってないよ?」


「んー」


「なんで?」


「‥‥‥俺さ、結構一度ハマると冷めないタイプなんだよね」


「そうだね。小さい事一緒にやってたゲーム未だにやってるし」


「許せないとか、ムカつくとかそりゃ消えてはくれないけどさ」


「うん」


「でも結局さ」





「惚れた弱みじゃん?」




人生って何があるか分からないもんなんだなって。




 勇者と間違えたお詫びに神様からエリクサーを貰ったので、余命3ヶ月の大嫌いな幼馴染みにあげて救ったら人生変わった【完】

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