第15話

立花律子は、薄明を迎えた空を見上げながら外を歩いていた。


忙しい一日であったが、眠気は一切襲ってこない。コンビニでちょっとしたものでも買って空腹を満たせば眠ることも出来るかもしれない。


普段、こんな時間に出歩くこともないので空気は清々しく感じ、見慣れた風景もいつもと違って見える。


あと、3時間もすれば渋滞が出来る道路も今は、ほとんど車は走っておらず、視界に入る世界を独占したような気分だ。


そんなことを考えながら歩いているとひとりの少女が向かいから歩いてきた。


早朝にジョギング?薄手のパーカーを頭からかぶり、黒のタイトなジーンズ姿であったが走っている様子もなかった。


すれ違いざま、相手がお辞儀をしてきたのでつられてお辞儀をする。


「また、お会いしましたね。」


少女は、おそらく14、15歳程度の年齢だろう。しかし、まるで化粧をしているかのような赤い唇。大きな目。長いまつげ。見方によっては大人びて見える。


だが、まるで無表情。感情がないかのような顔の彼女はどこか不気味さを感じさせた。


「えぇ、あれ?どこかでお会いしたことあったかな?」


愛想笑いをしながら律子は答えた。


「そうか、覚えてないですよね。記憶、消しちゃいましたものね。」


そう言うと少女はポケットから香水のビンを取り出し、何かを律子に向けて吹きかけた。


律子は、とっさに顔についた液体を手で拭きとり激昂する。


「ちょっと、何したの?何吹きかけたの?」


「大丈夫ですよ。落ち着いて。もう、2度目ですから。落ち着いて質問に答えて・・・。」


少女にそう言われると何だか頭がぼんやりとしてきた。


「あなたとあと2人の男性。彼らは、田所正人に何を聞いたの?」


(冴木友恵・・・。頭の中に彼女の名前が浮かんだ。正人くんの病院でドルトジンを吹き付けられ、その時の記憶を消された。目の前の少女が冴木友恵に違いない。)


頭では、そう考えながらも口ではすでに彼女の質問に答えていた。


「何も聞いてないわ。本当に何も・・・。」


「・・・そう。では、質問を変えるわ。あなた達は、野崎第二中学校のことを調べていると病院で暗示を掛けた時に言っていたわね。どこまで知っているの?」


「ドルトジンという薬が使われていることまでは分かったわ。それを使ってクラスメイトに霊現象を信じさせたのが冴木友恵という少女だということも・・・。」


それを聞いても冴木友恵の表情は全く変わることがなかった。


「ドルトジンのことまで突き止めていたのね。残念だけど、あなたには死んでもらわなくちゃならないわ。霊現象ではなく、もっと確実な方法を使うわね。ちょっと、あとで警察とかが面倒だけど・・・。」


冴木友恵の言葉は、そこまでは聞き取ることが出来た。しかし、その後、何やらささやくような声で囁いていた。耳には入ってきているが脳が言葉を理解できない。しかし、気分がいい。


そう、感じた途端、今度は、激しい苦しさが襲ってきた。息が出来ない。呼吸の仕方を忘れてしまったかのよう。四つん這いになって必死に呼吸を試みるが口がパクパクと動くばかりで苦しさは増すばかり。


(ダメだ。意識が遠のいていく・・・。)


すると、肩を揺らされている感覚を感じた。大きく前後に何度も何度も・・・。


(声が聞こえる。私の名を呼ぶ声だ。)


「立花さん。聞こえますか?目を見て。私の目を見なさい。」


霞む焦点が徐々にあってくる。バルタン先輩?いつもの穏やかな顔つきではなく、怒りに満ちたような表情のバルタン先輩が私の肩を揺らしながら叫んでいた。


「・・・バルタン先輩。どうしたんですか?」


「良かった。声が出ましたね。ゆっくり深呼吸をして。」


律子は、すでに呼吸ができる状態になっていた。それでも言われるままに深呼吸を繰り返した。


「社長に言われて、寝ずに立花さんを見張っていたんですが良かった。遠目で見ていて様子がおかしかったから駆け寄ってみたら・・・。」


いつもの優しい笑顔に戻るバルタン先輩であったが、立ち上がり様、すぐに先ほどの険しい表情に変わっていくのが律子にも見てとれた。


「すごいですね。暗示を簡単に解いてしまった。あなたもその女性のお仲間ですか?」


冴木友恵は、変わらず無表情のまま、そう言ってバルタンたちの方に近づいてくる。


「えぇ、彼女の仲間ですし、どうやらあなたの敵のようです。あなたが冴木友恵さんですね。」


そう言うバルタンに向かって少女は小さく頷くと、ドルトジンの入った香水ビンを向けた。


霧状になった液体がバルタンの顔にもろにかかる。しかし、バルタンはそれを拭き取ることすらせず、


「残念ですが、あなたの暗示には私はかかりませんよ。」


怒りの表情のまま冴木友恵を睨みつけた。

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