第14話

「社長~。やっぱりやめましょうよ~。犯罪ですよ。犯罪。」


「ここまで来ておいて、今更何を言っているんだ。」


大沢と勇樹は、野崎第二中学校の校門前に立っていた。立花律子とバルタンと店を出てから勇樹は社長にちょっと付き合えと言われ、タクシーに乗せられた。気になることがあるから中学校に行ってみようというのだ。朝まで待って、許可を取ってからでは無理なのか何度も確認するが一刻を争う可能性があると大沢は引かなかった。根負けする形で着いては来たが・・・。


「でも、不法侵入ですよ。完全に。防犯カメラとか絶対にありますって。」


「別にいいじゃないか。捕まっても。君は、弟さんや学生さんたちが心配ではないのかい?また、新たな死者が出る可能性だってあるんだぞ。意外と薄情な男なのかな?」


勇樹は、「分かりましたよ~」とやけくそ気味に吐き捨て、校門をよじ登った。大沢も続いて校門を飛び越える。


深夜の学校。勇樹は、視線をあちこちに向けながらスマートフォンの明かりを頼りに進む。


「やっぱり、不気味ですね。夜の学校って。」


「あまり、ビビっていると本当に見えてしまうぞ。今の君は心拍数も血圧も正常ではないはずだ。その状態で僅かな明かりを頼りに歩いて入れば、月明りの影すら人の姿に見えてしまう。」


大沢は、わざと怖がらせるような低くゆっくりとした声でそう言った。


「勘弁してくださいよ。」


勇樹は、そう言いながら階段を上がっていった。


勇樹は、この中学校の出身なので弟のクラスの場所は把握している。


3階のトイレの隣の教室。3年2組。


勇樹が扉を開けるのを躊躇していると大沢が「何やってるんだ」と平然と中に入っていった。


黒板の隣の壁。よく見ると野球ボールの跡らしきものが見てとれた。ここが霊が写ったという場所だろう。確かにボールの跡以外にも黒い染みのようなものがある。これが髪の毛や目、鼻に見えなくもない。


しかし、大沢は意外にもその壁は少し目を向けた程度であった。そして、生徒の机に顔をつけるようにして1つ、1つ周っていった。


「何してるんです?」


勇樹の問いに答えることもなく、スマートフォンの明かりで丹念に机の上を見つめながら顔を近づける。


クラス全員分の机を同じようにして周った後、やっと口を開いた。


「やはり机だったようだ。」


そう言って勇樹に向かって手招きをした。


「机からもはやほんの僅かだがドルトジンの香りがする。」


勇樹は、机に鼻をつけんばかりにして臭いを嗅ぐが全く分からない。


(この人は犬並みの臭覚に違いない・・・。)


「まぁ、わからないか。」


大沢は、そういうと次に机の傷を指さした。


「この傷の溝に黄色い粉が見えるだろう。ドルトジンは蒸発すると黄色い粉が残るんだ。」


これは、勇樹にもわかった。ほんとに少しだが、傷の溝には硫黄のような粉が付いている。


「この匂いと黄色い粉がほぼすべての机に残されている。おそらく、長期間、冴木友恵は、机にドルトジンを染みつかせ少しずつ生徒たちに暗示を掛けやすい状態にもっていったのだろう。集団に対して強い暗示をかけるなんてのは、下準備が必要だからな。まぁ、掃除当番でもかって出てドルトジンの染みついたぞうきんで毎日机を拭けばいいだけだから容易だ。」


そう言うと大沢は、別の机の前に立った。


「しかし、ドルトジンの匂いも黄色い粉も一切残っていない机が2つある。1つは、冴木友恵の机だ。」


そういって、椅子に貼ってあるシールを指さした。シールには冴木友恵と書かれていた。次に、大沢は再び歩き出し、別の机の前に立った。


「そして、もう1つが・・・。」


大沢が指さした椅子のシールには『田所正人』と書かれていた。


「やはり、正人には暗示に掛かってほしくない理由があったと・・・?」


「あぁ、おそらくは、教室中にドルトジンが充満している状態であったはずだから、正人くんも結果、暗示には掛かってしまっているが、その後、冴木はわざわざ病院にまで出向いて彼の暗示を解いているからね。」


大沢は、そういうと「まぁ、考えても分からないものは分からない。行動するのみだ。次行くぞ。」と勇樹の肩を叩いた。


「えっ?まだ、どこか行くんですか?」


「決まっているじゃないか?正人くんの病院にもう一度行くよ。」


そう言って、大沢がウインクをした瞬間、スマートフォンがけたたましい音を鳴らし、勇樹は飛び跳ねた。


大沢は大笑いしながら電話に出るが、相手はどうやら外国人のようだ。大沢はおそらく流暢なのであろうロシア語?で会話をしていた。


電話を切ると大沢はニコリと笑った。


「ロシアの友人に調べ物をお願いしていたんだけどね。なかなか面白いことが分かったぞ。」

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