第12話

「そもそも、なぜ野崎第二中学校の生徒すべてが霊の存在をあれほどまでに信じ込み、死者まで出たのか?それは、ドルトジンという薬が使われていたからだ。」


「ドルトジン?薬ですか?」


勇樹は眉をひそめた。


「そう、ドルトジンは知らないだろうな。日本では承認されていないし。透明の液体で臭いもほとんどない。しかし、それを嗅いだ人間は暗示に掛かりやすくなるといった効果があるんだ。」


「ちょっと待ってください。中学校で日本で承認されていない薬が使われていたというのですか?っていうか、なぜ社長はそれがわかったんです?」


勇樹の問いに大沢は、律子の方を指さした。


「立花くんの上着の匂いを嗅いでごらん。」


律子のとなりに座るバルタン先輩も勇樹と一緒に大きく息を吸った。「ちょっと」と律子は嫌がる素振りを見せる。


「いや別にいつもの香水の香りがするくらいですが・・・。」


その時、タキシード姿の男性が4人分のカクテルとチーズ、生ハムの入ったサラダを持ってきた。大沢は、そのカクテルのひとつを手に持つと香りを嗅いだ。


「これと同じ匂いがしなかったかい?ドルトジンという薬は、ジュニパーというお酒の香りづけとして使うスパイスに似た臭いがわずかにするんだが。」


3人とも大沢の持つカクテルを順番に嗅いでみるが一様に首を傾げる。


「それより社長。なぜ、そのドルトジンという薬品が私の服に付いているので?」


律子の言葉に大沢は口元を緩めた。


「病院でジュース買っている時に付けられたのだろうな?」


律子は「は?」と、勇樹は「あっ!」と同時に声を上げた。


「そういえば、立花さん。ジュース買いに行って20分も帰って来ませんでしたよね。でも、自分では5分も経ってないって言い張って。」


「そう。そして、立花くんからは僅かにドルトジンの香りがした。そのことに気付いて、私がすぐに自動販売機に向かった時にはすでに誰もいなかったけどね。誰かに付けられ何かしらの暗示を掛けらえた可能性があったわけだ。」


「そういえば、立花さんがジュースを買って帰ってきてから、社長すぐにトイレに行くって慌てて病室を出て行きましたよね。あれは、自販機に誰かいないか見に行っていたんですか?」


勇樹がそう言うと大沢は頷く。


「だが、あの時には確信がなかった。ドルトジンの匂いは僅かだから私の勘違いということもある。しかし、先ほど立花くんが霊を見たことで確信した。立花くんは、自動販売機付近で何者かに霊が出ると暗示を掛けられ、その時の記憶も操作されたのだ。」


律子は、口に手を当て瞬きひとつせずに考え込んでいた。記憶を呼び起こそうとするが、全く思い出せない。しかし、あの言葉がよぎった。


(壁の女の話を聞いてしまったのですね。あの話を聞いた人間のもとには必ず、あの女はやってきます。)


聞いた記憶もない言葉・・・。あれは、私に掛けられた暗示であったのだ。


「あの日、正人のもとには、冴木友恵が見舞いに来ていましたよね。正人の話では、私たちが病室に入る直前に帰ったというような話でした。立花さんに暗示を掛けた犯人は確定じゃないですか。」


「あぁ、間違いなく彼女だろうな。彼女は、教室でも何らかの方法を使いドルトジンをクラス全員に嗅がせた上で霊が出る。皆、死ぬと暗示を掛けたのだろう。しかし、まだ分からないことがいくつかある。」


大沢は、カクテルを一口すすり、一呼吸おいてから話し始めた。


「まず、どうやってドルトジンという薬を中学生である冴木友恵が手に入れたのか?そもそも、ドルトジンなんて薬は専門家ですら知らない者の方が多いくらいだ。未だに製造しているのはロシアくらいなものだろう。それをどうやって手に入れたのか?そして、2つ目。実は、ドルトジンという薬は素人で扱えるものではないんだ。例えば、君たちがドルトジンを使って誰かに暗示を掛けたところでほとんど効果は得られない。ドルトジンという薬プラス高度な暗示を掛ける技術が重なって大きな暗示効果が得られる。彼女はどこでその技術を学んだのか?」


「黒幕の匂いがしますね。」


バルタン先輩が席について初めて口を開いた。野崎第二中学校の件については、何も知らないはずだが、会話の内容で概ね理解したのであろう。そもそも、この席に座る4人の中で最も高学歴なのはバルタン先輩だ。


「あぁ、そして、何より目的が分からない。バルタンの言うように黒幕がいるとしても目的が何なのか?中学生を心霊現象で殺害し、精神的に異常な状態にし、何がしたいのか?そして、最後が正人くんのお守りだ。」


「弟のお守りですか?冴木友恵が持ってきたという。やはり、捨てさせた方がよかったですか?」


「いや、逆なんだよ。あのお守りは持っていた方がいい。実は、あのお守りからもドルトジンの匂いがした。お守りの中身はドルトジンを染み込ませた脱脂綿か何かだろうな。最初にあのお守りの匂いに気付きドルトジンの可能性を疑っていたお陰で立花くんの匂いにも気づくことが出来たんだ。しかしなぁ。」


大沢は腕を組み考え込む仕草を見せた。


「冴木友恵は、あのお守りを除霊効果があると正人くんに伝えているだろう。つまり、”あなたの所には霊は出ない”と暗示をかけたわけだ。実際に電話で確認したんだが、正人くんは今朝方までは音に異常なほど敏感で常に何かに怯えていたと云っていた。今朝まで調子が悪かった正人くんが我々が行った時にはあの元気な状態だろう。冴木友恵は、なぜか正人くんには元に戻ってもらいたい理由があったはずだ。」


「もしかしたら正人に限らず、すべての生徒の暗示を解いてまわっているかも知れませんよね。目的はすでに達成されたのかも?」


勇樹の言葉にバルタン先輩が首を振る。


「目的が達成されたというのであれば、立花さんが狙われた理由がわかりませんよ。」


大沢は大きくその言葉に頷いた。


「それに、他の生徒たちの症状も念のために電話で確認したんだが、特別大きな変化はなく何かに怯え続けているらしい。」


そこにいた4人が同時に大きなため息をついた。

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