第10話

「立花さん。大丈夫ですか。」


律子が目を覚ますとそこにいたのはバルタン先輩だった。


部屋の前の外廊下。横になっている律子をバルタン先輩が心配そうにのぞき込んでいた。


右足のくるぶしの辺りに痛みを感じた。内出血している。


「あっ。すみません。なんだか立花さんが飛び降りるような素振りに見えたので思い切り足を掴んでしまいました。」


「えっ。」


あの階段を駆け上がってくる足音と足首を掴んだのはバルタン先輩だったのか。しかし、確かに聞いた穂乃花の声。彼女は・・・?


「あの。私と同じくらいの年齢の女性がここにいませんでしたか。」


「いえ、誰もいませんでしたよ。」


律子は、生唾を呑みこんだ。やはり、穂乃花はここに来ていなかった。バルタン先輩が助けに来なかったら私は、今頃どうなっていたのか?


でも、なぜバルタン先輩がここにいるのか?律子は、不思議そうにバルタン先輩の顔を眺めた。


それを悟ったのか、バルタン先輩は「いえいえ、別にストーカーじゃありませんよ」と前置きをして、


「実は社長に今夜は立花さんを見張っているようにと言われておったのです。外に車を止めて見ていたんですよ。ほら、あそこの駐車場から立花さんの様子を見ていたんです。そしたら、なかなか部屋に入らず様子がおかしかったもので・・・。」


バルタン先輩に見張るように指示を出していたということは、社長は私が霊に襲われることを予測していたというのか?


いや、もしかしたら社長は、すでに霊の姿を見ていて、私のところにもきっとやってくると考えたのかもしれない。


「社長、盗聴器まで私に持たせて立花さんが部屋に入ったら監視できないから盗聴器で様子を探れと。まぁ、さすがにそこまではできませんでしたが・・・。」


そう言って、バルタン先輩は背広のポケットから小さな盗聴器を取り出した。


なるほど、だからバルタン先輩は、珍しく夕食を3人で食べてから帰ろうなんていいだしたのか。盗聴器を仕込むタイミングを探っていたが、結果的に良心で出来なかったのだろう。


律子は、震える唇を噛み締めた。また、あの女の霊がやってきたらどうしよう。今度も誰かが助けてくれるとは限らない。


その時、バルタン先輩のスマートフォンが音を鳴らした。


「噂をすれば社長からです。」


「私が出てもいいですか?」


バルタン先輩は、律子の言葉に一瞬躊躇しながらも電話を律子に手渡した。


「もしもし、社長ですか?」


「あれ?律子くんかい?あっ、律子くんがバルタンの電話に出たってことは一緒にいるのか?ってことは、やはり何かあったのか?」


「えぇ。社長も予感していたのですね。私が霊に襲われることを。」


大沢は電話口で一瞬無言になるも、


「確信ではないが50%くらいかな?やはり見たか。」


「はい。もしや社長も見たのですか?女の霊を・・・。」


「う~ん。私と田所勇樹くんは見ないのだよ。見るとすれば、君だけだと思っていた。」


律子は首を傾げた。


「どういうことですか?」


大沢は、その質問には答えず、


「明日は土曜日だ。これからバルタンと一緒に酒でも飲まないか?田所くんも呼んでおく。」


そう言って社長がひいきにしている店の名を告げると電話を切った。

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