第9話
立花律子は、スマートフォンで時間を確認した。
もう、23時になる。
田所正人の入院している病院を出てから律子と田所勇樹は、何べんも正人と直接話をして何かわかったのかを大沢社長に確認したのだが社長は、
「う~ん。まだ、君たちに伝える段階ではないな。」
と曖昧な答えを返し、会社に帰ると社長室に籠ってしまった。
その後、律子と勇樹はバルタン先輩に任せていた仕事に取り掛かり、仕事を終えるとバルタン先輩の提案で3人で夕食に向かった。勇樹が「迷惑をかけたお詫びにおごります」というので律子はちょっと高級な寿司屋を選び大好きなウニをたらふく食べた。
お酒を飲んだためか瞼が重い。
学生時代から住んでいる古びた2階建てのアパートの203号室。
律子が手すりに頼りながら階段を登っていると、
(壁の女の話を聞いてしまったのですね。あの話を聞いた人間のもとには必ず、あの女はやってきます。)
ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。
誰かに言われた記憶はないし、実際にあの話を聞いただけで、女の霊がやってくるなんて話を律子は知らない。霊を見て亡くなったと噂されている生徒も精神に異常が出ている生徒も皆、野崎第二中学校の生徒に限られている。話を聞いただけで霊がやってくるというのであれば、精神に異常をきたすような被害はもっと広がっているだろう。
記憶にはないが、ネットの情報でも頭に残っていたのか。あるいは、何かと情報が混合しているのか。
深くは考えずに自宅のドアに手を掛けた。
(女は必ずやってくる)
再び、その言葉がよぎる。
トン、トン・・・。
階段を登ってくる足音が聞こえた。
しかし、律子はそちらに目を向けることは出来ない。何か見てはいけない気がした。
「律子。律子。」
聞き覚えがある。大学時代の友人の穂乃花の声だ。
全身に悪寒が走った。見てはいけない。
「律子・・・。」
鼓動がどんどん早くなっていく。
赤い顔の女。壁の女。その女は、親しい者の声を借りてやってくる。頭の中にその女の姿が浮かぶ。這いつくばりケラケラと笑いながら階段を上がってくる女。
慌てて、ドアノブを回して部屋に入ろうとすると中から誰かにドアノブを握られているような感覚があった。悲鳴を上げドアノブから手を放す。
「律子。知ってるでしょ。あの話。聞いたんでしょ。」
穂乃花の声が近づいてくる。
部屋にも入れない。右に行けば行き止まり。左には穂乃花の声。
逃げ場がない。
足が震え立っているのがやっとの状態。
いや、1つだけ逃げ道はあった。手すりを超えて飛び降りてしまえばいい。
決意し、声の方向に目がいかぬよう手すりだけに集中した。
その時、階段の足音が走るような音に変わった。
(ドン、ドン、ドン、ドン・・・)
(こないで。こないで。)
懇願しながら、手すりに足を掛ける。その瞬間、強い力で足首を握られた。
律子は絶叫しながら気を失ってしまった。
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