第5話
翌日、正人が登校すると冴木友恵はいつものように皆の机を拭いていた。彼女は潔癖症らしく掃除当番でもないのに毎日こうやって朝と放課後に皆の机を自宅から持ってきた消毒液で拭いて回る。
「おはよう。今日も俺の机だけは拭いてくれないのか?」
正人は友恵に声をかけた。なぜか、正人の机だけは、「バイ菌がすごい」といって拭いてくれない。しかし、正人はそう悪口を言われても何だか自分だけ彼女に特別扱いされているようで嬉しいくらいであった。
「ねぇ。昨日の件だけど。本当に見えたのか?女の霊。」
友恵はあの後、すぐに早退したので話を聞くことが出来なかった。幸い、蓼沼もすぐに目を覚まし、飛んできた担任の一喝でとりあえず、その場は落ち着いたが未だ気になっているのは正人だけではない。
すでに登校していた数名の生徒たちも「そうそう、俺も気になってた。」と友恵に聞き出すタイミングを伺っていたようで集まってくる。
その時、教室の扉勢いよく開いた。入ってきたのは大野だった。息を切らして友恵に駆け寄ってくる。
「正人もいたか。丁度良かった。昨日の件だけど、女の霊って赤い顔をしていたか?」
「いきなりどうした?」
正人の言葉も耳に入らない様子で「どうだった?」と大野は友恵に詰め寄る。
「あなた達がボールを当てたから腫れあがって真っ赤な顔だったわ。血も出てた。」
小さな声で「やっぱり」とつぶやく大野。
「何なんだ?何かあったのか?」
正人に向かって大野はゆっくりと頷いた。
昨晩の出来事だ。
昼休みにあのような事があり、大野も流石にショックを受けていた。忘れてしまおうとゲームと漫画本を読み漁り、夜9時になると母親に催促され風呂に入った。
大野が風呂場で頭を洗っていた時だ。外から声が聞こえてきた。
「開けてくれ。」
それは、田所正人の声のように思えた。
目の泡を手で拭い「正人か?」と窓に向かって声を掛ける。曇りガラスの奥に人影のようなものは見えなかった。
「開けてくれ。」
返事は同じことを繰り返すばかり。
こんな時間にどうしたのか?いや、そもそも何故玄関から入ってこない?それにどうして風呂に入っているのが俺だとわかった?父や母。妹が入っている可能性だってあったはずだ。
「玄関から入って来いよ。裸だからヤダよ。」
探るように、しかし、声は出来る限り、にこやかに務めた。
「開けてくれ。開けてくれ。」
そう言って激しく窓を叩きだした。
(もしかしたら何か事故や事件に巻き込まれて慌てているのかもしれない。)
それくらい、切羽詰まったような声だった。
「わかった。今開ける。」
そう言って窓に手を伸ばした途端、声は「開けろ!開けろ!」と怒鳴るような声に変わった。大野は一瞬、伸ばした手を引く。
「あ・・・けろ!あけ・・・ろ!」
音飛びしたCDのような声に変わり、窓が割れんばかりに激しく叩かれた。心臓の音が自分にも聞こえるほどに高まっていく。何か変だとは感じ取っていた。しかし、正人が助けを求めているのは間違いない。
「待て!今開けるから。」
そう言って大野は腰を引きながらも窓を開けた。
外には誰もいない。(正人は・・・?)
正面、右、左、見渡すが誰もいない。だが、何やら見られている感覚があった。・・・下からだ。
恐る恐る、大野は視線を下に移す。
大野は絶叫と共に四つん這いで風呂場から逃げ出した。
何事かと母親と父親が駆けつける。震えながら裸のまま母親にしがみつく大野に何があったか聞こうとするが大野は自分でも顎の震えが止められず声を出すことが出来ない。
大野が見たものは、真っ赤な顔をした女。這いつくばるようにしながらこちらを見上げ笑っていた。霊というようなもので片づけられないような、はっきりとした姿であった。
「お前、昨晩・・・。来てないよな。」
話し終えた後、大野は正人に向かってそう尋ねた。正人は大きく頷く。
そこにいた全員が冴木友恵に目を向けた。
「まだ見えてるのか?」
正人が尋ねると友恵は首を振った。
「今は見えない。でも、注意した方がいいと思う。なんていうのかな?大野くんから何か嫌な気配を感じるの。」
「気配?」
大野が眉をひそめる。
「うん。なんていうのかな?あの女の気配っていうか?残像っていうか?」
大野は黙って女の霊が出た壁の方を見つめていた。
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