第4話
梅雨入りはまだだというのに3日連続の雨が降っていた。
せっかくの昼休みだというのに校庭に出てサッカーをすることもできない。とはいえ、おとなしく教室で本を読むなんていうのも性に合っていない。
田所正人は窓の外を見つめ、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
(家に帰ったら兄貴が買ってくれたゲームでもしようかな?)
そんなことを考えていると「正人!」大野祥平が声を掛けてきた。
大野は、ひとり教室の壁に野球ボールを投げつけて遊んでいた。
「正人も一緒に遊ばね~?」
大野の言葉に正人同様に暇を持て余していた男子生徒数名が「何?何?俺も混ぜろ」と集まってくる。
大野の考えた遊びは野球ボールを思い切り壁に当て跳ね返ってきたボールの距離を競うというものだった。一番、距離が出なかった者がみんなからデコピンをされる。
初めに大野が勢いよくボールを壁にぶつける。
「ちょっと危ないじゃない。」
女子生徒が眉間に皺を寄せるがお構いなしだ。
「10メートルはいったな。」
ニコニコしながら大野がボールの落ちた床にチョークで×印をつけた。
次に正人の番。
「俺はカーブかけてやるぜ!」
そういって投げた正人の球は壁に当たって5、6メールの場所に落ちた。正人は頭を抱える。
「では、いよいよ野球部の俺様の出番だな。」
と蓼沼が腕を回してボールを持った。中学生だというのに身長は175センチ、体重は100キロを超える。皆からは「部長」と呼ばれていた。
蓼沼が大きく振りかぶってボールが壁に当たる。その跳ね返るボールの行方を正人らが目で追っていた時であった。
「もう、やめて!」
教室の隅から叫び声が聞こえた。声の主は、冴木友恵。色白で物静かな性格でありクラスでは目立った存在ではなかったが大人びた顔つきで彼女の隠れファンも多い。
今にも泣きだしそうな彼女の様子に数名の女子生徒が彼女に駆け寄る。
いつもなら「うるせ~」などと言い返す大野も彼女の様子に言葉を失っていた。
「ともちゃん。どうしたの?大丈夫?」
女子生徒が友恵の背中をさすっていると、彼女は壁に向かって指をさした。
「すごく怒ってる。」
友恵の指さす方向は先ほどまで男子生徒たちがボールを当てていた壁だ。皆、首を傾げた。
「見えないの?壁に女の人の顔が浮かんでいるじゃない。あなた達がボールを当てるから顔に痣が出来て血が出てる。今・・・。あなた達のこと睨んでいるわよ。」
身の毛もよだつとはこういうことを言うのだと正人は初めて知った。壁についた黒いシミが女の髪の毛に見えなくもない。いや、もともとあんなシミあっただろうか?
「今すぐ謝ったほうがいい。みんな謝って。」
自身のつばを飲み込む音が聞こえるほど教室は静まり返っていた。そこにいたすべての生徒が壁を見つめる。
「おいおい。夏はまだ先だぞ。怪談話には早いんじゃないか?」
大野は、強がりながらそう言って見せるが、顔は引きつっている。
冴木友恵は真っ青な顔色でただただ壁一点を見つめている。嘘や冗談を言っている顔ではないことがはっきりと全員にわかった。
「一応、謝っておいた方がいいんじゃないか?なんだか気持ち悪いだろ。」
生徒会長の木村直人がそういって大野達に歩み寄ってきた。正人と蓼沼も木村の意見に賛同し、大野も舌打ちしながらも壁の前に立った。
何だか黒いシミが先ほどよりもさらに濃くなっている気がする。正人は、怖くなって視線を壁からずらした。
「さぁ、頭を下げてすみませんでしたって謝って。」
木村がそういって手を叩いた瞬間であった。
突如、蓼沼が膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
「おい。どうした?」
白目をむいて倒れている蓼沼に大野が肩を叩いて呼びかけた。
「田所くん。大野くん。早く謝って。あなた達のこと指さしてる。」
友恵が叫ぶように捲し立てる。
「えっ。壁の女が俺たちの事、指さしてるのか?」
大野が、友恵に向かって怒鳴るような口調で言った。友恵は、頷く。しかし、そのすぐ後に頭を抱え込んで泣き出してしまった。
「どうした。冴木さん。どうしたんだ。」
正人は友恵のもとに走った。
「・・・。大野くんを指さして・・・。殺すって。」
「えっ?」
とても小さな声であったが正人にははっきりと聞こえた。・・・殺す?
「・・・。その後、クラス全員の方にも指さして・・・。」
友恵を囲んでいた女子生徒たちにも彼女の声がしっかりと聞こえた。
「みんなも殺すって言ったのか?」
正人は呟くように問いかけた。友恵は、頭を抱え込んだまま頷く。
「ちょ、ちょっと私たち何もしてないじゃない。どうしてそうなるのよ。」
近くにいた女子生徒たちがパニック状態になる。
「大野たちがボールを壁に当てたりするから。」「死ぬって冗談でしょ。」「ともちゃん。まだ見えてるの?ねぇ。」
泣き出す生徒も出る中、生徒会長の木村が声を荒げた。
「落ち着け。兎に角、誰か保健室に行って先生を呼んできてくれ。蓼沼くんは動かさない方がいい。冴木さんもしばらく保健室に行っていた方がいい。僕は担任を呼んでくる。皆は席について落ち着いて。」
そういって支持を出すと木村は教室を出た。その際、一瞬振り返り、大野に声を掛けた。
「大野くん。大丈夫か?」
大野の顔が土色に変わっていた。
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