第3話

「そもそも、君たちは霊の存在を信じているのかい?」


大沢は、車の後部座席で腕を組みながら呟くようにいった。


「信じてはおりませんでしたが、今回の弟の件でまったくないとも言い切れないと思うようになりました。」


運転しながら勇樹が答えた。


「私は全く信じておりませんね。」


律子は助手席から大沢の方を振り向いてそう言った。


「私も立花くんの考えと一緒だ。霊の存在なんて信じてはいない。霊の正体は、脳や視覚、聴覚などの誤作動といえる。例えば、肝試しで霊を見たなんていうのが典型だ。暗闇で幽霊が出るといわれている場所に数人で向かうわけだから、血圧、心拍数は異常な状態となる。さらに暗闇の中、視覚は奪われ、聴覚、触覚に頼る状態。このような状態では、風が通っただけでもささやき声に聞こえる可能性があるし、木の枝を女性の姿と勘違いすることもあるだろう。」


「確かに、それで誰かが女の人が立ってた~。なんて、大騒ぎすれば心拍数は異常値。他の人も木の枝が女性に見えてしまうってこともありそうですね。」


律子がそういうと大沢は大きく頷く。


「それに霊を見る時間帯といえば深夜がお決まりだろう。脳も疲れ切っている時間帯だ。特に寝る前、早朝などは脳が誤作動を起こしやすい。体が無理やり起こされた状態でまだ脳が覚醒しきっていない状態では幻覚、幻聴が起こりやすいと言えるし、金縛りなんていうものも体と脳との覚醒の問題だ。」


大沢の言葉に律子は思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、高校時代に友人が旅行先で幽霊を見たって話を聞いたことがあります。後で調べたら有名な心霊ホテルだったらしいんですが、場所も関係するのかしら?」


「実際にその場所に行ってみないとわからんが、標高の高い場所にあるホテルなどなら気圧の関係などで人によっては幻覚や幻聴が起こしやすい環境であるとも言える。いや、そうでなくても病院や旅館などでは幻覚、幻聴が起こりやすいんだ。部屋の広さ、壁の厚さなどが一般的な家庭と違うだろう。するといつもの自宅の状態をインプットしている脳が誤作動を起こしやすい。水滴が落ちる音でも自宅なら音の方向から風呂場や洗面所からの水の音だと判断できる。しかし、病院やホテルでは部屋の広さ、壁の厚さも普通のものとは違うだろう。すると、自分が知っている水滴の音と違うわけだから、それらを足音などと脳が誤解することだって考えられる。」


「なるほど、つまりは霊の正体はすべて証明できると・・・。」


律子の言葉に大沢は首を振った。


「一般的にはね・・・。しかし、田所くんの弟さんの通っている中学校で起こった心霊現象。あれは、そういったレベルのものではなさそうだ。1935年のシェリフの光の実験は知っているだろう?」


「えぇ。暗闇の中で実際には動いていない光に対して何インチ動いたか尋ねると錯覚で皆バラバラの数値を答えるのですが、2人から3人で一緒に実験に参加させると他の人の数値を参考にするようになり繰り返し尋ねていくと2インチ前後とほぼ同値の数字を答えるようになるっていう実験ですよね。」


律子は、スラスラとそう答えた。勇樹も知っていたかのように小刻みに首を縦に振る。


「その通り。これの応用が集団で霊を見たというものの正体の大半だ。実際には、白い布であっても暗闇の中、ひとりが白い服を着た女性を見たと言い出すと他の者たちにもまるで布が白い服の女性に見える。暗闇の中では視覚が誤作動しやすいし、異常に心拍数が上がっているような状態であれば尚のことだ。しかし、これは2、3人という少人数だから起こる現象。野崎第二中学校のクラスには25名もの生徒がいた。普通、それだけの生徒がいるとシェリフの実験をしても光は動いていないと言い当てる者も数名出てくるんだ。するとそちらに賛同する者も出てくるから意見が分かれてしまい。シェリフの実験とは異なる結果となる。」


腕を組んで律子は「なるほど」とつぶやいた。


「野崎第二中学校のように25名もの生徒が皆、霊を信じたり、見たりするのはおかしいと・・・。」


「そうだ。霊という不確かな存在なら尚更。誰かが霊が出たといったところで必ず数名はそれを信じない者が出てくるし、その反対意見に賛同する者も出てくる。25名もの人間が霊の存在を信じて、さらには精神に異常が出たり、死人も出るなんていうのは普通では考えられない。1人や2人ならありえなくもないが集団でそこまで深刻な状態になるとなると、先ほど説明したような心理的な幻聴や幻覚では説明が出来ないんだ。霊が本当にいて呪っているとでも考えた方が説明が出来る。」


大沢の言葉に「ちょっと待ってくださいよ。」と勇樹が大声を出す。


「社長が弟の症状を治せるっていうから今、病院に向かってるんですよ。治せないっていうなら、車をここで止めます。」


普段、温厚な勇樹が珍しく反抗してきたので大沢も律子も笑ってしまった。


「すまない、すまない。いや、それくらい弟さんの学校での心霊現象は不可解だって話だよ。まぁ、私が首を突っ込むんだ。何かしら霊現象の手掛かりは見つけるし、弟さんの症状も治してみせる。」


大沢の言葉に「絶対ですよ。」と勇樹は念を押して息を大きく吐き出した。

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