第24話 容赦はしない

「確かに、弱かったね」


「だから言ったでしょ? いちいち見た目にビビらないでよね。こっちが恥ずかしいわ」


 それから何匹かのジョウズアントを処理し、二人は順調に進んだ。スティラは万が一のときに治癒魔法を使えるように他の魔法は極力使用しない方針になっているため、すべてエイルが仕留めた。


「この調子なら、すぐに最奥まで行けそうだね」


 エイルは剣についた白い液体を払い、嬉しそうにスティラへ駆け寄る。だが、スティラはそっぽを向いてつまらなそうに息を漏らした。


「……そうね」


「ん? 何か怒ってる?」


「別に」


「いや、絶対怒ってるじゃん」


「別にって言って――」


「あれ? スティラじゃね?」


 二人の会話に、後方から声が割って入った。


 エイルはそちらを振り返るが、スティラはその場で凍りついたように動きを止めた。


「やっぱりスティラじゃねーか。生きてたのか」


 馴れ馴れしくスティラに話しかけて来たのは三人のパーティーだった。最初に声をあげたのがロングソードの青年で、その後ろにショートスピアとバトルアックスを装備した青年がいた。


「おいおい、久しぶりの再会だってのにシカトか?」


 ロングソードの青年がスティラの肩に手を乗せると、スティラの身体がビクリと震えた。両手で口元を押さえて、小刻みに震える手を握りしめる。その瞳に浮かぶ今にも零れ落ちそうな涙が、水晶の光を受けて青白く光っていた。


「まあ、いいけどよ。おい、てめえ。よくこんなんとパーティー組めるな?」


 青年は立ち方からして柄が悪く、話し方は汚い。今にも人を殺しそうなほどに目つきが悪い。怖そうな人たちだとエイルは内心怯えつつ、とりあえず頷いた。こういう相手には逆らわないのが吉だ。


「てめえも苦労してんだろ? 俺らも前はパーティー組んでたんだけどよ。こいつ詠唱遅くて全然使えねえし、そのくせ口だけは偉そうでよ。顔がいいから声かけてやったのに、実力を買われたと勘違いしてああだこうだと命令ばっか。女王様になった気かっつーの。使い道ねえから俺らの女にしてやろうとしたら生意気にも突っぱねやがって」


 青年は歪んだ笑みを浮かべ、もったいぶった身振りで声高に語る。まるで大層な自慢話でも披露しているかのように。


 共感されると思っているのだろう。エイルの目尻がつり上がり、拳を握りしめたことに気づかない。


「ムカついたからこのダンジョンに置いてってやったんだよ。最高だったな。ジョウズアントに向かって突き飛ばしたら、絶望した顔で泣きながらこっち見てよ。助けてって言うんだぜ? 笑っちまうだろ? だからよ、横穴に蹴り入れてやったんだよ。さすがに死んだと――」


 無言で歩み寄るエイルに、青年は眉を顰めた。


「あ?」


 エイルは右の拳を振りかぶると、躊躇いなく青年の顔面に叩き込んだ。不意打ちに近い攻撃。それは綺麗に相手の頬へ入り、力任せに腕を振り抜いた。


 まともに受けた青年は地べたに這いつくばり、呻き声を上げる。彼に駆け寄った二人は心配そうに声を掛けるが、青年はそれを振り払って腰からロングソードを抜いた。


「何すんだてめえ!」


「あ、ごめんなさい。つい……」


「舐めてんじゃねえぞクソが!」


 慌てて釈明するエイルに、青年が問答無用で切りかかる。


 だが、エイルはそれを軽々と避けて見せた。それと同時に抜剣したブロードソードを青年の首筋に突きつける。


「なっ」


 絶句する青年。


 エイルはすぐにそれを引っ込めて、大慌てで剣を鞘に収めた。


「ごめんなさい! つい反射で……」


 レイノガルトとの稽古で攻撃を避けた後に反撃する癖がついていた。エイルには反撃の意思はまったく無かったが、そのせいで無意識に剣を突きつけてしまったのだ。


 エイルの一連の反応に青年は肩を震わせた。怒声を喚き散らしながら出鱈目に剣を振るう。


「馬鹿にしてんじゃねえぞおおおお」


 そのすべてを避け切って、エイルはロングソードの腹を抜剣とともに弾く。叩き飛ばされた剣が壁面にぶつかり、音を立てて地面に転がった。


「ああ、またやっちゃった……これに関してはごめんなさい。ただ――」


 エイルは剣先を青年の眼前に突きつける。目を尖らせ、怒気を孕んだ声色で言い放った。


「スティラを泣かせるなら、容赦はしません」


 憤然とした表情のエイルに気圧されたのか、それとも実力が劣っていることを認めたのか。青年は後ずさりしてロングソードを拾い上げると、捨て台詞とともに一目散に逃げ去っていった。


 予想外の出来事に彼の仲間も焦りを浮かべ、後を追って消えていく。


 安堵の息を吐き、エイルは剣を鞘に戻す。すぐにスティラに駆け寄った。


「いやー、怖かった……。レイノガルトさんの言ったとおりに強気でやってみたんだけど、結構うまくいったみたい。スティラ、大丈夫?」


「……え、ええ」


 スティラの身体が揺れ、崩れそうになる。エイルは咄嗟にそれを支えた。


 彼女の表情が青白く見えるのが水晶のせいだけでないことは確かだ。未だ身体中に震えが残り、思い詰めたような表情でエイルを見上げる。


「置いてか、ないで」


 その言葉を絞り出した途端、せきを切ったようにスティラの瞳から涙が溢れ落ちた。嗚咽を漏らし、エイルの身体にしがみつく。弱々しい腕の力。儚く、今にも消え入りそうなスティラの姿を、エイルは場違いにも美しいと思った。


 エイルは触れたら壊れてしまいそうなその身体を優しく包み込む。


「絶対、置いてかないよ」


 彼女の涙が枯れるまではそうしていようと思っていたエイルだったが、しばらくしてスティラは自ら袖で涙を拭い、真っ赤に腫れた目でエイルを睨めつけた。


「なに、かっこつけてんのよ」


 弱々しい声は未だ震えているが、いつものスティラに戻りつつあった。


 エイルは柔らかな眼差しでスティラに笑いかける。


「だって、男だからね」


 したり顔で言うエイルに、スティラは無言で頬を赤らめる。だが、すぐさまエイルを突き飛ばすと、その足を踏みつけた。


「いっ」


「調子のんな馬鹿!」


 エイルはつま先が潰れたのではないかと思うほどの痛みを感じ、その場にしゃがみこんだ。靴を脱いで確認するが、赤くなっているだけだった。安堵のため息を漏らし、スティラに抗議の目を向ける。


「何よ? 私のせいだって言うの?」


 もの凄い剣幕に気圧されたエイルは、大人しく首を横に振った。本当はスティラのせいでしかないのだが、それを言う勇気のないエイルはやるせない思いを呑み込むしかない。


 がっくりと肩を落として足を進めようとすると、袖がかすかに引かれた。振り返るとスティラが視線を泳がせる。


 黙りこくるスティラにエイルが尋ねようとしたところで、彼女は意を決したように口を開――こうとして再び言葉を呑み込んだ。代わりに、袖を離していつもの調子で言う。


「なんでもないわ。行くわよ」


「えー。今なんか重要そうなことじゃなかった?」


「うるさい! いいからさっさと行くわよ!」


 ずかずかと歩いていくスティラの後ろ姿を、エイルは困ったような嬉しいような表情で眺める。


 先ほどの青年たちによってどれほどスティラの心が傷つけられたか、想像することは難くない。もし自分が同じ目に遭ったらと思うと、身震いが止まらなかった。


 それなのにスティラはもう立ち直った様子で自分の先を行く。その強さを羨ましく思った。

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