第4章
第23話 ラビュリントス洞窟
ラビュリントス洞窟はアステリオスを閉じ込めるために作られた場所だと言われている。そのため、中は迷路のように入り組んでいる――と思いきや、構造は至ってシンプルで一本道だ。入るときも出るときも、必ず同じ道を通るように作られている。
一本道ではあるものの真っ直ぐに伸びているわけではなく、円の中を振り子のように行ったり来たりを繰り返す。一度内側へ入り、今度は外側に向かって行き、再び内側へ入るような構造になっている。最奥はちょうど円の中心部だ。
アステリオスは必ず最奥にいる。そこから出て来たことは一度もなかった。ただひたすら、やってくる勇者を待ち受けている。
特異な点はもう一つあった。アステリオスは何度倒しても一定時間後に再び出現する。それが何十年も続いていた。一説によれば、アステリオスは誰かを待っていて、その誰に倒されることで永遠とも言える呪縛から解放されるという。
真相は定かでないが、半永久的に出現し続けるモンスターというのは勇者の実力を測るにはもってこいの相手だった。
洞窟の中は至るところに水晶が突き出している。それが青白い光を放ち、陽の差し込まない洞窟の中を明るく照らしていた。そのため松明などの光源を持ち込む必要がなく、視野も十分に取れるため、それほど難しいダンジョンではなかった。
ただし、水晶がリソースを消費して点灯しているため、大気中のリソースは常に薄い。そのせいで魔法使いには少々厳しい場所だった。リソース消費を抑え、最低限の魔法で切り抜ける必要がある。
そこで今回、スティラはメイスを装備していた。メイスは両手持ち用で、先端にひし形の塊がついている。森の中で遭遇したホーンラビットにスティラが殴りかかったところ、一撃で頭部を粉砕した。そうは言ってもスティラは近接戦闘の経験が乏しく、筋力も不足しているため、護身的な役割が主だ。また、ドレスのような法衣の上から腕と胸に軽量な金属プレートを装着している。
洞窟は随所に横穴があり、敵が一方向だけから来るとは限らない。万が一のときに備えて防御力を高めるに越したことはない。
逆にエイルはいつも通りの装備だった。スティラとは異なり近接戦闘がメインであるため、できる限り動きの邪魔にならない装備が好ましい。また、稽古では一度も防具を着けていなかったため、いきなり実戦で着けては感覚が狂う可能性があった。
エイル自身、そもそも防具を着けようとは露ほども思っていなかった。何故なら、アリアは防具を着けていなかったからだ。エイルがブロードソード一本で戦うのもそれが理由だった。
「何でこんなカッコ悪いもの……」
「スティラに剣は無理だよ」
「何よ! あんただって最初はダメダメだったじゃない! 私だって練習すれば……」
メイスはレイノガルトからの提案だったが、スティラは剣がいいと駄々をこねた。それならばと剣を振らせたが、エイルの目から見てもお粗末と言えるものだった。見込み無しと一蹴され、有無を言わさずメイスになった。
メイスは扱い易く、柄の頭部に重量が集中しているため、振り下ろすだけで自然と大きな威力を生み出す。筋力の劣るスティラでも両手ならば扱えないことはなく、付け焼き刃の護身武器として優れていた。
「まあいいわ。ちゃっちゃと終わらせて帰るわよ。ここ嫌いなのよね」
スティラの声が壁に反響する。
一本道を二人は何の警戒もせずに歩き進めた。スティラは通路の真ん中を歩くと言って譲らず、エイルは特に拘りがないので譲った。
「来たことあるの?」
「ええ、前にね」
「へー。何で嫌なの?」
「……別に。大した理由じゃないわ。ただ、ジメジメしてて陰気臭いから嫌いなのよ。あんたにそっくりね」
「そうかなあ……」
緊張感のない会話を繰り広げていた二人だったが、突如響いた物音に閉口し、周囲を見回す。まだその姿は見えない。だが、音は確実に近づいて来ている。それは横穴から聞こえていた。
「来るわ」
「何が?」
「ジョウズアントよ。あの顎に挟まれたら、押し潰されて真っ二つになるわ」
正確に言えば、この洞窟は一本道ではない。正規ルートは一本道だが、横穴がジョウズアントの巣になっており、そちらは迷路のように入り組んでいる。その穴に入ったら二度と出て来られないと言われるほど複雑で、その中で絶命する勇者も少なくない。
ただ、ジョウズアント自体がそれほど強くなく、集団で行動しないために戦い易い敵ではあった。滅多なことがない限りは穴の中へ引きずり込まれることはないし、殺されることもない。
横穴から現れたのはエイルの胸辺りに届くほど大きな蟻だった。体色はわずかに透度のある黒で、牙のように伸びた二本の大顎が特徴的だった。まるでハサミのようなそれには刃がついているわけではないが、挟まれれば最期、強力な顎によって人間の身体は簡単に潰されてしまう。
「何か強そうじゃない?」
「あんなの雑魚よ。エッジマンティス倒せたんだから余裕よ」
「えー、じゃあ、スティラ倒してよ」
「は? 近接戦闘はあんたの役目でしょうが! 死なない限りは治してあげるから、さっさと倒して来なさい、よっ!」
背中を思い切り蹴られ、エイルはジョウズアントの前に躍り出た。
「まじか……」
扱いの酷いパーティーメンバーに文句を言うのは後として、今は目の前の敵に集中する。弱いとは言っても、油断してあの顎に捕まれば一巻の終わりだ。
ジョウズアントは大顎をカチ鳴らし、威嚇するようにエイルへ開いて見せる。
「なんかめっちゃくちゃ怒ってる?」
「ここは奴らの縄張りだから、当然じゃない?」
「そういうのもっと早く言って欲しい」
「次からは善処するわ」
竦みそうになった足をスティラとの会話で解してから、エイルは地を蹴った。正面から突っ込んでも大顎の餌食になる。もっと巨体であったなら下へ潜り込めば避けられたが、顎がちょうど胸辺りに位置しているため、下手をすると挟まれる。
エイルは牽制として大顎に剣を打ちつけ、左側へと逸れた。
その動きに合わせてジョウズアントが身体を旋回させ、エイルを捉えようとする。
再び剣で大顎を弾き、六足ある内の一本へと剣を振り下ろした。狙った関節部分には当たらなかったが、それでもジョウズアントの足をへし折ることはできた。歪んだ傷口から白い液体が溢れ出る。
悲痛な声を上げるジョウズアント。その声はエイルにとってダメージの指標でしかない。
怯んだ拍子にもう一本へ、今度は力を込めた一撃。それは見事に足を切断した。白い液体が大量に噴き出す。
片側二本を失ったジョウズアントは、自重を支えることができずに倒れ込んだ。
エイルはすかさずジョウズアントの背中に跳び乗り、頭部の付け根へと剣を突き刺す。
先ほどとは比べ物にならないほどの鳴き声が響いた。
エイルはそのまま剣を横に引いて、接合部を断つ。頭部が地面に落ちかけ、わずかに繋がっている皮膜が重みに耐えきれず――千切れる。そうして、ジョウズアントは動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます