第三話
「本当だ。菜月ちゃんの言う通り、サイトが二つある。こっちは君のサイトだね」
菜月ちゃんを見送った次の日、僕と伊東は彼女が言っていた「もう一つのサイト」について調べていた。以前自殺支援プロジェクトを見つけた時と同様に「自殺 したい」と検索したところ、菜月ちゃんの言っていた通り、検索結果には二つのサイトが現われた。
「なんでわざわざそんな調べ方したの? 『自殺支援プロジェクト』って調べたらいいのに」
「確かに……」
行き場のない恥ずかしさがふつふつと湧いてくる。チラッと彼女に目をやると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
「ま、まあ、どうやって偽物を見つけるかだよな」
無理矢理話題を戻そうとした僕の言葉は、幸運にも彼女に元の目的を思い出させてくれたらしい。伊東は「確かにそうだよなあ」と、大袈裟に考える素振りを行った。
「ツイッターとかでエゴサしたら、手がかりが見つかるかも」
僕は早速ツイッターのキーワード検索を用いて、「自殺支援プロジェクト」を含んだツイートがないか調べてみた。
「見つからないと思うけどなあ」
試したことがあるのだろうか。しかし、画面に表示されたのは、彼女の予想とは全く違う検索結果だった。
「あ、ヒットした」
「え? ほんとに?」
手元のスマートフォンを彼女にかざす。検索結果の最初には、おそらく伊東が発したであろう宣伝ツイートが表示されていた。
だが彼女が画面を覗き込んだ瞬間、僕はあることに気づいた。
「あれ、伊東、名前なんて出してなかったよな」
その宣伝ツイートの最後には、「自殺支援プロジェクト管理人 伊東理沙」という文字があった。彼女は以前、「私はこのサイトで本名を出していない」と言っていた。
「――私、こんなツイートしてない……。どういうこと?」
「偽物が君になりすましてるってことなのかな。なんでわざわざ君の名前を出すんだろう」
伊東は全くの心当たりがないといった様子で、その原因を静かに考えていた。
彼女のサイトで自殺した人の身内による嫌がらせ? いや、伊東は自殺するときに初めて姿を見せる。彼女が指定する集合場所は電波が通じないような山奥だ。誰かに彼女の正体を明かすことは出来ない。
そうなると、元々伊東のことを知っている人間でないと辻褄が合わない。いや、知っている人間だとしても辻褄は合わないが。彼女の知人であれば、彼女がこのサイトを運営していることをどうやって知ったのだろうか。過去にここで自殺した者の関係者という可能性もまだ捨てきれない。参考までに参加者のリストがあれば。
いや、待て。参加者リスト――。
「ねえ、伊東。過去の参加者のリストとか、ないの?」
僕の質問に、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「あっ、いや、んー……、捨てちゃったかな」
彼女は僕から目を逸らし、「あ、そういえば」と話題を変えようとした。
「参加者のリストは?」
「捨てちゃったってば」
「あるよね?」
僕がリストに固執する理由は何も律儀にプロジェクトの邪魔者を消してあげるためではない。参加者が最後に書かされる「最終チェック用紙」の三つ目の項目、『送付した仕様書は指定の手順で破棄しましたか』。菜月ちゃんはこの指定の方法が燃やして破棄することだと言っていた。そして、死んだ親友の家の庭にあった、何かを燃やした跡。
「僕の親友は、ここで自殺したんだよね」
僕の言葉に彼女は目を見開く。その目はだんだん細くなっていき、最後には静かに伏せられた。
「――ごめん」
やはり。僕の親友は、自殺支援プロジェクトを頼って死んだ。
そして目の前には、彼の死に関与した人間がいる。復讐も出来る。
「――別に、責めてるわけじゃない」
だが僕が選んだのは、彼女に復讐するための言葉ではなかった。それを聞いた伊東が顔を上げる。
「確認しておきたかっただけ。それにアイツが死んだのは僕のせいでもある。一番近くにいたのに、アイツがそこまで追い詰められていることに気づけなかった」
「ごめん、君に責められると思って、言えなかった」
彼女は再び目を伏せ、申し訳なさそうに言った。
「見当違いなんだよ。自殺させてあげただけで復讐しようなんて。原因は自殺を助けた側じゃなくて、志願者の周りにあるんだから」
彼女は目を丸くしたあと、「ありがとう」と蚊の鳴くような声でお礼を紡いだ。
「君は、君らしいね。君を選んで良かったよ」
「そういえばなんで、君はアイツじゃなくて僕を誘ったの?」
「君は感情に囚われず、ちゃんと客観的に物事を判断してくれそうだから。君のそういう所はすごいと思うよ」
自分で理由を聞いておいて、いざ褒められるとなんだか気恥ずかしい。熱くなる顔を必死に抑えている僕に構わず、伊東は「それと」と続けた。
「私を肯定してくれそうだから。あとは――」
「あとは?」
「古谷君ってなんか女の子みたいじゃん」
「は?」
〇 〇 〇 〇 〇 〇
自殺支援プロジェクトの偽サイトを見つけてから二日後、僕は一人で県内の有名自殺スポットに来ていた。木々が天井を覆っているせいで辺りは薄暗く、僕の背後には別荘だったと思われる廃墟が建っている。
僕がここにいるのは、何も自殺支援プロジェクトがブラックな組織だから一人で運営を任されているわけではない。この日の僕は参加者側だ。
もちろん僕は自殺するつもりなど毛頭ない。自分が生きている意味すらわからないのに、それを見つける前に人生を終わらせるのは忍びない。
SNSや検索サイトでの捜査には限界があるという結論に至った僕たちは、仕方なく囮捜査で犯人を特定することになった。
作戦の内容は、伊東の合図で偽運営をこの場に拘束するというものだ。もちろん、偽運営の首謀者が出てこない可能性もある。そのため、ここに現われた人間を拘束し、情報を吐かせた方が有効だ。
そして、伊東はクラッカーを鳴らして合図する予定になっている。音に警戒しているところを僕が押し倒し、伊東も遅れて二人がかりで偽物を縛り上げる。危険な上に犯罪すれすれの作戦だが、自殺幇助罪を犯しているのですでに手遅れだ。
「おまたせしました。水瀬優君、ですね?」
薄暗い空間から響いた低い声に、僕の心臓が大きく跳ねる。
振り返った先には、背の高い中年男性がいた。身長は百八十ほどだろうか。顔のパーツは若々しいのに、そこに刻まれた皺たちは深く、彼のこれまでの苦労を物語っているようにも感じる。
こんな高身長の男が来るのは予想外だ。二人だけで拘束できるだろうか。流石に計画性がなさ過ぎた。いや、大丈夫だ、こっちには武器もある。落ち着け。
「はい、そうです」
身バレ防止のためにクラスメイト名前を拝借した僕は、彼の点呼に元気よく返事をした。もし僕が本物側の人間だと知られたら、一体どうなるんだろう。殺されるだろうか。
「待たせてしまい、申し訳ございません。自殺支援プロジェクトを経営している、佐倉栄信です。よろしくお願いします」
当然、僕は彼の顔に見覚えがない。それに、参加者のリストに「佐倉」という名前はなかった。家族の類いではないか、偽名を使っているかのどちらかだ。
「では、早速始めましょうか。まず、自殺方法について説明します。最初に――」
彼が指定した方法は廃墟の一室で練炭自殺をするというものだった。そうなると、廃墟に入るよりも先に彼を捕えなければならない。
「――説明は以上です。何か質問はございますか? なければ廃墟に入って準備を始めようと思うのですが」
「えー……、今までどれくらいの人が参加してきたんですか?」
彼は顎に手を当て、「うーん」と考える素振りを見せた。時間を稼がなければならない。
「十人くらい、でしょうか」
「そんなに、来たんですね……。えー、じゃあ――」
伊東の合図はまだだろうか。そろそろ合図があってもいいと思うんだけど。
「佐倉さんはなんでこのサイトを始めようと思ったんですか?」
彼と合流してからもう十分は経っている。まさか、彼の仲間に捕まったとか?
「――なんか、君……。そんなことを訊いて、どうするんだ?」
僕は暴走する心臓を必死で宥め、できるだけ落ち着いた声で応じる。
「すみません、死ぬ前にこういうことをしている人がいるんだって知っておきたくて」
もしかして、僕が合図を聞き逃した?
「なるほど。何故このサイトを始めたか、これは個人的な理由なので秘密にさせてください。では、廃墟の中に入りましょう」
「……はい」
どうする、どうすればいい? 無理にでも時間を稼ぐべきか?
伊東に何かあったのは間違いない。
僕は廃墟の玄関で立ち止まった。玄関の奥からは悪臭がして、思わず息を止める。
「ひどい悪臭でしょう。過去の参加者たちです。この廃墟は自殺に適していますから」
彼は躊躇なく先を歩き、玄関から二つ目の部屋に入った。僕もその後に続く。殺風景なその部屋は、最後の場所にしてはもの寂しい気がした。
佐倉は手慣れた様子で七輪を組み立てると、「こちらにどうぞ」と僕を椅子に誘導した。
「あ、あの」
「どうしましたか?」
佐倉はゆっくりと振り向き、怪訝な表情をこちらに向けた。僕は一か八かの賭けに出た。
「あの、僕、この自殺支援プロジェクトに興味が湧いたんです。もしアシスタントを募集しているんだとしたら、やってみたいなって、思うんですけど……」
僕の言葉に、佐倉は動きを止める。
じーっと、僕のつま先から頭の頂上まで、ゆっくりと眺めた。
僕は思わず、背筋を伸ばしてしまう。
「いいでしょう。歓迎しますよ」
「ほ、本当ですか」
「では、今日はいったん中止して、また後日話し合いましょう」
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