2020/0901

9月1日。9月といえば秋のはずで、一部のネットの民も「今日は涼しい」と呟いている。

 確かに少し前と比べれば、風が冷たくなったとか、朝夕が清々しい温度になったとか、まだ堪えられる温度だとかあるのだろう。

 だがしかし、現実の数値から目をそらし、体感だけで語ってはならない。

『今日は32度! 一週間前まで35度とかだったし、涼しいと思うのも無理ないか』

 まだ、真夏日は続いている。つまり、秋とは程遠い温度であることに変わりはない。そもそも、昨日の今日で急に10度以上最高気温が下がるのは異常だ。……だが、ネットニュースによれば、一部ではそういうことが起こってしまっているのだという。

『これも異常気象ってやつなのかな。生きてる人は大変だ。どうでもいいけど、異常気象って語感いいよね。韻踏んでるし、ラップに使えるのでは?』

「うるさい」

 騒音が頭に住み着いていることも、昨日から変わらない。


 俺に憑りついた奴は、昨日のバイト中もずっとうるさかった。名前が騒音なのは嫌だから変えろ、ジャ〇プが読みたい、この新入荷のスイーツを食べたい、箸をつけるのを忘れてる、電子レンジに入れてセットしたのにスタートを押してない、このキャンペーンのグッズがほしい、キャビンマイルドだから139番、商品の陳列場所を間違っている、マスクは蒸し暑い、電子マネーならレシートもスマートフォンに送信されてばいいのに……などなど。内容のうち、少しは有益なこともあったが、6時間ずっと何かしゃべっていて頭が痛くなりそうだった。

「はぁ~~~」

 おかげでため息が止まらない。ため息の回数を数えたことはないが、今日は一時間に20回はため息をついていることは間違いない。そうなるくらいに、頭の住人の存在がストレスになっていた。

『そうそう、それで、私の名前は新しく考え直してくれたのかな』

「お前の名前なんかいちいち考えてられるわけないだろ……」

 少しでも頭の声から意識の向きを変えようとテレビを付ける。次の首相候補は誰だとか、対策はどうとか、もしくはなんらかの不祥事がどうだという話題ばかりだ。

『選挙か。候補者がどうとか言われても難しいんだけど。各人で公約を発表してからこういうことすればいいんじゃないかな。そう思わない? それとか、公約の内容について一つ一つ解説したり生放送で質問したりできるようにした方が、まだわかりやすくなるのに。今騒がれても美味しくないよね』

 騒音どうしで打ち消し合ってくれないかという期待もあったのだが、テレビに反応して逆にずっと喋るようになった。これがただのコイツの独り言ならいいのだが、俺に反応を求めてきて、俺が返事をしないと機嫌が悪くなるからか、さらにうるさくなるのだ。勘弁してほしい。今もずっとしゃべっている。……当然だが、Twitterでタイムラインを眺めていても、YouTubeで動画を見ていても、スマートフォンに取り込んだ音楽を聴いていても、求めていないのに感想を言ってくる。寝ている間は声が聞こえていないから、まだなんとかなっている。

 騒音を黙らせるにはどうしたらいいのか。今もテレビに対してずっと感想を言い続ける奴を黙らせるには。……ただでさえ疲れているのに、うるさくて頭が全く回らない。どうしようにもないから、こいつが黙る時があるのかを観察――この場合は聞き取りをすることにした。


 奴の問いかけに生返事をしつつ、画面と奴の声に集中する。見たくもないニュース番組や、嫌いなバラエティー番組を見なければならないのは本当に不愉快だ。貧乏ゆすりが加速する。それでも昨日から一番うるさいコイツを黙らせる方法を探す方法は、これしか思いつかなかった。

『……なるほど、この番組では原状では不完全だと考えているのか。それで? どういう対策をとったらいいと……うん、うん。わかったから。というかほんと一部地域の情報ばかりだね。全国に発信しているなら全国の情報を流せばいいじゃないか。言うことがないなら声を当てないイヌとかネコとかウサギとかオウムとか動物園の様子とかをずっと放送してくれてもいいのに! 動物園とか水族館の様子を全国に定点放送するってすごく需要があると思うんだよね、視聴率をなげくなら一回でもこれをやったら視聴率がとっても上がりそうだ』

「…………」

 一度口を(口はあるのか? 見えないけどしゃべるならあるんだろう)開くと止まらないが、こうやって聞いていてなんとなくわかったことがある。コイツも一応頭で考えてから話しているということだ。そして、考えてる時間は黙っている。騒音に耐えながら俺が得た貴重な解答だ。考えている間は黙る。ならば、少しでも考えさせておけばいい。

 いい感じにコイツが黙りそうなことといえば……そう思考を巡らせていると、奴が割り込んできた。

『それで? ちょっと考え込んでたみたいだけど、私の名前は決まったのかな』

 さっきまでなら不快なストレスになっていた言葉だ。だが今は、いいものを見つけた気分だ。スマートフォンで軽く検索すると簡単にでてくる、ある系統のサイトを表示する。

「そんなにいい名前がほしいなら、自分で決めたらいいだろ」

『なにこれ。……名前自動生成?』

 ああそうだ。そう言いながらボタンをタップする。

『すみひこ、ひろたか……ってこれ全部男の名前じゃないか!』

「不満なのかよ」

『私に性別などない、だって幽霊だからね』

「『女の幽霊』とか聞くけどな……」

 とにかくこういうのは嫌だ、と猛烈な抗議にあい、様々なサイトを回った結果、たどり着いたのは子どもに名前を付ける時に参考にするサイトだった。

『やっぱり無難なやつもかわいい……。でもこのキラキラネーム? ってのもいいね。こういう名前が名乗れるようになるのも悪くない。しかも私は社会的面子とかないから普通にこういうのもアリだ。月渚とかよくないか?』

「却下。『るな』とかそれじゃあ絶対読めない」

 なぜキラキラネームにチャレンジしようとするのか。普通でいい感じの名前はもっと他にもあるだろう。

『例えば?』

 そう聞かれると考えてしまう。……いや、本当にどうして考えてしまったのだろうか。だけどもこうやって考えてしまって、思いついてしまったのだ。

「レイ、でいいだろ」

 あんまりにも安直な名前だ。だがこの音に自称幽霊は声をうわずらせた。

『レイ? ……レイ。なるほど。灯台下暗しみたいな提案だ』

「気に食わないならちゃんと自分で考えろよ」

 ちょっと笑われた気がして、俺は鼻を鳴らしてスマホの画面を別のものに切り替えた。だが、奴の出した音は、落ち着いたものだった。

『レイ。ああ、いいな。それにしよう。ついでに漢字はそうだな。にんべんにメイレイの令だ。賢そうだろ?』

 声をおしゃべりの時とは違う感じに弾ませながら、俺に「伶」という漢字を見つけさせた。普通に霊じゃないあたりに変なこだわりがある。これは頭がいいとか利口とかの意味があるんだ、と自慢げに俺にきかせた後、

『よし、これからは私のことを伶と呼ぶように。「コイツ」とか「奴」とか、ましてや「騒音」なんて言葉で私を示すのはやめるように』

 伶はしっかり俺の思考に釘を刺したのだった。

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