疾風の子は仲間と出会う
空乃は窓から差し込む暖かい光で目を覚ました。真っ先に目に入ったのは白い天井だ。
見知らぬ部屋。眠気に抗うように体にまとわりついた布団から這い出る。
次に空乃は、巨大な機械が取り付けられたベッドに寝かされていたことに気づいた。
機械から無数に生えているコードは床を伝い、部屋の隅にある巨大な機械に集約されている。
周りを見回せば空乃が寝かされているのと同じようなベッドが並べられていた。軽く数えても10台以上ある。
ここはどこだろう。これからどうなるのだろう。
思い出すのは彼方を奪われた記憶。夢だと思いたかったが、あの痛みが決して夢ではないと証明していた。
けれど、それに反するように空乃の体には怪我一つない。
次々に生まれる疑問や不安。けれどその思考は横開きの扉が開く音が響くことで中断させられる。思わずそちらを見ると、そこにいたのは幼い少女だ。
まるで星を散りばめたような青くきれいな目を見開いて、驚いたような表情を浮かべ、反転してポニーテールを揺らしながら走り去っていく。
なんだったのだろうと疑問を浮かべたのも束の間。
「くー、そんなに引っ張るな」「そんなに強く引っ張ってないよ」と、騒がしい声。
ほどなくして、先程見た少女に引っ張られながら長身の女性が視界に入ってくる。
彼方も背が高い方だったが、それよりも高い。やや威圧感すら感じる。
ただ、日常的に少女に引っ張られているのか、彼女の衣服は妙に伸びていたため威圧感はそれと相殺されていたが。
その長身の女性は少女に促されるままにこちらを見て。
「マジか」
そう呟いた。
◇
「正直、ここまで早く回復するとは思わなかった。君のような幼い者は回復までもっとかかるものなのだが」
空乃に目線を合わせるためにしゃがみ、意外そうな声色で言ったのは長身の女性……もとい、
自己紹介の後。通り魔に襲われて倒れていた空乃を仲間が発見してここまで連れてきたことを深琴は告げた。
しかし、化物に襲われた記憶はあっても通り魔に襲われた記憶なんてない。記憶と完全に食い違っている。
「深琴お姉ちゃんずっと部屋に籠もってたから気づいてないだろうけど、空乃お姉ちゃんを助けてからもう2日も経ってるよ。それに空乃お姉ちゃん、深琴お姉ちゃんが思ってるほど幼くないと思うよ」
そう若干呆れながら言うのはくーと名乗った少女だ。
「マジか、両方の意味でマジか」
「2日経ってるのは本当だし、空乃お姉ちゃんは……18歳くらいかな?」
「すごい、当たりです」
「やっぱり!」
「ところで彼方……妹を見かけませんでしたか? 化物に攫われてしまって……私の大切な妹なんです……!」
年齢を的中させたのには驚いたが、それよりも本題だ。彼女らのペースに流されてはいけない。
彼方の安否を確かめなければ。
スマホに保存されている写真を見せた。
ケーキを前にして笑顔の彼方が写っている。
化物の攻撃に巻き込まれたのかスマホはボロボロで、起動できたのが奇跡みたいなものだったが。
「いや、見かけていない……すまない、もっと早く助けられれば」
「空乃お姉ちゃん、襲われたこと覚えてるの!?」
「そうだ、普通の人なら覚えていないはず……君は何か不思議な力を使えたりはしないか?」
普通の人は覚えていないというのはどういうことなのだろう。不思議な力とはなんなのだろう。とにかく、記憶を手繰り寄せる。
すると、一つだけ心当たりがあった。
「えっと……妹を守るために化物と戦おうとしたらすごく速く移動できましたけど……それかな……?」
「それだよ空乃お姉ちゃん!」
「なら君に頼みがある。化物のこと、そして私達のことは口外しないでほしい。」
真剣な表情で深琴は言う。
「私達超能力者と違い一般人は、化物……我々は狂獣と呼んでいるが、奴らに出くわしても記憶が残らない。私達は超能力を使って狂獣と戦っているが、これらの情報は人々に混乱をもたらす可能性がある。その代わり、君の妹は全力で助けると誓おう」
「それなら私にも手伝わせてください。妹を助けるのに人にだけ任せているのは耐えられないんです」
「だが戦うということは当然危険を伴う。命を落とすかもしれない。君はそれでも戦うというのか?」
死ぬのが怖くないわけではない。でも、彼方がいないまま一人日々を過ごすのはもっと嫌だった。
「……その真剣な眼差し。わかった。君の意思を尊重しよう。明日からはここの案内や狂獣との戦い方を教える。今ここにはいない仲間の紹介もできるだろう。これからよろしく、空乃」
「空乃お姉ちゃん、よろしくね! 本当は今日案内したいけど……まだ体力は回復してないだろうし、今日はそのベッドでゆっくり休んでね。そのベッドで寝れば傷も疲れもなくなっちゃうから!」
なるほど、狂獣に襲われて怪我一つないというのはこういうことだったのか、と納得する。
これからどうなるかはわからないが、不思議となんとかなるのではないかと空乃は思い、心地よい暗闇に落ちていくのだった。
そらのかなた 厚伊めると @kabutomushijelly_fish
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