第12話 凶器

「光!」


 グレネードが炸裂する。言葉に反し、響くのは強烈な爆音だ。


「熊殺し2!」


 水風船をパンパンに含ませた油は、少しでも衝撃を与えれば破裂して飛び散る。


「からのこれ!」


 火をつけたマッチを簡単に投げるお仕事だが、油があれば効果は抜群だ。




「まきびしィ!」


 ……相変わらず、戦況に進展はなかった。大音量にジェフは微動だにせず、火は何かを察したのか地面に着く前に切り飛ばされた。マキビシは軽快なステップで、間を縫うようにジェフは避けていく。


 途中、遠くから微かに機械音と低い振動がした。ジェフも警戒するように反応したことから、星野達のしわざに違いない。

 励まされた気がして慧は軽く口角をあげる。星野は慧の意図が分かったはずだ。今頃惑星から脱出しているだろう。


「ハバネロ爆弾!」


 慧はその笑みのままに、夜なべして作った弾を投げた。

 そのせっかくの弾はジェフに避けられ、地面にあっけなく落ちる。弾けて、赤い煙が飛ぶ。

 件は銃を構えたまま、横目で慧を見た。


「ギプス、取ってはいかが。今は少しでも軽くなった方が良いでしょう」

「……そうだな」


 慧は唾をのむと、右肩のギプスを外した。僅かに痛みが走る。解放された右腕はまだ力が入らず、ぶらりと重力に沿って揺れるままだった。

 正直、長期戦になることはあまり想定してなかった。故に威力の大きい短時間の作戦を多く立ててきた。


 長引けば長引く程、新しい予知をして、件が死ぬおそれがあるからだ。

 慧の額に汗がひとつ流れた。


「……」


 ジェフは何も言わない。

 そもそもジェフは電撃をくらった後から、一言も喋っていなかった。演技する余裕がなくなったといえばポジティブだが、淡々と銃撃や慧の攻撃に対応しているのを見るにそうではなさそうだ。


「……」


 件の撃った弾を避けて、ジェフが飛ぶ。よろけるような動きをしつつも仮面についた目はひたすらにこちらを捉えている。

 勿論、瞬きなどない。怖い。多分、猛烈に怒っている。

 三回目の未来、ベッドの上で惨殺されたときもこんな感じだったのかなと慧は思う。予知の中の自分が可哀そうになってきた。


 そう思っているうちにジェフとの距離がまた近くなる。


「寄るなあ!」


 慧は追加のマキビシをまいた。元々一杯に広がっていたマキビシが、さらに地面を埋め尽くす。足の踏み場どころか指の置き場すらないが、ジェフはこれをナイフで弾き飛ばすことによって、道を確保する。


 その為にかがんだ腰から、血が飛び散った。

 ジェフが僅かに震える。やっと二発目の件の弾が当たったのだ。勿論、ジェフがもたもたしていたわけではない。迅速に、フェイントも入れ、その場にとどまらないように動いていた。ただこの争いのなかで、件がジェフの動きを分析し、予測出来るようになったのだ。


 これは大きな前進だ。腰は捻ったり、足を上げたりといった、些細な動作のなかでも使う部位だ。左手がずたぼろなのに平気そうにしている相手でも、動きがにぶるだろう。

 喜ぶ慧の前で、件は言った。


「あ。やばいです」


 追い打ちに、件はジェフに最後の弾を撃った。ジェフはかろうじて転がるが、手を付こうとした先にマキビシがあった。咄嗟に左手をつきだす。空いてしまった肉の穴にマキビシが貫通し、刺さる。


「ごめんなさい。直ぐに戻ります。弾も補充するので」

「了解」


 慧は地面に缶を投げた。最初に使ったクマよけの粉と同じものだ。視界が赤く染まる。

 件の正体を、決して相手に悟らせたりしない。

 煙を割るようにジェフが突っ込む。さすまたで相手を受け止める。金属同士が触れ合う固い音が鳴る。ジェフは自分の体とさすまたの間にマキビシの刺さった左手を突っ込んでいた。


「あれ? 逃げちゃったの?」


 人影が一人しかいないことに、ジェフも流石に言葉を漏らした。そこに感電のショックはみられない。さすまたを突き飛ばすように動かすと、滑るような感触がした。油だ。ジェフを火あぶりにする為に撃った弾を利用したようだった。油は電気を通さない。尖っているマキビシの先に絶縁体は僅かで済んだ。


「後追いはさせないからな」


 舌打ちをして一歩下がり、さすまたを横に一閃する。電気を通すために重く、頑丈になった棒は勢いを付ければ十分な凶器になる。


「別にする気もない。むしろやりやすくてラッキーだ」

「そうか」


 突き出されたナイフをさすまたで払う。このナイフにも油が塗られていた。僅かな接触と、使い続けて弱くなった電流では絶縁体を破壊出来ない。そこに左手のマキビシが突き入れられる。もはやジェフは二刀流だ。


 右足で捨てたスプレー缶を蹴り上げて、これを防ぐ。


 右手が使えれば良いのだろうが、動かすことが出来ない。相次ぐ攻撃に時間がない。新しい武器を取り出すことが出来ない。

 缶は二度と利用されない為に、遠くに払われてしまった。


 二回の攻撃に備える為、水平にさすまたを構えた。が、ジェフの力の方が圧倒的だった。下から加えられた攻撃に、自然さすまたが上に持っていかれる。崩れた体のバランスをジェフは見逃さなかった。


 腹に蹴りが入る。


 アーマーに包まれた体は重く、痛みはなくても、勢いのまま後ろに倒れる。

 起き上がる隙は与えずにジェフは馬乗りになった。左足全体を絡めるようにして下半身を、立てた右足で左腕を抑える。


 ジェフはナイフとマキビシを器用に使って、首のアーマーを引きはがす。

 動かせない左手の指は武器の入ったリュックサックに触れていた。あともう少しで中身を取り出せるところだった。


 急所があらわになっていく。


 そのとき。


「ごめんなさい、ね?」


 何故か怪我をしているはずの右手がジェフの腰を掴んだ。


「あ」


 ジェフの背中に固い感触がした。疑問も、悲鳴の声も上げる暇なく、衝撃が走る。

至近距離で撃たれた弾は、ひとつも外れることがなく、ジェフの体を破壊していった。




「おわ」


 片手で銃を構えることには無理があったのか、重力が軽いのも相まって、散弾銃は反動を受けてあらぬ方向に飛んでいく。

 慧は痺れた左手を誤魔化すように上下に振った。


「しまりませんね」


 それを見て、件が笑った。自分の上に倒れているジェフを横に転がすようにどかす。

 蒸れたのかヘルメットとガスマスクを取る。真っ白い髪が地面に散らばった。


 ……一人残ってジェフとさすまたで戦っていたのは、慧ではなくて件だった。


 入れ替わり。これは長期戦になった際にと件と慧が考えた切り札だった。

 慧は煙幕と共に姿を隠し、散弾銃の弾を補充する。慧のフリをした件はある程度時間を稼いだ後に、あえてジェフに負け押し倒される。どんなに器用な奴でも防刃服を脱がすのには時間がかかるだろう。その隙に、慧が後ろから殺人鬼を撃つという作戦だ。


 作戦の合図は慧がギプスを外すことだ。

 攻撃する度に叫んでいたのはかっこいいからではない。慧の声を印象付けるためだ。ガスマスクの同じ姿が並ぶなかで、敵が慧を見分ける方法を、右肩のギプスからその声に変えさせるためだった。


 件がピンチで撤退するような発言をしたのも作戦の内だ。若い少年の声がする方が慧、女性の声がする方が慧の護衛だと認識させた。実際、件が慧の声で相手を挑発すれば、ジェフは残された件のことを慧だと疑いもしなかった。

 実の両親すら気づかない件の声真似を、見抜けという方が無理なのかもしれないが。


 件は上半身だけ身を起こし、ジェフの仮面を外した。ジェフは目を閉じた状態で、半開きの口元からたらたらと血を流していた。割と、というか物凄く整った顔立ちだ。だが件はそれに動じず、鼻の下に指を宛がった。

 五秒ほどして、件は慧に向かってゆるゆると首を振る。呼吸は止まっている。そういうことだろう。


 慧は人を殺したのだ。


 五日間の間、催眠銃を使って、弾が狙ったところに命中するように何度も練習した。弾の補充を高速で出来るようにした。丁寧に分かりやすく教えてはくれたものの、件の口ぶりや態度は慧が銃を使うことに反対していた。


『これは凶器なんですよ。そこの水鉄砲とは訳が違います。命を奪う為に作られたものなのです』


 件は静かに慧に諭した。実際、練習で銃を持つときも手が震えた。今だって慧の手は震えている。ジェフはこちらの攻撃に臨機応変に対応していたし、怒りもした。慧と同じように考えて、生きている人間だった。

 それでも、銃を撃つ際に一切迷いはしなかったのは。


 慧は言う。


「はあ、はあ。お前。作戦十一やりかけてたろ」

「てっとりばやくて良かったと思うんですが」

「自爆特攻なんて誰がさせるか」


 少しでも躊躇ってしまえば、件が犠牲になってしまうからだ。

 件の横にあるリュックサック。慧が背負ってきたものと同じ種類の別物だ。こちらも入れ替わっていた。中身は件お手製の爆弾だ。


 件の右手にはそれを起動させる為のスイッチが付けられている。

 慧がジェフを殺らなければ、件は自分ごとジェフを殺っていただろう。


「えー。でも貴方の考えた案、全然効果なかったじゃないですか」

「……やめてくれよ」


 慧は件の微笑んだ顔を見ながら、呟いた。


「はい。じゃあ。もういきますね?」


 件はそう言うと、ごぼりと血を吐いた。慧は気づいていた。ガスマスクを外したときから、件の顔色はずっと悪かった。

 件の姿が消える。視界の端にあった散弾銃も跡形もなかった。残るのは防護用の服一式と爆弾だ。

 慧は目を瞑り、ひとつ息をはいた。そこで、後ろから茂みをかき分ける音がした。咄嗟に警戒するが、聞き覚えのある唸る機械音がして体の力が抜ける。


「慧! 良かった無事で!」


 慧の下に飛び出してきたのは、星野だった。慧以外に立っている人影がないことを確認すると、星野はチェーンソーのスイッチを切った。慧のもとに駆け付け、怪我がないか体を点検しだす。


「星野、お前逃げたんじゃ。それに吉と一緒じゃ」


 最後、首元の傷に目がいき、星野は動きを一瞬だけ止めた。慧の喉にナイフが刺さった瞬間のことを思い出したのだろう。


「吉は逃がした……お前は、方法を探せと言ったんだ。逃げろとは言われてないね」


 星野は俯いて言った。

 星野があの言葉の裏を読み取れないわけがない。あえて無視したのだろう。

 慧は申し訳なさに、再び息をつく。

 星野は自分の鞄の中からあの時拾い上げていたナイフを取り出すと、地面に投げ捨てた。そのまま、ジェフに目をやる。体に点々と空いた穴は紛れもなく銃によるものだ。零れ出る血が地面を汚していく。慧はぴくりと体を震わせたが、星野はうろたえもせずに尋ねた。


「銃の人は?」

「……銃の人はこいつを仕留めたら去っていった」

「そうか。助かったな」


 星野の視線はあっけなくジェフから離れた。次に、地面に転がっているリュックサックに注目する。慧の背中にリュックサックが変わらずあるのを見て、別物だと判断したのだろう。そそくさと近づき、中を覗き込む。


「んー。これはなんだ?」

「離れろ星野。危ないから」


 慧の警告を無視し、チャックを指で引っ張る。ぶつぶつと分析する。


「電源と釘と水の入った瓶? ガラスとかもっと分厚い方が……境界に結晶体。塩水か。まさか……」


 星野は一瞬だけ考え込むと、叫んだ。


「爆弾じゃないか!」

「そうだ爆弾だ離れろ!」


 慧も叫び返す。が、星野はその場から動かない。鞄の中に腕を突っ込む始末だ。


「安心しろ慧。えいっ……解除したぞ」

「……星野」


 そういえば、星野はこういう女だったなと慧は思い出した。



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