第13話 演技

 ドヤ顔をしている星野を見ていると、ふいに遠くからサイレンの音が聞こえた。警察が到着したのだ。


「良かった。吉、無事に助けを呼べたんだな」


 星野が立ち上がってため息をつく。伸びをするように腰に手をやり、固まった。


「あ」

「星野?」

「逃げるか。いや、この分だと森全体囲われてるな」


 その言葉で慧も気づく。辺りを見回せば、先程まで気にしていなかったが油に激辛スプレーにマキビシと散々たるありさまだ。更にジェフが銃創だらけで倒れている。


 そこに立ち尽くす、ガスマスクに防刃服姿の人間二人。


 下手人は明らかにこちらだ。ここに警察が来たら真っ先に現行犯で捕まるだろう。いや、確かにジェフを殺してしまったのは慧なのだが、先に向こうが殺しに来ていたなんて、銃で蹂躙されているこの図じゃ無理があるだろう。生憎ここにいるメンバー以外で証言出来るのは身内である吉だけだ。証拠としては不十分である。予知では三回くらい殺されていたなんて、警察は信じてはくれない。


 佐藤慧は目立ってはいけない。これもゲームオーバーだ。


 慧は星野と顔を見合わせると、迅速に証拠隠滅に走った。協力し合い、アーマーをどんどん外していく。脱いだ端からリュックサックにしまい込んでいく。

 ギブスを付けなおそうとしたところで、星野が言った。


「いやギプスはこのまま使おう」


 星野は一本の木の下に行くと、慧を手招きした。


「私達は、あくまで被害者だ」


 それで星野の意図が分かった。慧は地面にかがみこみ砂を掴む。それを自分の顔面にぶつけた。


「づ」


 砂が目に入り、粘膜を刺激する。涙が止まらない。それでいい。星野にも勧めようとしたが、首を振られた。木に寄りかかるようにすると星野がギプスの紐を使って、後ろ手で自分の手と慧の手を縛った。右肩が引っ張られて痛みが走るが、我慢する。

 現場の状況は変わる。


 銃に撃たれて死んでいる謎の人間と、その横で木に縛り付けられている高校生二人の図だ。

 星野は叫んだ。


「だれかぁぁぁぁ!」


 星野の声は届いたらしい。しばらくすると、羽の回る音がした。見上げればヘリコプターがこちらに向かって飛んできていた。

 ヘリコプターは一回、慧達を無視して上に飛ぶ。おそらく、惑星のてっぺんに着陸するのだろう。これが正規の惑星への突入の仕方だ。慧達のやり方がいかに頓智気なものだったかが分かる。木々の風で擦れる音がここからでも聞こえた。

 風の音がやんだと思えば、複数の足音がこちらに近づいてくる。ざわめきが大きくなる。


「大丈夫か!」


 茂みの隙間から、複数人の顔が覗いた。ヘルメットをかぶり、透明な盾を構えている。そこには「警察庁」という文字が書かれている。銃対策がしっかりとなされているようだ。吉は星野の言う通りに通報したらしい。

 周りに他に誰もいないことを確認しながら、慧達に近づく。


「け」


 警察の姿を見るなり、星野は泣き出す。


「警察ざんですがああ怖かったですぅぅううう」


 キャラクターがさっきまでと全然違う。砂はいらないと言っていたが、本当に必要なかったようだ。目を真っ赤にし、枯れた声まで再現している。警察の一人が慧達の拘束を解いた。

 慧は礼を言う。星野と同じように、なるべく、悲惨に。


「た、たすかったー」


 何故か棒読みになった。吉みたいだ。慧は冷や汗をだらだらと流した。そういえば、こういった演技は今まで一度もしたことがなかった。入れ替わりでジェフを騙すときも、慧は「了解」の一言しか言っていなかった。


「なんが。ナイフ持った人がきて。それで。それでぇ」


 慧の声を遮るように、星野がしゃくりあげる。


「本当にたすかったー」


 今度こそ、と思って慧が言った台詞もまたもや棒読みになった。得意なものがない代わりに苦手なものもないと思ってきたが、やっと自分の短所を発見したのかもしれない。


 慧は演技がドヘタなようだ。

 警察の眉が訝し気に僅かにあがる。


「うげえええ」


 星野が若干しらけたような顔をすると、警察の死角で喉奥に指を突っ込んだ。音を立てて星野が吐く。慧は警察官と共に慌てて星野の背中をさすった。その腕を星野はか弱く縋る、ように見えて非常に力を込めてつかんだ。どうやらそのまま撫でていろとのことらしい。


「たすかっ、たぁ」


 今度はちゃんと心の底から声が出た。別の意味ではあるが。警察官たちも違和感を覚えなくなったようだ。慧達のことを憐れむように見ていた。

 しゃがみこんで、視線を合わせながら警察官は言う。


「事情は、あとで聞くからね。とりあえず降りようか」


 視界の隅では別の警察官たちがジェフを取り囲み、無線をいくつも交わしていた。



 ここからは星野の独壇場だった。

 警察署に着くなり、まず、星野はトイレに行かせてくださいと言った。そこで男女に分かれる前に、警察官たちの目を盗んで余っていた激辛スプレーを慧に噴出した。慧はそれで鼻水と涙を垂らすことしか出来ない生き物になった。


 豹変した慧を心配そうに見る警察の人達に星野は、泣いた後に起こるえずきをいれつつ、


「トイレ行って、気が抜けちゃったようです。ずっと、泣かずに。私のことを守ってくれてたから」


 と言い放った。


 かくして事情聴取は、落ち着いた星野の方から聞くということになる。

 慧達が招かれた部屋には、刑事らしき男が二人いた。ベテランと若手みたいな組み合わせだった。緊張をほぐすためなのかジュースとお茶菓子が置かれていたが、慧は手を付けるどころではなかった。

 星野は刑事に質問をされるなり、言った。


「デートで、肝試しに来たんです」


 デート。慧は思わずせき込んだ。が、元々せき込みまくっていたので気にされなかったようだ。

 吉がいなかったことにする以上、男女ふたりで行動していた理由の説明にこれ以上のものがないのも分かっている。けど、心の準備が欲しかった。


「惑星を近くで見ようってことになって。勿論、立ち入り禁止エリアまでは行ってませんよ? そしたら、ナイフ持った男が現れて。私にナイフを押し付けて、無理やり私と彼を惑星に連れて行きました」


 星野は不法侵入の罪をちゃっかりジェフに押し付けた。刑事たちはメモを取ってふむふむと頷いている。侵入の手段は、星野達が実際に行った方法と全く同じものを説明していた。


「男は私達を木に縛り付けると、何か、誰かに連絡を取りました。何を言っていたかまでは分かりません」


 慧は星野の言葉にはっとする。共犯者。件の予知には出てこなかったので、すっかり存在を見落としていたが、星野が仄めかしたからには確実にいるということだ。星野の推察が外れることはまずない。

 事件はまだ終わっていない。

 星野は続ける。こぶしを固く握りしめていた。


「そしたら、そこで銃声がして。銃の人、がナイフの人と戦っていました。両方、ヤクザ?なのかな。色んなものを使っていて。結局、銃の人がナイフの人を、こ、ここ殺して。でも、私達には何もしなくて」


 言葉はだんだんとたどたどしくなっていき、最後には嗚咽と変わりないものになった。それでも星野は顔を上げて、目から涙をこぼし、真っ直ぐに伝えた。


「多分助けてくれたんです! 悪い人じゃないと思うんです! だから、銃の人は捕まえないでくださいぃ……!」


 顔を両手で覆い、ついには泣き崩れる星野を慧はそっと支える。その光景を見ながら年嵩の方の刑事が言った。


「銃刀法違反と殺人だからなぁ。正当防衛いけるかなあ」

「ちょっと」


 若い方の刑事が小突く。だが、慧としてはベテラン刑事の方に同感だ。罪は罪だ。人を殺した十字架を慧は一生背負うことになるだろう。今は、世界の継続の為に自白することは出来ないけれど。


 いずれ、償うことになる。


 そう思えば、最後に手を汚したのが件でなく慧だったのは救いだった。




 慧と星野は並んで警察署を出た。刑事たちからはまた後日お話を伺うかもしれないと言われた。激辛スプレーの効果はだいぶ薄まってきていた。


 惑星を探索していた頃にはあんなに青かった空が、もう赤く染まっている。なんとなくラグナロクを連想させる。

 迎えはない。慧の両親は実家から未だ動けないし、星野の母は今も働いている時間だからだ。


 星野の表情はもう、いつもの不遜なものに戻っていた。事実を冷静に見据え、分析する目だ。警察署でのギャップを思い慧が星野の横顔を見つめていると、星野はふいに慧にすり寄った。


「見られてる」

「ぇ」


 横目で後ろを振り返れば、先程の刑事たちがガラス製の自動ドアからこちらを見ていた。星野は慧の耳元で囁く。


「恋人らしく、抱きしめろ。それくらいは出来るだろ」


 星野は寄せた頭をそのまま、慧の肩に落とす。髪からせっけんの良い匂いがする。慧はおずおずと、動く左腕を星野の体に回した。その体は細く。

 震えていた。


「星野、お前……」

「何も言うな」


 慧からは星野の頭しか見えなかった。慰めに頭を撫でたり、腕に力を籠めたりした方が良いのだろうが、生憎体は動かなかった。心臓がバクバクする。この動揺を悟らせないようにするので精一杯だった。

 刑事たちが走って、警察署の内部に戻っていく。

 星野は慧の肩に両手を置くと、ゆっくりと身を放した。息を吐き、指をひとつ慧に突きつける。


「今は疲れているだろうし見逃すが。後日、部室に来てもらう。部長権限だ」


 星野はに、と笑った。悪巧みをしているときの顔だ。慧は目尻が赤くなっているのに気づかないふりをする。星野は告げる。


「吉にもたっぷり叱られろ」

「やっぱり、怒ってるよなあ」

「怒るに決まってるだろ。私も正直怖い」


 淡々と変わらぬ声で、普段のリアクション一切なしで問い詰めてくるので、吉は怒るととても怖い。高身長で威圧感が凄い。6月に吉が切れたときは、星野も慧も平伏するばかりだった。

 慧はそのときを思い出し、何故か少し吹き出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る